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善良


 ラダさんて、二十九歳だったんだ…。

真面目に正直に話してくれたフロイレーヌさんには申し訳ない感想しか持てない私は、この状況がちょっと嫌になっている。立場がないのだ。素直に感想を言うなら、"え?本当の事??"である。理解も共感も出来ないままで心苦しいばかりの、謎のダメージが襲って来る。

まさかこんな豪邸に住むお嬢様に、基本的な権利(だと思う)が認められないとは思わなかった。

逆に言うと"こういう人達って、大抵の事はお金や権力でナントカしてるんでしょ?"と思っていた。ミズアドラスに生きるフロイレーヌさんには、それこそ偏見でしかなかったのだ。吸血族として生まれるとは、こういうことなのか。私は想像出来なかったし、ユイマも正確には知らなかった。

不意に思い当たった。これだから差別の話は避けられるんだろう。知らなければピンと来ないのだ。


「ごめんなさい。関係のないことまで。

 ……ワタクシがお話出来ることは、

 これくらいですわ。」


目に涙を溜めながら明るく笑ってフロイレーヌさんは話を閉じた。見た目は小さいのにしっかりとカッコいい。

とはいえ触れてはいけない部分に触れたのかも、と心配になった私は、横目でチラリと見てラダさんの反応を伺った。


「お気になさらず。

 彼女は、彼女を救った雷光の英雄に、

 感謝を伝えたいのです。」


「!?…え?……あ、…え〜と??

 …………あ、ああ!…そうなんですか。」

ラダさんの方は逆に気付くのが早くてビビる。

言われてみれば、この二人には雷光の英雄が雷の竜と大魔女だと確定した訳ではないのだ。

 ……吸血族の話題自体は問題ないみたいだな。

しかし私が勝手に雷光の英雄の話をしてしまっていいものかどうか。多分まだ証拠が無いからフロイレーヌさんは話を聞いて確かめることを夢に見ているわけだから、そんな人の夢をぶち壊すのは憚られる。本人(竜)が話すのならともかく。

 てか感謝しているのは、

 パロマさんに対してなんじゃないの?

ちょっと分かりづらい話だ。ラダさんが適当に言ってる感じが否めない。


「…………。

 私の話は以上です。」


「え??」


「…は?」


私とフロイレーヌさんが共に口を開けてぽかんとしている。いや、それ以外にどうしろっての。


「…………。

 御二方には、お話を聞いて頂き、

 ありがとうございました。

 上手く話せず、御不便をおかけしましたわ。」


「あ……いや、……ありがとうございます。

 ……全然、そんな…、解りやすかったです。」

必死に誤魔化している感じがバレバレだ。フロイレーヌさんの目元はわかりやすく怪訝に顰められていて、後が怖そうな空気がある。


「………。」


結局、フロイレーヌさんはラダさんの発言には触れる事なく黙って深く頭を下げた。何事か呟いて椅子を持ち上げると、ラダさんの後方に動かしてやっとその上に小さく腰掛ける。落ち着くやいなや、ひたすらにジッとボストンバッグに熱い視線を送り始めた。

 ……とにかく早く竜の話を聞きたいんだな。

 あ、そういえばまだ見たこともないんだ!

おしゃべりといい、態度といい、物凄く正直な人だ。本能のままに在る様に見えるが、何とも言えない違和感がある。血筋はミズアドラスでもかなり上位にあるはずのお嬢様だ。おそらくこの領国で最も優遇されている吸血族のはずなのだ。それでも隠されたということは、軟禁状態だったんじゃないのか。なんでこんなに気が強くて口が立って、野生動物のように生きている感じがするんだよ。しかも自ら使用人として働いている。案外自由だ。

ルビさんが領主家別邸で身の回りの事を見てくれたのは、ほとんど監視の意味だったと今なら解る。他に対応出来そうな人がいなかったのだ。雷の竜は、特殊な才能持ちの魔法使いでもなければヤバさも解らない存在だったのだから。

だがフロイレーヌさんは違う。驚かれないためだと言っていた。侍女が変装しているのは驚く事ではないとでも思っているのだろうか。いろいろとズレている。さっきから見ていると性格もどこかチグハグで、人となりの判断が難しい。理性的なのか、本能的なのか、それすらも何とも言えない。

