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 竜がいなければ、こんなに戸惑う事もない。嘘ではないから混乱するのだ。私はずっとウィノ少年のことがまるっきり解らなかった。今も何を考えているのか解らない人であることは変わらない。しかしその成果は何も考えないで出来ることとも思えない。おそらく彼のスペックが私の理解を超えている。

周りに持ち上げられて御曹司をやっている人は珍しくもないだろうけど、自由な感性で振る舞いながら確かに御曹司であるという、一見全てを網羅するやり方で軽やかに仕事をこなして周りを主導し、しかしその判断が何処から来ているのか理解出来ない謎の原理である為に私の頭を随分と混乱させてくれた少年は、其の実ただのいい人であり、デキソコナイを優しく気遣うなんてことが自然に出来るヤツだった…。ありのままに起こった事を言うと、このようになる。

 ??アレだけの事をこなせる人が、

 只のいいひとなんてことある??

 色々考えを張り巡らせないと無理でしょ?

 まさか直感的に動いた結果ってこと?

 全部?それこそ無理でしょ??

それでもウィノ少年という人は時にダンゴムシにも歩み寄り、優しさを振る舞える人間だった。それが確かめられたことで何を戸惑う事があるのか…。

…つまりは、私の方に頑固な思い込みがある。例えば、ハイスペックな人間が人に優しいわけがない、とか。策士や戦略家の気遣いなんか嘘に決まっている、とか…。ちょっと言い過ぎだろうか。

いやでも、やっぱりウィノ少年が例外と考えた方が良い。皆が同じだと思ったら確実に騙される。それは嫌だ。現代世界に生きる私が、この感覚を転覆させられては困る。

毎度の事になってしまったけれど、いちいち自分を落ち着かせて引き戻す作業に時間がかかるから距離をとりがちなわけだ。私の都合であって、ウィノ少年が嫌いなわけではない。逆にそれが不思議だ。イケメンだから庇いたいとか、そんな感情が私にもあったのだろうか。

 顔がいい人、別に好みでもないんだけど……。

 …てかその前に、中一だったな、あの三人組…。

そうか。私がダンゴムシならウィノ少年は蛹から孵る前の蝶である。まだ私の苦手な大人とは別物なのだ。だったら、この世界にはそんな子もいるのかもしれない。現代日本ならまず信じないけれど、竜の存在は大きい。




 暗い地下通路は、会話が終わる頃には終点が見えていた。入口なんて知らないと思っていたが、それは一目見ればハッキリと分かる。すぐ左手に横たわる細長い水溜りが急に深く広くなり、通路は右に折れた先で水際に沿って緩くカーブを描いている。水深はまだ底が見えるくらいに浅いが、少し先に進むと深い藍色に色付いて見えていた。

右折するポイントには大きな岩が幾つか直進を妨げてそびえ立っている。石を平らに均す事が出来るのに、そのまま置かれているのだから、これは目隠しだろう。分かりやすくミズアドラスの言語と紋章のような彫刻が彫ってある。実は文字は読めないので、気になった私はウィノ少年に読んでもらった。


「"これよりは神聖なる祠である。

 踏み入ることを許されるのは大魔女様のみ。"」


「……ここから、私一人?」


「…そうですね。それが決まりになってます。

 これ、どうぞ。」


ウィノ少年が手に持っていたランタンを渡してくれた。よく見ると岩の近くには古い蝋燭立てが用意してある。錆びてボロボロだが役には立ちそうだ。椅子になりそうな丁度いいサイズの岩も設えてあった。

「ずっと立って待ってるの?

 ……そのへんの岩、座る?」


「いえ、お気遣いなく。

 えっと…確かに座れないことはないかな。」


「あ、ごめん。濡れてるから駄目だね。」

よく見ると水滴でジメジメしていた。これは座れない。こんなところに子供を立たせて行くのか…なんだかな。

「……これって…なんで大魔女だけなの?」


「はい?」


「案内役が一緒に来たらいけない理由…、

 …ウィノ君、聞いてる?」


「……………。」


思い出そうとしたらしくウィノ少年の目線が空を泳いだ。ほんの僅かの間。


「水の竜の聖殿の教えです。

 水の竜の君は大魔女様としかお話にならず、

 自らの住む祠には大魔女様しか招かれない…。」


「……それ、多分嘘…だと思う。」


「……………。お言葉ですが、これは教えです。

 僕の信じるものは、

 僕に決める権利があると思います。」


「!!……そうだ…本当だ…。

 ごめん。…ごめんなさい。その通りだ…。」

私が浅はかだった。とんでもない間違いだ。


「どうしてそんなこと、急に…。

 一人だと、不安ですか?…ン゙。

 どうしてもと仰るなら…付き添いますけど…。」


驚いた。何回驚かせれば気が済むんだ。付き添うと言ってくれているが、それは教えを破ることになる。さっき主張したばかりだろうに、そんな提案が直ぐに出てくる人の良さが信じられない。「…………。いや、えっと………。

