精霊
「失礼致します。
先程のお話を受けまして、
領主家のラダ=リー様が、
こちらに合流したいと仰っています。
お招きしても宜しいでしょうか?」
!!
侍女の女性が初めて喋った。舌足らずで少し鼻にかかった声をしている。大きな声ではないが内容はしっかりとしたものだった。ラダさんとルビさんが誰かから話を聞いたか、記録を読んだということだろう。
「あ、はい。」
それは別に構わない。それより、ご一緒というのは、一緒に作品を見て楽しむということなのか、それとも、作品を見学するという体裁で何か密談めいた事を考えているということなのか、出来ればハッキリさせて欲しい。
確かに私は領主家について話がしたいと言ったけど、それはライトニングさんとの会話の中であって、今話がしたいのは領主家側でしかないよね?私は作品をしっかり見たいんですけど、そのへんは考慮されてる?てか、なんでこのタイミングでそれを話すの?などなど色々と気になる。疑り深いとか気にしすぎだとか言われる私の癖だ。
こうなるのが普通なんだけどな…。
……つくづく、ウィノ少年がおかしい。
美少年の見た目に振り回されて弱るというよりは、自分には引き止められないから弱っている。あのバイタリティはどこから来ているのだろう。フラフラしていては弾き飛ばされ、ウカウカしていると勝手に転がされてしまう。…ファルー家、恐るべし…。
「ご安心下さい。ルビ=リエナ様より、
おおよその話はお聞きしております。」
思考が脱線した私が浮かない顔でいるのでフォローしてくれたようだ。動きは落ち着かないが言葉は心強い。まるで彼女の方が年上のお姉さんみたいだ。いや本当にそうなのかもしれないが。
「えっと、それは……、
ナクタ君と、エリアナさんも一緒ですか?」
「私はいつでも退席します。
気になさらないで下さい。」
「…俺もそうします。」
エリアナお姉さんは機敏だった。ここに来るまでに予定されていたのかもしれない。ナクタ少年も何かを察しているようだ。
ラダさんは有能ぶりを発揮して成果を説明してくれる時は胸のすく思いで聞いていられるのだけれど、自分の話を始めてしまうと聞いて良かった事が一つもないのだ。改めて大変な立場で気の毒にも思うが、あの時の続きではないかとつい考えてしまう。自白するつもりということだから余計に、嫌な予感がする。
「室内はご自由にご観覧下さい。
ラダ=リー様到着の際には、一つだけ、
聞いて頂きたいお願いがございます。
領主家の方からの御進言として、
大魔女様の護衛を万全にする為、
また機密保持の為、警備隊ではなく、
二人目のクェスターニアーの、
ご同行をお許し頂きたいとのことです。」
「…二人目?……ああ、え〜と、
別に、構わないです。」
舌足らずな発語のイメージを覆す丁寧な言葉遣いで淀みなく事情を説明し、侍女の女性は深々と頭を下げた。つられて私も礼をする。エリアナお姉さんが三人居ると言っていたクェスターニアーという古い名前を持つ女性の一人が来るらしい。ファルー家の直系に与えられるものというからには、ルドラステスタさんのような御両親のきょうだいだろうか。
「………。参りましょうか。」
両開き扉のついた部屋の入口に向き直ると、エリアナお姉さんは持っていた鍵を回して引き抜いた。二枚の扉は精霊の囁きと共にほんの少し奥に開かれ、間に細い隙間が出来る。
!!精霊魔法だ!!
動作も詠唱もない。ユイマの知識があるのに全く気が付かなかった。どういうこと!?
「どうぞごゆっくり。」
警護対象に一声かけると、トオノ隊員とシース隊員は両開きドアの左右に門番よろしく直立した。
「向かって左側には木製の機巧や細工、
奥には彫刻、右側にあるのが革と、
少しですが樹皮の作品を展示しています。」
エリアナお姉さんは片側の扉を全開にしてから私達を中に促すと、まずは位置と素材の情報を教えてくれている。私はといえば、ユイマの知識をうっかり引き出した為に知識と思い出に囚われてしまっていた。
鍵穴の精霊は名前の通りに鍵穴に住んでいるとされ、扉を開けるか否かを鍵を持つ者との相性で決めるという気まぐれな精霊である。故に前もって仲良くなっている必要があり、不法侵入者を阻んでくれるという古よりの防犯対策だ。精霊との信頼関係の上に成り立つものであり、特別な才能が無ければ彼等はまず目では見えない。精霊に姿を現す努力をしてもらって、ようやく魔法使いはその痕跡を見付けられる。つまりここの精霊は、わざと声を出した。アピールした相手が誰かは解らないが、何かの理由で目立ちたい意欲を見せているということだ。
ユイマには仲の良い鍵穴の精霊が居た。仲良くなって気に入られると、リクエストに応えて住処から離れてくれる。ずっと同じ処に住み続ける者も居るが、ちょっとだけお願いして留守番して貰う事も可能なのだ。
懐かしい…ことなのかな、ユイマには。
ユイマの記憶だから思い出すという作業に懐かしさがあまり感じられない。それでも関連付けて自然と思い起こされるのが変な感覚だ。知識とは違って、映像を伴うものだった。鍵穴の精霊の痕跡は白く輝く靄のように、まるで鍵を回すと穴の中から輝く埃が吹き出してくるみたいにユイマの目には映っていた。
精霊というのは全般に、どこから来てどこに行きたいのか、という問い掛けには答えてくれない。本人が覚えていない事が多く、生きる目的という概念が不要だからだと考えられている。会話が出来るかどうかは種類に拠らず、彼等個人に拠る。どれだけハイクラスで抜群の知性を持っていたとしても人類に興味のない者は全く会話が出来ないし、大きな目的を持っていたとしたら、それは誰か他の人や物の為であることが多い。彼等が何のために生きているかと言ったら、それは彼等の住む世界の為であり、その事は意思や信念などではなく、ただ純然たる真実以外の何物でもないのだ。