裁量
雷の竜と雷光の大魔女(仮)は行方知れずだけど領主様から直々に定例会を復活させると声を掛けられた清流の議会の魔法使いや親衛隊の人達は、何かがあると分からないわけがない状況ではある。もしかしたら、というかほぼ間違いなく領主様本人から実際のところは聞いていると思われる。でないとその後の話に出て来た欠席の理由に繋がらない。
竜の前に居て嘘が言えないエリアナお姉さんは見るからに苦心していたから、推測や真偽の解らない事を口に出すのは避けたのだろう。
「私は清流の議会と同じように……、
出来る限り執り行うつもりでおりました。
ですが弟は大魔女様の会議であるという、
……私とは違った解釈をしたのです。」
「私の?」
どういう意味だろう。とりあえず二人の間に食い違いがあったらしい。
「はい。弟と話して理由が解りました。
私の不手際です。大変申し訳ありません。」
なんだか私も申し訳ない。ここでボ〜ッとしている間にも弟君と話をし、大事なお勤め中だったということだ。ファルー家は働き者過ぎて家庭も職場もないのだろうか。
「いえ。いいです。……あの、その、
私の会議って、どういう意味ですか?」
「……雷の竜の君と雷光の大魔女様は、
初代ノエリナビエ様に等しい方々だ、と。
清流の議会はあくまでも後世のもので…、
既存の形を押し付けることは、
かえって失礼だと思ったらしく……。」
ん?失礼??………。
え〜〜っと……ああ、そうか。
失礼と言うならば失礼はしないはずだ。嘘ではないだろうが真意でもないような…社交辞令かな。
事情が複雑で状況も散らかってる。
人も来てないのに体裁を保つなんて、
面倒臭いだけだろうし…、
ぶっちゃけ大して意味なんかない。
だったら、そもそも必要ない、ってこと?
既存の枠など壊して構わない、という判断は有りがちのようで、なかなか踏み切れるものではない。素直に凄いと思う。
知らないなら知らないで良い、と。手のひらで踊らされたようでシャクだけど、私が体当たりで会議だか議会だかに臨む機会はウィノ少年がくれたわけだ。勿論私の為ではない。少年にはそれが真っ当な判断で、筋の通った言い分だからだ。本来の歴史と知性を重視するのならば。
…ああ、そういうことか。だから彼は綺麗なのだろう。
………だがしかし……。
逆に言えば改めて組み上げる作業をポイと投げられたという事でもある。個人的には、暫く瞑想して落ち着く時間が必要になるくらいにはストレスだった。正直に言うと、どうしていいかわからな過ぎて泣きたくなったくらいだ。どれだけ情けないと言われても、人には人の視野がある。裁量というのは慣れや経験がないとなかなか発揮出来ない能力だ。
そういうのは、それこそキミみたいに、
自由にフィールドを駆け回るヒーローか、
果敢なヒロインがやってくれよ…。
自分自身が基準だったのだろうが、私はそんな器じゃないのだ。
普通に生きていたら第三の大魔女なんてものが本当に現れるなんて夢にも思わない。そんなものは伝説だ。しかし少なくともウィノ少年は信じてくれている。エリアナお姉さんも。
信じたいだけなのかもしれないけど…。
雷光の大魔女を認めることと、領国内への干渉を認めることは全く違う。この機に議会を何とかしたくても、私が新たなる議会とか何とか新制度を打ち立てて名乗りを上げれば水の竜を信じる人々から追い出されるのが関の山だろう。イド氏の言う通り。これはまず間違いない。そりゃそうだ。変な夢を見るのは止めよう。
…………。出来る事があるとすれば、例えば…。
記録だけなら、残るのかな…?
「……これは、正式に、大魔女との会談、
ということになりますか?」
「え?あ、えぇと……そうですね。
弟が任されていますから。
弟の……、ファルー家の決定は……、
……いえ、そうですね……そうなります。
雷の竜の君と大魔女様も勿論ですが、
証人もいますから、正式なものです。
相談役には証人が二人付き添いますから。」
「あ、あの二人は証人なんですか。」
ずっと其処にいたから不思議だった、ルビさんの左右に居た二人だ。てっきり護衛なのかと思っていたら、いつの間に椅子が用意されていたのか長机の端に着席していた。想像はついたが、やはり書記のような役目だったようだ。手元の書面に何か書いていたのは気になっていたのだ。内容はここからは良く見えないから確信は無かった。
「大魔女様のお話を伺う以上は、
相談役と証人だけは必要になりますから、
領主家の親族の方から御用意頂きました。
……あ…これは…、通常は領主家から一人、
ファルー家から一人ずつが選ばれます。
一人が大魔女様の言葉を書き留めて、
もう一人が、それに間違いがないかを、
同時に確かめる役になります。」
「…は〜〜。そうなんですね…。」
一応は、やりたい放題に出来ないような工夫はされていたらしい。さすがに大魔女の発言の記録は正確でないとマズイ。竜の恩恵そのものであり、魔法についての未知の情報も有り得るのだから。それを曲げたら本気で取り返しがつかない。
のんびりと答える私とは対照的に、やはりエリアナお姉さんは慎重に言葉を選んでやりにくそうだ。もうさっさと終わらせよう。
「……それは、ライトニングさんの発言も、
正確に記録されるんですか?」
「勿論です!それはもう……!
ミズアドラスの歴史上初めての、
貴重な資料になるはずですよ。」
…ヨシ。
領主家の二人との闇の深い会話は省いた可能性も高いとはいえ何も残らないよりはマシ。正式に雷光は協力者であると記録された。そのはず。多分。そうでないと水の竜に会う為の経緯が説明出来なくなる。
「…そうなんですね……、これは、私の、
"雷光の会議"とかになるんですか?」
「!ええ。それでよろしければ、
記録にそのように残して貰いましょう。」
お姉さんは、意外とノリが良かった。
とにかく終始ワチャワチャしていい加減だった"雷光の会議"は、学級会みたいな空気のまま完全に閉幕となった。