禁忌
「ふぅ。…やっぱりウィーノは、
陰干しの時にナクタ君を招いたのでしょうね。
扉を開け放すので、いい機会なんです。
定期的に風を当てるんですけど、
…普段はこうして見えないんですよ。」
「………。素敵な、作品だと思います。」
エリアナお姉さんに気迫と熱量と風のような勢いを感じる。仕事をする人の顔というやつかな。
せっかく見せてもらっても業界のことなど何も知らないから何も語れないままマジマジとただ眺めるだけだ。良し悪しはよく解らないけれど可愛い蓋付きのリュックは機能的に期待出来る。普通に魅力的。大き過ぎずノート位は入るサイズが丁度いいし、革特有のゴツさのある見た目よりも随分軽々と扱われている。適度に柔らかさがあって使いやすそうだ。長財布の方は濃い色合いと刻印がスマートなのだが持ち歩くには大きすぎる。そんなに入れる中身も無いから私には使いこなせないかな…。
芸術点が付けられないので目が向くのは継ぎ目や角が綺麗だとかがせいぜいで、あとは使い勝手についての感想しか出てこない。革製品なんて現代世界では高くて手が出ない上に手入れも大変だ。素晴らしいものなのだろうけど、やっぱりそれが似合う人物でなければ釣り合いが取れない。自分には溜め息が出るだけで予定も見込みも無い。だからといって僻みたくもないという強がりというかプライドは、意外と美点だと思っている。
………。良いものは良い。
これは間違いなく貴重な、価値ある高級品…。
けど……皮目当てで竜が狩られているのを、
製作している人が知らないわけないよね?
実際に革製品の販売に関わる…のかはよく知らないが端っこで聞きかじっているらしいナクタ少年から聞いた話と微妙に違っているのが気になる。
……いや、エリアナお姉さんは、
ミズアドラスの規則の話をしただけで…。
つまり………それをしているのは、
ミズアドラスではない、ってコト??
そうであれば地理や流通経路から考えて、疑わしいのは聖カランゴールということになる。
作品には触ってもいいと言ってくれたのを丁重に断って、むしろ両手は後ろ手に組んで周りの作品群も見学させてもらった。手袋でもしているならばともかく、傷ませてしまったら大問題な上に自分の受けるショックも計り知れない。怖すぎる。
高級品恐ろしい恐ろしい……そういや、
この世界でもブランドって概念あるのかな?
エリアナお姉さんの意図はわからないままだが、出会った時から自分の作品の押しが強かったのは覚えている。才能のアピールかなと単純に思っていたのだけれど、もしかしたら何とか竜の革の話を絡ませたかったとか……いやそんなのは考えすぎで、本当にただの製作好きで素材に惚れ込んでいるから話がしたいだけ……いやそんな単純なプロフェッショナル本当にいるか?実際どうなの?芸術家やら天才肌ってそういうもの?
……解らない。
謎多き人ばっかりかよファルー家……。
ただでさえ他人は苦手だというのに、住む世界が違うのでは想像も出来ない。普通どう考えるべきなんだろう。本当にわからん。普通って何?
「今のところ、この二つだけなんです。
自信をもって見せられるものは…。
本当に腕の良い方のものなら、
竜の革の魅力や可能性を感じて頂けると、
…私は思っているんですけど…。」
「……今まで無かったものだから…
っていうことですか?
良いものだと、皆…知らない…とか?」
「…ええ。永く禁忌でしたから。
ですけど、竜の素材は、
決して背徳的なものではありません。
聖なる竜の君は竜と敵対もされた方のはず。
竜を統べる存在でも、
その最上位でもないのです。
想像を超える力を持ちながら、
私達との約束を守って下さる偉大な方です。」
「…あぁ…そうか…そうですね。」
「その鞄も、迷いましたが、
私の差し上げられる最上のものでした。
人類と竜はそのように生きるのが、
私は本来の姿だと考えます。」
「そのように…生きる?」
「争いは人類にも人類以外にも起き得ます。
どちらかが勝ち、負けることは自然な事です。
そうであるならば、
共にその存在は有益であると讃えるべきです。
争いがない事が勿論、
一番良いのでしょうけれど…。」
…………。すみません。難しい。
「有益というのは、
素晴らしい素材、という事ですか?」
エリアナお姉さんは少しだけ目を丸くして笑った。
「ええ、ええ、そうですね。………。
………竜の革を見た雷の竜の君が、
お怒りになられるかもしれない、とは、
実は想定していました。
……けれどパロマ様からのお話を聞いて、
聖なる竜の君はログラントの竜とは、
全く別の存在だという確信もありました。
召喚された魔物や魔神に近い方だという説を、
私は昔から信じていたのです。
……ウィーノが聞いたら怒られますね。
ここで雷の竜の君のお怒りを買っては、
すべてが無駄になってしまいますもの。」
…………成程。ぶっ飛んでる。
わかっててやったんですかアレ。
竜の革の中に入ることを竜に勧めるとはグロテスクにも程がある。人間で考えたら正気じゃない。ライトニングさんは確かにログラントの竜とは別の存在だけれども、それは正解だけれども、ログラントの人類の多くは、そういう志向を持つ人達ではない。自分の考えがどんなものだろうが、それは遠慮しておくべきだったと個人的には思う。ウィノ少年よりも領主家が怒りそうだ。
エリアナお姉さんのように結界は既に無い過去のものとして新しい考え方をする人達もいるということか。失われてもう二十年も経つのだから、それこそ自然な事とはいえ、何かここまでする理由があるのだろうか。
「……あの、さっきの、ここに来る時、
話が途中でしたよね?…吸血族が何とか……。」
突っ込んで聞こうとする私に、エリアナお姉さんは真っ直ぐに目を合わせてくる。私はその燃えるような熱を持つ瞳に驚いて思わず息を呑んだ。
「……あまり気持ちの良い話ではないので…。
ただ、竜とは関わりが深い人々ですから。
…知られていないだけで私達も彼等を通して、
竜と隣り合って生きているのです。
そう、お伝えしたかったんですよ。」
「……知られていないだけ……って、
でも、吸血族は、何処でも産まれますよ。
ミズアドラスにいないわけがない……、
そのはずだと…思いますけど。」
「その通りです。隠し通すか、捨てられている。
…そうしなければならないのも習わしです。」
「…………。」
「酷いですよね。………彼等の文化では、
竜の革は魔除けの意味があると言います。
…一説では食用にした後の皮を使った事が、
起源だとも言われています。
強きものの証であるらしいのです。」
「あ、強いものを恐れて、
悪いものが寄ってこない、という…。」
「ご存知でしたか?」
「あ、いや、似たような考え方をする…その、
民族…みたいな人達を知っているので。」
住んでいる所が空間的に違うんですけど。
「まぁ!北側の少数民族ですか?」
興奮気味でエリアナお姉さんが食い付いてくる。既視感があるな、コレ。この世界の創作をする人達はどこでスイッチが入るのか予測不能だ。どうやら見えない回路を通って熱源に繋がるみたいだった。現代世界でもそんなもんなのかな?
お姉さんの竜への興味は吸血族が元だったらしい。魔法が使える世界で魔除けなんて必要なさそうに思うのに、なんだか不思議だ。これだけ世界が違っても同じような事を考えるものなんだな。