愚行
展示室と呼ばれた部屋の中は分厚いカーテンで光が遮られていて、昼間なのに天井から下がる大きな室内灯には灯りが灯されていた。ただそれだけでは光量は十分ではなく、置かれた作品群が光明を遮って影を作り、四隅はさらに薄暗い。よく見ると窓にはカーテンの奥に雨戸のような木製の蓋?が嵌め込まれて日光を通さないように厳格に閉じられている。
右側、左側、奥の窓側の展示品は見る人を圧倒する物量を誇っていた。上からのスポットライトに照らされたホールのステージを思わせる広い空間に陳列された彫刻や細工は、それぞれの方向を向いて何も語ろうとはしない。一つ一つが全く異なる表情を持っていることに違和感を覚える程に、固く整然と管理されていた。棚に飾られている作品達は、それぞれの美点を探そうにも隙間なく詰め込まれて裏側が見えない。展示室というから博物館のようなイメージでいたが、まるで倉庫だ。
通路は大人二人が横に並ぶのがやっとの幅で、部屋の中央にはお姉さんからの説明には無かった人形?が何体か、その交換部品と思われる顔や手や足などの各パーツと共に分解されて飾られている。手足は木製のハンガーのような器具から細い紐で吊り下げられ、机の上に並べられた顔の部分などは蝋人形のような精巧な作りだが、継ぎ目の辺りを見る限り素材は木のようだった。
木製彫刻は地面に敷物を敷いて置かれている大きなものから、本棚のように細かく分けた棚に収まる小ぶりなものまで、様々なサイズに分けて飾られていた。すぐ隣のナクタ少年が大きく息を吸ったと思ったら、持久力を試すようにゆっくりと吐いている。なんとなく気持ちはわかる気がする。二度目でもそうなるあたり、やはり感動の程度が私とは違うのだろう。
真正面に思わぬインパクトの人形があったものだから、本来の目的であった革製品が後回しになってしまったが、話にあった革の作品達は棚全体に布が掛けてあって入口からは見えなかった。樹皮作品というのもどうやら箪笥のような引き出しの中に仕舞い込まれている。箪笥?の近くには長机が設置され、その上に幾つか樹皮が広げられているように見えたから、何かしら絵や文字のようなものが描いてある作品のことを指すようだ。
保管には風を送る事が欠かせないらしく、天井にはおしゃれな飲食店なんかでよく見る大きなプロペラが、室内灯を挟んで二つ設置されていた。今は動いていないけれど妙に気になる。動力は魔石と風の魔法としか考えられないが、どこにそれらが組み込まれているのか見た目では解らないのだ。そういえばアレの名前はなんていうんだろう。扇風機には違いないのだろうけれど、回転速度でイメージが随分と変わるものだ。
灯りはユイマには見たことの無いタイプの光源で、私は昔ながらのレトロな電灯に似ていると思った。天井から垂れた太い幹が四方に分かれて開き、重力に逆らって曲がった枝先には花の蕾のような形の瓶が四本、それぞれ金属製の受け皿の上に乗せられている。これもおそらく何かの魔法が光源だろうが、やはり見た目ではわからない。さっきの精霊魔法といい、一目見るだけでは解析の難しい魔法をわざと選んでいるのだろうか。
「……全部、ファルー家で造ったものですか?」
ユイマの趣味と興味は一旦置いて、私はとにかくシンプルに衝撃を伝えた。
「ウチの作品だけではありません。
関係する施設と、協力して下さる商店や工場、
個人で活躍される作家さんの物まで、
ここでまとめて管理しています。」
「私のような、ファルー家と関係ない人に、
こんなの見せていいんですか?」
あら、とエリアナお姉さんは困って見せる。
「関係ないだなんて、お友達のように、
と言って下さったのに。
私は一人で喜んでしまいましたよ。」
「え!?あ……、そうなんですけど……。
すみません。ありがとうございます。」
なんだか気品あるおねえさまと野暮なオッサンみたいなやり取りになってしまった。人間として本質の部分はそれで間違っていないかもしれない。うら若き女子としては誠に遺憾ではあるが。
………やっぱり違うんだなぁ…。
社交辞令だと割り切れば私でもこんなふうに振る舞えるだろうか。自分の顔と身体でイメージすると、死ぬほど気持ちが悪くて身震いするから、いつも即座に却下する。似合わないどころか薄気味悪いものを露呈するようで我慢ができない。
竜がいるから嘘じゃない、てことは、
本当に喜んでくれたんだろうな…。
自分から言っておいて勝手だが友達と呼ぶにはやはり違いすぎる。そりゃそうだ。簡単に彼女のようになれるのなら私にはもっとわかりやすくドライに生きる道もあったのだ。
…仕方ない。いつも通りに開き直ればいいか。
多様性の時代を生きる魂が宿っているということで、諦めて自由にやらせてもらおう。郷に入れば郷に従えとはいっても無理なものは無理です。自分の表現は性格がどうしても出てしまう。
「あの……この素材って、竜の革なんですか?」
唐突に尋ね、私は手に持ったバッグを両手で胸の高さまで持ち上げた。
「!!」
ナクタ少年が驚いて私の顔を見る。私は先程少年がしていたように白を切って目を逸らした。
「ええ。ご存知でしたか。」
「いや、ナクタ君から聞いて…、
……ここにもあるんですか?」
「そうです。左奥の…、見えますか?
