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無力


「……あとさ…ちょっと難しいんだけど…、

 粗筋が解ってるのに先がわからないって、

 どういうこと?」

"粗筋"は先のこと"と何が違うんだ。


「難しいことはありません。

 私が憶えていないだけです。」


「憶えてない?」


「このログラントと呼ばれる世界の年表を、

 仔細に憶えていないから、

 先がわからないのです。」


「…グラ家の火事は憶えてたんでしょ?」


「憶えています。結界の展開までは。

 しかしその後は我々にとって、

 大切なのはむしろ水の竜の動き方になります。

 私も清流の大魔女が襲撃に遭い、

 事なきを得るという情報は得ていますが、

 其処に私達は居合わせるのでしょうか?」


「え?いや、聞かれても…。」


「私も知らないのです。

 細かな事は飛び越えてしまうことも、

 決して珍しくはないものですから、

 些事と判断し、記憶していません。

 この世界では我々は別の生き物です。

 水の竜が、この先この地に留まり続け、

 情報共有の機会が減ることも一因でしょう。

 現在は常に一つですので、

 この先についてはわからない、

 ということになります。」


 ……やっぱり難しい……。

「………………。

 ベストなのは、どうすることだと思う?」

この質問はちょっとズルいけれど、そんな事は言っていられない。


「それは魔女が可能性の話を如何に考えるか、

 それ次第です。」


「……そこ、私じゃないと駄目?」


「私が今から賊を探し出して倒しても、

 起こることは変わりません。

 それは無視できない結論と考えて下さい。」


「変わらない………そっか、変わらないのか!」 

成程。それは変えられない歴史なんだ。

「じゃあ……細かな事は飛び越える、って何?

 …何が起こって、そうなるの?」


「我々も解らない、貴方がたの不確定性です。

 言葉を借りるなら、そうですね…。

 突飛な発想、ずば抜けたアイデア、天与の才。

 などの要素が絡んだ出来事には、

 時を経て複雑化し、常態的或は潜在的に、

 影響を及ぼすことが在るのです。

 複雑化している故に些末な事ですが、

 おそらく貴方がたよりもずっと、

 平坦な時空の概念を持つ我々は、

 飛び越える、と表現しています。」


「………?天才が手順を飛び越えるヤツ?

 …飛び級みたいなこと?」


「その通りです。やはり魔女は理解が早い。」


「…………。」

やはり馬鹿にされている気がする。



 水の竜の結界を張るからには、竜はこの場を動けないのか、というウィノ少年の質問に対して水の竜は帰宅を勧めるという形で答えを示した。自身はこの場を動けない、或はその方が竜にとって望ましいが、少年まで一緒である必要は無いということだ。何時までかかるか解らないのに、ずっと此処に居るのはキツイ。それ自体は良かった。竜達によると襲撃があるのは避けられないようだ。狙われるとすればこの場所だろうから早く移動した方が良い。水の竜も独りの方が、はるかに安心だろう。

また話を聞いていなくて知らないままになってしまっているけれど、水の竜は敵の存在を少年に教えたのだろうか。かなり長く話をしていた割に、なんでもない表情をして戻って来たウィノ少年に誰かツッコミを入れてやって欲しい。何当たり前に会話して余裕かましとんのか、と。本当に自分の立場やら責任やらわかっとんのか、と。通常運転が過ぎて一抹の不安を感じる。…類は友を呼ぶというやつか…。私が心配しても仕方のないことなのだ。これで普通なのだろう。ウィノ少年だからな。

 雷の竜と私達三人?は、護衛の人達が待つ魔法陣の方に引き返すことにした。

少年は終始無言だ。さっきのやり取りをきちんと覚えていてくれる。おかげで気持ちに余裕が持てたので、是非ともライトニングさんと話合いをしたい。その前に、少年にはこちらの話をすることを伝えておこうと話を切り出した。


「竜の君とは、お話されるんですね…。

 ……さすが……やっぱり、違うんですね。」


 !?え!?

 まさかキミ、雷の竜と張り合ってんの!?

「あ、竜が違うっていうか、私がちょっと…、

 普通にはいかないというか、

 …出身も、ここじゃないから…。」


「…あ。それは、そうですね…。」


本当は外国人どころじゃない違いがあるのだが、とりあえず納得してくれた。いやはや。想像の斜め上を行く少年だ。傷つけてしまったのか。聖なる竜が相手だろうが勝負したい気持ちがあるなんて、あまりに信仰心を感じない発言だ。

…さすがも何も、自分もさっきまで水の竜と話していただろうに…。

 …あ!……これって、私が悪い!?

ウィノ少年には会話を断ったのに、話せるところを見せては矛盾してしまう。そういうことか。

「ごめん。そうだよね。…え〜と、

 あの……友達でもないと、なかなか…、

 上手く話せないからで……面倒臭いでしょ?