 ……イド氏もそうだったな…。

どれだけ家柄が良くても極端に異物として見られてしまうということか…?要するに、放置されて孤独に在る事の現れではないかと勝手に想像してみる。変な同情かもしれないけれど、流石に突っ込んで聞くわけにもいかないし。



 長い長い昔話の間、ナクタ少年は大人しく黙って机の上の樹皮(カンバスのようなもの)にびっしりと描かれた見応えのある絵画を見ていた。こう見えて彼はしっかり聞いているはずだ。私も少しずつ、猫のガーディードというのは、そういう性質なのだと解ってきた。ラダさんは俯き加減でほとんど目を閉じ、闇のオーラに抱かれ燃え尽きて死んでいる。いやそれは比喩だけれども、相変わらず、ちゃんと生きているかを確かめなければならないなと心配させる有り様だ。

 ……で、ここから私、どうしたらいい?

死んでる人は生き返らないしな。


「尋ねたいことがあります。」


「!!……?」


嘘だった。割と簡単に生き返った。

考えようとした矢先に偉大なる雷の竜が話を始めたのだ。ラダさんは途端に顔をあげて背筋を伸ばすと私の方に向き直った。フロイレーヌさんの方は思ったより落ち着いている。というか、キラキラした瞳でこっちを見て固まっている。純粋が過ぎるけれど、竜の能力については原因が解れば不用意に怖れもしないし、対策もできる人だ。おしゃべりが止められない性格ではあるものの、話して悪い事を話したわけではない。純粋に頭は悪くないのだと思う。

 とりあえず見たいだろうし…。

閉じていた両手を退けると、それを合図に竜の革で出来たボストンバッグは内側から開き、極小の竜の頭が顔を出す。素材を知った後では道理で一体感があるはずだと変に納得した。エリアナお姉さんの言う通り、生き物としては別世界を拠点としている全く関係のない存在なのに、嫌に似ている。


「まず吸血族。」


「!!!」


 まず?

雷の竜はフロイレーヌさんの方を見るわけでもなく、虚空を見つめて話し始めた。独り言みたいに見えて、なんだか緊張感がない。

対照的に、豪勢な腰掛け椅子の上には硬直したままピクリとも動かない幼女の姿がある。異様に迫力を感じて幼女としては変なのだが、不思議と気品もあった。緊張しながらも最大限に礼と敬意を払っているのが伝わってくる。


「我らのことなど些末にすぎない。

 吸血族は魔に親しき生き物であると、

 知らぬものには知ら示すが、

 善良というものではなかったのですか?」


「…………!!」


 ……すっとぼけてるみたいに聞こえるな…。

多分ライトニングさんは本当に教えを請うているだけだ。この人は、そういうのが、わからない。人類の観念とか判断とか、なんか哲学的な部分とか。あくまでも聖なる竜は、この世界には来訪者であり、それらは自分達の決めることではないというスタンスを大事にしている存在だ。自分よりもこの世界の生き物が中心に在るからだ。

私以外に尋ねるのは珍しい気がする。私には何の事を言っているのか解らないところもあるから、聞かれてもこの問いには答えられない。

竜の言葉が終わると同時にフロイレーヌさんは顔を伏せ肩を震わせた。よく見えないが笑っているようだった。声にはならず、控えめに。


「ありがとうございます。

 ……そ…その通りでございます。」


「…良きに。幸運を。」


「……偉大なる雷の竜の君に…、

 心よりの感謝と尊敬を…。」


涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて笑顔を作ると、立ち上がって深々と頭を下げ、直ぐに姿勢正しく座り直して顔だけを伏せたまま固まっている。怒涛の進行はあっと言う間の流れるような作業で、既に彼女の顔は私からは見えない。ただ、溢れ出るものがさっきの涙の比ではなかったことは一目瞭然だ。

ラダさんも流石に驚いたのか、少し引いた表情を見せている。情緒は大丈夫そうだ。想定外も穏やかに感じさせるくらいには、冷静だった。

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