侍女
「あの、ここには、…お住まいと、
製作する場所が一緒にあるんですか?」
「いいえ。この建物内には、
完成した作品だけが保管してあります。」
「………。」
少年は黙していつも通りに振る舞い、私もライトニングさんをバッグに入れて持ち歩いたまま、エリアナお姉さんとシース隊員を先頭にして日の陰った一階の廊下を歩いている。結局、問題なしということで私達は知らんふりをした。個人の感覚や感性の問題に深入りすると否定も肯定も深い沼の予感がするからだ。法律の知識はほとんど無いものの土産物屋としてのルールを聞きかじっているナクタ少年によると、一応は何かの犯罪を犯しているわけでは無いらしいから、当事者が訴えていないのなら自由にしたらいい。私はそうさせてもらう。
現代世界では動物は好きな方だと思う。話が出来るなんて夢のようだと思っていたのに、本当に彼等が人格を持って、それが認められた世界には想像したことの無い緊張が存在した。全く思いもよらなかった。こうなると革製品を扱っている事自体が随分と、何と言うか、精神的にハードな世界のように思えてくる。
ハードボイルドっていうと変な気がするけど、
業の深いものになってくるような……。
革なんだけど…皮だもんな…。
不満というよりも憤慨しているのではないかと思うナクタ少年には悪いことをしてしまった。この場は仕事と思って、なんて大人みたいな台詞が少年に通用するものか、これはちょっとわからない。
左右後方にはトオノ隊員ともう一人、食事の配膳をしてくれたメイドさんと同じ服を着ている女性がついて来ていた。名前は名乗られなかったが、エリアナお姉さんの身の回りを世話している人らしい。"侍女"と説明されている。メイドとは翻訳されなかったのがちょっと寂しい。
侍女の女性はとにかく見た目のインパクトがエグかった。少し離れていても目立つくらいに量の多いショートカットの癖毛で、色は珍しく濃淡のある灰色をしている。更に、この世界では初めて見るメガネのような器具を耳と鼻先を使ってバランス良く掛けており、緊張なのか思索に忙しいのか解らないが、なんとなく動きがソワソワして落ち着かない。エリアナお姉さんより頭一つ背丈は小さく、丁度いいサイズがなかったのか、スカートの裾は地面にまで届いて若干引きずっていた。極めつけに、ソワソワせかせかと小さな子供のような動きをしながら服の上からでもわかるくらいの豊満な胸の持ち主なのだ。まんまるで驚く程に形よく主張が強い。顔立ちは美人というほどではなくとも小顔で各パーツが小さく控えめな印象を与えていた。全体的に少し不思議な、年齢不詳の感じがあって恐ろしい…いや勿論恐いのではなく、恐ろしい子…!のニュアンスだ。髪型はロング派が異議を唱えるかもしれないが、男子ウケしそうな属性が盛りに盛られている。見た目だけでも十分モテるだろう。(個人の見解です。)見た目だけの人と決め付けたわけではないし、だからこそ余計に気になるのだが、私は話し掛ける機会もなかったので勝手にドギマギしている。
現代世界の価値観はログラントでは全く関係ない。ユイマの知識を頼る限り豊満な胸以外は、そこまで魅力的とは考えられない容姿だから、彼女がどういう狙いでこんな格好をしているのかは不明なわけで、つまりは私一人がスゲー人がいるなと思って落ち着かないのだった。
ゾロゾロと歩く隊列の先頭は艶やかに磨かれた両開き扉の前で立ち止まり、後方から進み出た侍女の女性とエリアナお姉さんが何事か話し合っている。やがてお互いに微笑み合うと、エリアナお姉さんは、どこから出たのか謎の鍵の束を女性から受け取った。
「ナクタ君はウィーノと一緒に、
ウチの展示室の中はもう、
見たことがあると聞きましたよ。」
ずっと黙っているナクタ少年を気遣ってか、エリアナお姉さんが親切に話を振っている。
「…はい。一緒に彫刻が置いてあって、
そっちを見せてもらいました。
革の鞄とか飾りも良かったです。…でも、
お姉さんが創ったとは知りませんでした。」
あ、そうなんだ。へ〜。
革製品への興味はそもそもお姉さんの作品を見たからなのだろうか。
「…ウィーノは何と説明したんですか?」
「貴重な作品で、高い値も付くものだから、
触っちゃダメだって言われました。
誰が創ったのかは、…彫刻は製作所だと、
あ、俺はそこで初めて知ったんです。」
「そうでしたか…。あ、いえ、私のは、
そんな大げさなものではないんです。
素材が珍しいだけですから。」
マジで!?という感嘆が顔に出ていたらしく、お姉さんは私に謙遜してみせた。そんな必要は無いのに。ユイマとさほど変わらない年齢で高値がつくものを創れる才能には存分に得意になってもらっていい。普通に考えて腕もないのに貴重な素材を扱えるわけがないし、ナクタ少年も認める良品を生み出しているのだから若き作家先生に他ならない。多少ぶっ飛んでいるとしても許容範囲ということか…。