英雄
「まぁ!研究者で……?
あ、いえ!…………どうして???」
言いたい事は解る。フロイレーヌさんは遂に両手を口に当てて顔を伏せてしまった。
考えてみれば、嘘がつけないなんてシュールな条件が直ぐに思い当たるわけもない。ナクタ少年は嘘をつくつもりだったから理解が早かったのだろうし(初めて会った時にどこまで理解していたかは知らないが)、そういえばイド氏も聞いた事があったようだった。エリアナお姉さんは会議になれば参加する事になっていたから情報が共有されていたのだろう。
フロイレーヌさんはイレギュラーだ。推論でしかないが、元々おしゃべりが好きで、嘘を言うつもりも無ければこうなるんじゃないか。本人は原因が解らないから止めようが無い。初めて見るケースだ。
…教えてあげた方がいい?…どうしよう…。
話せば今度は怖がられるかもしれない。話してくれなくなるのは困る。雷光の英雄の話は聞きたいんだけど…。
「申し訳ありません。
こちらの連絡が至りませんでした。
…フロイレーヌ、噂は本当だった。
聖殿が喧伝したのは嘘ではなかった。」
椅子に軽く掛けたラダさんがやっと動いた。遅っそい。意地悪してんのかと思いましたよ?…まぁ相当疲れてるんだろうけど。
フロイレーヌさんはそれを聞いて目を見張り、大きく息をついて得心したというふうに何度も頷くと"わかりました。"と簡潔に答えた。
「無知ゆえに大変な御無礼を致しました。
改めて、ワタクシの知るところを、
お話してもよろしいでしょうか?」
「あ、……お願いします。ぜひ!
本当に、名前しか知らないので…。
三竜大戦の頃の人……でしたっけ?」
ユイマの活躍を、やっと知ることが出来る。パロマさんからは詳しく聞けなかったからスッキリしなかったのだ。ライトニングさんは、きちんと話してくれるか解らないし、ミズアドラスでは知っている人がほとんどいないマイナーな話だろう。フーリゼの一地方の話…みたいなことを言っていた。確か。
「……正確には私も存じませんが、
パロマ様は、大戦で情報の多くが、
消失されたのだろうと仰っています。
大戦より更に前……前時代のフーリゼには…、
ヒト族や小人族、吸血族を使役して、
あろうことか、魔の実験動物として扱った、
都市や集団があったといいます。」
「!!…え…ヒトも…!?」
それはユイマにはさぞかしショックだっただろう。
「はい。…勿論無理やりに…。
古代には種族や民族の差異による隷属関係は、
決して珍しい事ではありませんでしたわ。
そんな時代に現れたのが雷光の英雄でした。
雷性に属すると見えた未知の力を行使して、
人々を逃がしたと伝えられていますの。
この記述だけは石碑にも残されています。
その後については、口伝や日記からですが、
事実が広く知られて非難する人々が現れ、
未知の力への恐れは、魔の実験という、
古よりの大罪に対する怒りに繋がった…。
経緯はそう推測されております。
そうして、そのような非道に反対する、
力ある方々が様々な種族から立ち上がり、
被害種族のお味方をされて、
指導者達を追い詰め、滅ぼしたのです。」
「…!!…すごい…。」
「そこからフーリゼは、共和制の国として、
大きく方向を変える事になったそうですわ。
吸血族の差別も徐々に消えていったと……。
お会いしたその頃には既に、
一般の方と何も変わらないと仰っていました。
ワタクシ、そのお話を聞いて、
希望が湧いてきましたの。本当に…!
…………。
パロマ様は、聖竜信仰をお勉強されていて、
雷光の英雄は聖なる竜と大魔女様だと、
そうに違いないとお考えでしたわ。
ワタクシもその可能性は十分にあると、
そう思いました。恐れながら、いつの日か、
現地でお話を聞きたいと夢見ていましたのよ。
……。
ですから一目見るだけでも…ワタクシ、
雷の竜の君にぜひ…お会いしたかったのです。」
一通りしゃべったはずなのに、終わるにはまだ足りないのか、躊躇いがあった。フロイレーヌさんは何かを迷っているようだった。
「………。
パロマ様が領主家の奥方様になられてから、
ミズアドラスも変わりましたわ。
……吸血族も戸籍を持てますのよ。
隠すでも誤魔化すのでもなく……。
医師と魔導士からの証明が必要で、
まだまだ少ないんですけれど、
正式にその特徴が記載されますの。
…………。」
!?戸籍持てなかったの!?
差別が過ぎる。ハッキリ言ってショックだ。
……え?名家の令嬢でしょ?
それでも駄目なの???
エルト王国では、一般人なら捨てられればそれまでだが、貴族はそれを選ばない。後々ややこしいからだ。差別はあっても存在は認められる。だからこそ厳しく監督されるのだ。最悪直ぐに殺されたり監禁されたりもするらしいという噂はある。個々の家の中まで解らないから、あくまでも噂やイメージだ。
ユイマが知るのは昔からの古い考え方で、今は有り得ない、改善されたなどという話も聞くが、実際確かめる機会は滅多にない。当然調べる権限もない。だが少なくとも貴族はそこまで奔放ではないのだ。貴族ですから。
……でも……戸籍は確かに難しいかも。
吸血族は早い段階で年齢が合わなくなるから直ぐにバレる。隠しても誤魔化しても、結局本人が矛盾に苦しむだろう。そんなものは無い方がまだ、存在を誤魔化して紛れ込んで居られるかもしれない…。
先程から話は度々区切られて何かのタイミングを測っているようだ。終わらせるならさっきだったと思うけど、なんだろう。進むにつれて、またフロイレーヌさんは泣き出しそうになっている。
「…………ただ…ふふ。
生まれた年を知らない人が大勢いますの。
ワタクシも、証明するものがありませんから、
一般の、戸籍の無い方と同じように、
見た目で年齢が決められましたわ。
…勿論その旨も記されますけれど、
誕生日は届け出た日ですのよ。……グス。
…ですからワタクシ、ラダと同い年ですのに、
戸籍の上では、もうすぐ六歳になります。
末っ子ですのよ。…ふふ。」