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洞窟


 大昔の記憶だ。

いつも私の面倒をみてくれているお祖母ちゃんが、私が動くので辟易している。保育園に行き始めて部屋の中を歩き回る事を覚えたのが原因だ。それまでは柵の中に入れておけば大人しくしていたから、苦労は無かったのに。

足を折ってしまえば大人しくなるのに。骨までいかない程度にやってくれないか、と父に頼んでいる。父は不機嫌な声を上げてから面倒臭そうに片脚を持ち上げ、このくらいの高さでやればいいのか、とお祖母ちゃんに聞いている。捻挫くらいがいいという声がする。母は下らない、見たくもないと言って離れていった。

折るなんてことはしなかった。怪我をされても不味いと言う。私はジワジワと両足首を踏みつけられて、こうまでしてそうでなければならないのか、と、そんなことを感じながら、頭の中は凍えるようで、痛みよりも恐いと思うものを灼きつけた。

いやだ、やめて、という声を聞いて戻って来た母が、やっと二人を止めてくれた。その後で、きちんと二人に反論もしてくれた。どうして始めから止めてくれなかったのか、当時の私にはわからなくて、同時に母がわからなくなった。

ただそれ以降、こんなことは二度と無かった。




 意識が戻ってきたのは誰かに顔を触られたからだ。頬と瞼に刺激を感じた。目が開いてきて、気付くとトオノ隊員の顔が近くにあったが、それがなんでなのかわからなかった。ランタンの灯りが眩しくて目が良く開かない。白い光に照りつけられた、黒く灼けたような肌と長い鼻筋が力強く主張している顔かたちはトオノ隊員のものだとちゃんと解る。くっきりした二重と自信の宿る強い光が青い瞳を曇りなく生命力のあるものに見せていた。私の背後にいる事が多くて近くで見るのも初めてだから、こんな顔だったんだなと、しっかりと見ていた。頭が働いていなかったのだ。自分が倒れていた事に気付いたのは、声を出そうとしても出せないことに焦った私が、とにかく動かせるところを動かそうとして前のめりに首を振り、頭突きを食らわせてしまった後だった。

しかしそれでも職務熱心なトオノ隊員は肩を抱えて離さなかった。離せば崩れ落ちるからだ。本当に申し訳ない。上体を支え起こされた格好のまま、手を動かして地面を探し当てる。力を入れると自力で持ちあがりそうだったので、とりあえず身体を起こして座りこんだ。発声も上手くいくようになると、出来る限り丁寧に謝罪とお礼を伝えてから手足を振って、何でもなく動ける事を確かめた。トオノ隊員の、汗をかきそうなくらいに真剣な表情をしたやや強面の顔は、まともに見たらギョッとするくらいに怖いのだけど、本当に心配してくれたのならいい人だと思う。


「もう、変わりないですか?」


「平気そうですよ。…合わない体質かな…。」


転移した先に、なぜかシース隊員とトッド少年が居る。手にしたランタンの灯り以外には、辺りは暗くて何も見えない。

「…あれ…?」


「あ、俺達は、普通に歩いて来たんです。

 巨人族は本気出すと速いんですよ。

 ……ナクタは一緒じゃなかったんですね。」


「ゴホッゴホッ……はぁ。良かった…。

 僕が失敗したのかと思ったから……。」


ウィノ少年が胸を撫で下ろしている。本当だ。相当心配させただろう。自分達がかなり特殊な存在なのは間違いない。ユイマの身体にだけ影響があったのなら、やはり中にいる私が原因である可能性が高い。ウィノ少年には手厚くフォローをしておかなければ。

「……寝起きで最初からフラフラしてたから…。」


「……………。」


苦笑いされた。キラッキラの顔で。

そんなのは関係ない事をちゃんと知っているのだ。他にフォローする言葉が思い浮かばなかったのだけど、いっそ何も言わない方が良かったな…。


「案内役のウィーノさんは奥に。

 湖の手前で待機するのが習わしです。

 私とシースとトッドさんはこのままここで。

 トッドさんは記録の準備をしておいて下さい。

 打ち合わせの通りに進めます。

 ひとまずは、

 大魔女様の御様子が落ち着いてから。」


頭突きなど何でもなかったようにトオノ隊員がキビキビとこの先の予定を連絡している。水の竜との謁見なんて何十年ぶりなのだろうから、慣例の通りと言っても資料を見て探り探りだろう。護衛が指揮を執る事態になっているが、トオノ隊員の方が少しは知っているらしい。ウィノ少年は生まれる前の事だし、素直に先輩に任せているようだ。

ふと見ると記録を頼まれたトッド少年が不思議なことに何も持っていないので、ぼんやりした頭では、それが無性に気になった。ようやく一人で立ち上がると、何も考えずに、つい気安く話しかけてしまった。

「……すみません……記録って、

 …何か…魔法具でやるんですか?」


「…え?俺に言ってます?」


私に敬語を使われた事が想定外だったようで、トッド少年はキョロキョロしながら答えてくれた。


「そうなんですけど、ウィノの提案で。

 だから念の為に歩いて来たんです。

 シースさんは、ついて来てくれて。」


「どの道、私も行かなきゃいけませんから。

 転移は苦手なんで、丁度良かった。」


シース隊員が話すのは貴重だ。少し鼻にかかった綺麗な低音で、気取らない砕けた話し方をする。

少年達は初めての環境にいるせいか、距離を近くして雑談を始めた。


「一応引き受けたけど、こんなの、

 普通はやらないんだろ?いいのか?」


「けどその方が正確で確実だしさ。

 姉さんの依頼で記録するのは大丈夫のはず。」


「姉ちゃんは来れないの?ここ。」


「来れない。相談役は祠に入れないから。」


「へ〜、俺は入れるのにな?」


「護衛は三人までいいんだ。

 清流の大魔女様ではないから、ン゙ン゙、

 正体隠す義務はファルー家にはないだろ?