 ちょっと…どうかなと思って。」


「何かご不満が?」


「そんな、まさか!…そうじゃなくて…。

 ………いや、いいや。

 先にライトニングさんに聞いてみる。」

竜は私の言葉をしっかり聞いていたらしく、ボストンバッグは話しかける前に自ら開いた。前まで顔だけ出していたのに、今回は翼まで出て来てバッグを尻尾と脚に引っ掛けて履いている格好だ。正直、間抜けに見える。どうして完全に出てこないのか解らないが、隣ではウィノ少年が感慨深げに新たな一体化を披露した竜を眺めていた。…ツッコミを待っているのかな?相方は置いてきているからボケ倒しになるな…。


「………。」


出てきただけで黙っている。こちらの質問を待っているようだ。

「水の竜って、ライトニングさんと同じサイズ?」


「さあ。状況に合わせるでしょう。

 ノエリナビエが竜と認識する最小の、且つ、

 最低限の機能と部位を持っているはずです。」


「どんな見た目か、知らないの?」

てか、そんな自由に身体って変えられるの!?…初めて知ったんですけど。


「話すことはしますが、実体は不要ですから、

 わざわざ説明することもありませんでした。

 何かの理由でその必要があれば、

 知ることもあったでしょうが…。」


「…そっか……楽しみだね。」


「そうですか。」


 …う〜ん…。それじゃこっちに来てもらうのは、

 無理かもしれないな……。

「……ライトニングさんがさ、大魔女に、

 ナクタ君を推薦しようとしてたじゃん。」


「そうですね。」


「あれさ、ウィノ君にやって貰うの、どう?」


「!?え!?」


少年が流石に驚いて声を上げた。


「魔女が望むなら。」


雷の竜は平然と答える。

「ライトニングさんは、どう思う?」


「私は、ファルー家には期待していましたよ。」


「あ、そうだったっけ?」

そういえばそんな事言ってたな。でも、エリアナお姉さんが反対していた。あれは家の総意なのか、その確認はまだだったはずだ。

「ウィノ君は、どう?

 このまま一緒に会って、大魔女になるのは?」


「…え??……えぇ!?

 ………本当に、ですか?

 …だけど僕、ウチの当主にならないと…。」


「うん。でもそんなの、ずっと先でしょ?」


「!!……あ…。……そうか…。

 ………成程。………そうですね……。」


「…ん?や、でも…、

 今の当主さんが、ご年配だと、

 先とも言えないか…、幾つくらい……?

 !!ああ〜〜!!

 ごめん!!その、失礼しました!!本当に…、

 えっと、…とにかく、ごめんなさい!!」

何より先に頭を下げた。

"当主さんはこの先どれくらいかな?"なんて質問を堂々としてしまった。しかも!身内に対して!どんだけ阿呆なんだ私。高齢社会の現代日本を基準に考えてしまったし、当主は亡くなる前に引き継げるかもしれないし、考えることが色々と足りていない上にとんでもなく無礼だ。覆水盆に返らず…ど、ど、どうしよう…。


「…………。」


恐る恐る顔を上げて目を遣ると、ウィノ少年はどうやら、直前の私の話を全く聞いてない。俯いて何か考え込んでいる。

「あの……お姉さんが言ってたこと、

 私も聞いてるから……その…無理矢理は嫌だし、

 ちゃんと…それは……断ってくれていいから。」


「!そうじゃありません!

 気にしてるのは、その事じゃなくて、

 ……僕、魔法なんて、かじっただけで…。」


 …え?そこ??

うっかり鼻で笑ってしまった。久しぶりに。今更、謙虚か!?

「ナクタ君が推薦されたんだよ?」


「…!…あ〜〜…!…そうですね。

 問題じゃないんだ、それは…。」


不思議だ。自分の事になると妙にぬけている。

「考えといてくれたら、それでいいよ。

 とりあえず先に、私達が会って、

 また改めて、大魔女は話し合って決めるとか。」


「や……待って下さい。それはつまり、

 今行かないと、僕じゃなくなり…ますよね?」


「え?…や、わかんないけど…。」


「……行きます。僕が、やりましょう。」


「…??なんか……どうしたの?」


「やりたいです。なります。大魔女様に。」


「あ、うん。……え?本当に、どうして??」


「………魔法…、出来るじゃないですか……。

 大魔女様に魔法を勉強するなとは、

 親とはいえ、言えないはずですよね!?」


美貌の少年は輝くばかりの笑顔を向けて嬉しそうにグイグイ寄って来た。犬みたいだ。フラッシュの如きオーラを放つ犬…。

「…あぁ、それは、…そうだろうね。」

含み笑いをしながら私は答える。

 ごめん。そうだよね。

 ……そう言って欲しかったんだ。

それにしても、暗がりに在っても眩しい人っているんだな。雷の竜と雷光の大魔女は、出来る限りのサポートをしよう。お世話になったおかえしに。

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