白い布が覆っている処に置いてあります。」
良かった。悪い事だとは思っていない。気が付いていないのか、これでいいと考えているのか、どちらだろう。相手にも性格はあるのだから、ナクタ少年と合わなくても、それはそれでいいのだ。他人同士どうしようもない。
「わかります。近くまで行ってもいいですか?」
「勿論です。ご案内します。」
「それとあの、出来れば、ナクタ君には、
自由に見せてあげたいんですけど、
……作品には触らせませんから。」
「来たことがあるなら、知っているでしょう?
ナクタ君。通路を歩くだけよ?」
「…はい。大丈夫です。」
どうやら少年のことはまるで子供扱いしているようだ。やはりお姉さん。厳しく見えるのも解るし、そうしなければいけないのも解る。少年は展示エリアに足を向けると、そ〜っと、恐る恐る忍び寄るように歩みを進めた。辺りを見回して何かの気配を伺いながら探し物でもしているようだ。理由は謎だが、これが猫足か。人間がやるとこうなるんだなとひとつ知見を得る。少年に倣って私も通路を歩きながら数多の作品をぐるりと眺めるのを忘れなかった。お姉さんの横に並ぶと、革製品の棚を目指して一歩ずつ、わざと余裕を持ってゆったりと歩いた。
「ミズアドラスでは大昔から、
竜はすべての種類が神聖視されていて、
傷つけることが出来ませんでした。
しかし種によっては凶暴で、
増え続けると危害が及ぶものですから、
近年になって…本当に十年程前からですが、
専用の免許を取得した登録者にのみ、
聖殿の許可を得て退治を依頼しています。
きちんとした報告も必要なんですよ。
乱獲はとんでもない愚行ですから。
竜は竜です。大魔女様の御友人ですものね。」
「……エルト王国では今も出来ないです。
…数が少ないのかもしれないですけど、
国王陛下の認める事案だけで…。
だから、王国軍にしか殺生は許されません。
一般人が竜を狩るって…恐ろしいことです。
最悪処刑されますし、売買も厳罰で、
…遺骸を流通させるのも、多分……。」
「多くの地域でもそうだと聞いています。
解禁前のミズアドラスと、
あまり違いは無いように思います。」
「エリアナさんが、自分の作品に、
竜の革を使うのは、なんでですか?」
「………。失礼ですが、雷光の大魔女様は、
雷の竜の君がお話の中で触れられた、
吸血族という人達のことはご存知ですか?」
??……ん??
「あ、はい、知ってます。吸血族。
……え!?…あの、ミズアドラスではあまり、
…知られていないんですか?」
「魔法が盛んな国とは教育の差があるのです。
領主家の奥方様である、パロマ様から、
フーリゼ共和国のお話を聞きました。
ウィーノも私も魔法については、
パロマ様から教えて頂いたんです。」
「そうなんですね…。」
へ〜〜〜。影響力あるんだな、やっぱり。
話の途中だったが目当ての棚の前に着いてしまった。エリアナお姉さんはあっさりとその話を切り上げて私に断りを入れ、布の掛かった棚の方に近付くと、白い布の端を少し持ち上げてその中を覗き、すっぽりと潜り込んで見えなくなった。ゴソゴソと白布が動き小さな独り言が聞こえてくる。暫くすると両手にリュックのような鞄と長財布を持って出て来た。
「最近の、私の中では自信作です。」
「!」
良いものをわざわざ見せてくれるなんて、やっぱりいい人。素人なんだから適当でも構わないのに。