 あんまり、……私に合わせるの。」


「………。すみません。

 面倒くさそうでしたか、僕。」


「え!?いや、全然。そんなんじゃなくて、

 普通そうだと思うから。…だから、え〜と、

 とにかく、……気にしないで。」


「…はい。」


清流の大魔女様は、何故か今度は本当に笑っている。まるで私まで竜と同じであるかのように。

何を考えているのだろう。謎だ。ミステリアスって、こういう人のことかな。



 ライトニングさんの言うことには、どうやら聖なる竜の大結界というものは、この世界の魔法とは別の理屈で発動させるものであり、範囲指定が出来る魔法具のような単純な様式で展開されるものらしい。指定した範囲内に魔法をかけるあたりは魔法陣に似ている。しかし発動条件を満たすだけで魔力供給は自動的に行われるようだ。多分これは、竜が帰還しない限りは、という但し書きが入るはずだ。

理解を優先すると言う意味がちょっと解らないが、結界内の環境が完全に整うまで時間がかかるということだろう。純粋な魔力の影響はあるはずだから、周りを落ち着かせる事だけは、しておいた方が良いとのこと。あくまでも内部に何らかの悪影響があるかもしれないというだけで、結界の展開そのものには支障ないらしい。

正直、凄すぎてものも言えない。人類の無力を思い知るほどの圧倒的な差がある。ライトニングさんが教えてくれた大結界の効能?なんか、意味の解らないレベルで万能だ。ユイマは実は全く知らなかった。それはそうだろう。ミロス帝国には国家機密だろうから。わざわざ公開する理由なんてない。ミズアドラスでもきちんと知っている人がどれほどいるだろう。エルト王国でも、恩恵という言葉で暈されているのは同じだった。


 囮作戦を考えていたのだが、どうやらまた私の勘違いで、しなくてもいい心配をしていたようだ。なんだ、良かったと安堵の溜息をついたところで、マズイ事に気が付いた。実際のところ、私に何が出来るのか。よくよく考えてみると、ウィノ少年だけでなく私自身も魔法初心者なのではないか…。

知識だけでも大きく違うのが魔の世界だが、扱う為には知識だけでは上手くいかない部分が確かに存在するのが魔法の世界である。ヒト族の魔力の質や格と呼ばれるものは、すべからく経験を積んで磨き上げるものであり、それらに躓きが無ければ才能がある。失敗が少ないならば十分にレベルが高い、即ち戦える魔法使いとなり、その中でも強者であると広く名を馳せる者が魔女と呼ばれる。

簡単な魔法ならば私にも使えるはず。しかしそれ以上はおそらく無理だ。才能というものは、肉体や知識以外の、魂にも由来するように思う。…直感的なものでしか無いけれど、ハッキリ言って出来る気がしない。

相手は堂々と、聖なる竜を相手に仕掛けてくる頭のおかしな人か、謎の自信たっぷりの人か、或は再び火の竜の魔石を持ち出した確信犯か…だいたいそんな辺りじゃねえの?と私は勝手に想像する。なんにしても曲者に違いない。まさか手ぶらでは来ないだろう。

雷の竜が居れば怖いものなど無いのに、私が何にビビッているかというと、勿論、火の竜の魔石である。簡単に使いこなせるものではないはずだが、既に一度使いこなして見せている。魔法具や魔法陣に組み込んだか、シンプルに魔法の魔力源としたのか…。大きな力は操作に慎重さが求められる。大魔女の魔石を扱う事が出来る人間なんて、それだけで大天才である。こんな事に加担しないと思いたいが、既に事件は起こっている。

私が魔法をよく知らない人達の保護すら出来ないからには、雷の竜にやって貰わなくてはならない。事なきを得る結果が出ているのだから心配は無い、とは私は考えない。事なきの基準がライトニングさんだからな。多少の被害は事なき、なんて言いかねない。そもそも憶えて来てもいないのだから、更に怪しい。


 ユイマの知識があっても魔法や戦闘に自信は全くない。センスもない。ぶっちゃけ囮くらいしか出来ることがないから提案してみたに過ぎない。そんな自分も信じられない。無い無い尽くしで頭の中がカラカラと空回りする。そうしてまたおかしな勘違いを引き起こしては、祝福の夢を見るのだ。悪夢は嫌だ。引きずり込まれるようで。まっすぐに前を見る、意気の強さが欲しい。私が引きずり落とされることを望む人間が居ても、それが私以外の全てでも、悪い方向にだけは行ってはいけない。それは敵の思うがままだからだ。

 

 洞窟は暗く足元には木の板を渡しただけの心許ない通路が続いている。それでもランタンを持って先導するウィノ少年の足取りはしっかりとして軽快だ。雷の竜は前と同じに発光しながら私の腰の辺りで浮いている。辺りがひんやりしているせいか、今は仄かに暖かく感じる。

さほど遠くない処に、開けた洞と私達を待つ幾つものランタンの灯りが見えてきた。

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