 だったら人選は、

 そこまで神経質にならなくてもいい。」


「…あ、そういう……。

 そりゃ、ファルー家が言うならやるけどさ。

 ノエリナビエ様じゃないからって、

 あんまり勝手すると後が面倒くさいぞ?」


「それはそうだ。本当に。ありがとな。」


なんだか微笑ましい?友達同士のやり取りを聞いて人の温かさにホッとする。内容は結構ギリギリなんだけど、ウィノ少年の会話はそれを感じさせないのが恐ろしい。気遣わしげなトッド少年の表情には、繊細な性格が見え隠れしていた。元々の顔立ちが茶髪の日本人にも見えるくらいに見慣れた感じの雰囲気があって、気の良いお兄さんみたいだから見ているだけで落ち着いてくる。

なんとなく、気を失っている間にイヤな夢を見ていた気がするのだが思い出せない。変に気持ちが強張って疑い深くなっていた。ただでさえ暗闇の中なのだ。私の感覚では宵の口というより完全に夜だったし、どうやら洞窟から洞窟に転移したようだった。そういえば朝には周りが騒がしくなるのが遅いなぁと思っていたのだ。ミズアドラスでは朝が遅くて夜が長いのだろうか。呑み屋街が随分と賑わっていたのも思い出す。ナクタ少年と会ったのは、まだ宵の口でもない夕暮れの時間だった事になる。遅い夕食で出してもらったウズラ亭のシチューごはんが最高だったのも既に懐かしい。

 ……思い出したらお腹減った……。

 もしかして、寝てたから夕飯食べ損ねた?

無理矢理に起こしてでも食べさせて欲しかった。優しくノックするだけでは私は起きなかったのだろうか。ソレも十分に有り得る。トオノ隊員のゴリゴリのドアノックは、もしかして必要に迫られた結果だったのかもしれない。

それにしても今日は長い一日だ。一番大事なイベントは、まだこれからだ。



 転移の先に着いたのは、つい先程の洞窟よりもずっと美しい鍾乳洞だった。薄茶色や灰色の岩肌ばかりだったのとはガラリと変わって、ランタンに照らされた鍾乳石は、時代を感じるラムネの瓶のように、優しく色付いたツララに見えた。全てが同じではなく、白っぽく濁ったものや、薄いクリーム色に見えるものなど、写真で見たことのあるお馴染みの色合いもある。それらはランタンの光でうっすらと輝いて辺りを明るく見せていた。光源さえあれば洞窟の不気味さなどよりも目を奪われるものが多くて、観光気分で楽しめてしまいそうだ。

湿度はかなり高いらしく、垂れ下がる未知の鉱石の先からはあちこちから水が滴っている。水の竜はミズァドラ湖に住むらしいけれど、ここは湖というイメージではなかった。地面は天井と同じ鍾乳石があちこちに、まるで植物が伸びるように点在しているのだが、他はゴツゴツした岩ばかりで、見つかるのはせいぜい大きな水溜りだ。よく見ると所々に、ほんのりと光る苔類が見えたり小さな貝類?が張り付いていたりと生態系は豊かなようだった。日本の鍾乳洞とは全く別の、独特な世界を持っている。

ここでも魔法陣は平らに加工された一枚岩の上に描かれていたが、こちら側はしっかりと岩肌に彫刻されていた。目が慣れてくると天然には有り得ない平らな岩の道が続いていて、手摺まで設置されているのがわかってきた。ランタンを持っている私以外の人達は、周りの様子を見渡して、口々に感想を言ったり時間を計算したりして、私の動きを待っているようだ。直ぐにボストンバッグが無事であるかを確かめようとして、確かめるまでもなかったので脱力した。雷の竜はどうやら中にいる状態で浮いているらしく、少しだけ宙に浮いた鞄が自ら私の手元に戻って来たのだ。当然注目を集め、途端に竜を意識したせいか皆言葉少なになってしまう。


「…ナクタは、…………。

 ……本当に話せないんだな。………。

 別に気持ち悪いってわけでもないけど。」


「あんまり気にしないほうが良いって。

 てか、本人が居ないからって大魔女様の前で、

 失礼なことするなよ。付き人なんだから。」


トッド少年とウィノ少年が竜の能力について話し合っている。やはり竜の情報は皆には話してあるみたいだ。

「あの、…竜も動き出してますから、

 ……もう、大丈夫です。行けます。」


「大魔女様は、動けますか?」


生真面目なトオノ隊員の返答に感動してしまう。こんなに手厚く心配されること、現代世界ではなかなかあることじゃない。ライトニングさんのお仲間とはいえ竜に会うなんて不安に決まっている。せめて護衛がいい人で、本当に良かった。

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