失礼
この際、開き直ろう。
失礼ついでに気になる事を聞いておくのがログラントでの私のやり方である。相手はもうユイマが何者なのかは解っているのだから、魔法使いの常識は知っているものと考えているだろう。中身の私に言わせてもらうと知識はあっても理解し納得するかは別なのだ。自分から聞かないと誰も説明などしてくれない。矢でも鉄砲でも受けるしか無いと踏ん切る。
「ライトニングさん。さっきさ、
ファルー家を領主にしたがってたの、なんで?」
「今この時、我々に理解を示しているからです。」
成程。雷の竜らしくシンプルだ。竜はバッグから出した頭をほとんど動かす事もなく当然のように澄ましている。
いつも通りでいい。
私は大魔女様で、大魔女様は私だ。
議長が不在だろうが会員がボイコットしようが、ここは正式にファルー家の代表が見守る会談の場。偉い人が誰もいないなんて、大人が苦手な私には好都合だ。自分なりに大魔女様になってやろうじゃないか。
エリアナお姉さんにも聞きたい事が山程ある。
「あの、大魔女は…ミズアドラスでは、
清流以外は認められないんですか?」
「そんなことはありません。
炎嵐の大魔女様は勿論存じ上げています。
水の竜信仰の対象ではありませんが、
清流の大魔女様と同じように、
多くの人達に尊敬されているとか。」
「それ以外は……駄目ですか?」
「…………?」
私の聞き方が十割悪いのだが、意図を測りかねたお姉さんは用心深く頭を傾げて暫く考えていた。
「大戦の…冥闇の大魔女の事でしたら、
……全く性質の異なる存在だったと…、
争いを持ち込む大魔女も在る。とは……、
そうですね……違うと考えるかもしれません。
清流の議会は主に魔法使いと聖職者が共に
話し合う場として構成されていますが、
結論は聖職者が民を導く為のものとなります。
……雷光の大魔女様は………。
皆様の処遇とお気持ちが落ち着き次第、
話し合われると思います。
……ですが今は…私達は領主家の方々の、
広く深い見識を信じます。」
どうやら議会がすっぽかした事の意味までは深く踏み込まない方針だ。混乱と自粛が理由だと考えているらしい。そのように説明をされたのかもしれないけど、有り得んやろ。好き放題してんな。それとも清流の議会とやらはそんなにノリが軽いのか?まさか領主が認めているのに本物の竜が居るとは思わなかった…ってコト!?
領主サマの人徳が無い…??
いや、元聖殿長側の人間がメッチャ多いのか?
結局竜には会わないまま亡くなったし……。
は!!自分も殺られると思ってるとか!?
だとすれば我々は完全に殺人鬼だと思われている。
いやいやいやいや…雷の竜と雷光の大魔女は無実です。ちゃんと調べれば判る。もうすぐ犯人が自首するはず。……多分。
……情勢は良くわからないからもういいや。
私には呼び出す権限も理由も無いんだから。
ファルー家は頑固なくらいに一貫して信仰にも魔法にも踏み入らない。ウィノ少年も明確に線を引いていたから、お姉さん個人の考えではなく、そういうものとされている家柄なのだろう。
「…ファルー家は領主家と繋がりが深い、
ということですか?」
「ミズアドラスには他に無い利点があります。
聖地として水の竜の君の加護を、
直接その身に感じられる機会が多いのです。
領主様はそれを我々に与えて下さいます。」
「領主サマが?…聖職者じゃないんですか?」
「水の竜の祝福による加護は、
……その御力の源となる信仰は、
聖殿での神聖なる儀式と誓約を経て、
聖職者を志す人々に授けられます。
…彼等は非常に勤勉で、善行と公正を愛し、
授かる力を少しずつ信者に届けるのです。
ですが問題によっては聖職者には難しく、
水の竜の君から授けられた魔法と恩恵が、
……大魔女様を通じて得られた御言葉が、
我々の希望となる事もあります。」
つまり、魔法使いの領域になると聖殿長がトップでは無いということかな?
領主家は普通に魔法を使っていた。術者にも研究者にも実力のある者を揃えて育てている印象だ。
「…魔法が一部の人にしか使えないから、
魔法を広めたくないのかと思いました。」
「……………。
そのように見えるのも無理はありません。
魔法は厳しく規制されています。
……大結界に影響する事も考えられますから。」
「結界に……??」
「昔はミズアドラスにも、
水の竜の君の結界がありました。
しかし武装組織に…それが破壊されたのです。
結界の力を弱めてしまったのは、
大結界の装置の試作品だったといいます。」
「……それで規制が?」
「……………。
過敏な施策だという声もあります。
私も…………今も必要な事なのか…。」
「水の竜の結界があった頃は違ったんですか?」
「そう聞いています。
私達の学ぶ頃には…聖殿の聖職者となるか、
唯一の専門の国立大学校でしか、
魔法学科を選ぶことは出来ませんでした。
扱うのは資格が必要になります。」
「……すみません。誤解してたみたいです。」
独占しているわけではなく、しっかり管理しているだけだった。ちょっと必要性に疑問が残るけど、日本だって銃刀法が厳しいとか、有名だしな。厳しくしておいて正解な事もある。そういうことかな。
何処でもそうだろうけれど、規制なんて無視してしまえばいいという輩はいる。特に珍しくもないことだし、規制が厳し過ぎるケースもあると思う。
けど……ウズラ亭…限りなくグレーじゃない?
イド氏は存在しない人らしい。存在しない人に働かせている時点で現代世界ならアウトだけど、あんな繁華街の地下に転移装置を造っていたのだから全く規制など気にしていないだろう。魔法の守りが固いと話していたウィノ少年も知っている可能性が高い。つまり、踏み入らないのは見て見ぬ振りを通す為ということか。領主様も奥方様もそんなところがあると息子のラダさんが訴えていたのを思い出す。
…………そういう処なんだな…。
必要な事ならば、必要なのだ。部外者の私にはそれしか言えない。
「…………。
エリアナさんは、え〜と、おいくつですか?
…その、専門の大学校に通っているんですか?」
「?……私は、もうすぐ十九になります。
…学校では芸術の分野を学んでいました。
自分で創るのは革製品が主なものですが、
紙や布についても……今は、勉強中です。」
……カッコいい…!!
「後で、あの、付き添いのナクタくんと、
その作品を、他にも見せて貰えませんか?」
「?…それは、勿論、いつでもご用意します。」
「良かった!
宵の口なら、まだ時間ありますよね。
少し…プライベートで、あ、個人的に、
お話していいですか?
その…友達みたいに…思って貰えたら…。」
ずう〜っと驚いていたエリアナお姉さんが、ようやくホッとしたように笑った。
「ありがとうございます。
私も…とても嬉しく思います。」
やった〜〜〜!!!
「ナクタ君、作品、見せて貰えるって!」
雷光の大魔女様は気力と勇気を振り絞ってこの世界初の友人(仮)とのコンタクトに成功したというのに、その付き人は興奮気味に喜ぶ主の様子を、まるで遠くを見るように眺めていた。