代表
私と話をした後も雷の竜は特に何も語らなかった。私がボーッとしているのは珍しい事ではないから私はいい。しかしファルー家の皆さんにはもう少し、何かしら語る事があってもいいんじゃないかと思う。領主家の兄妹に話したような前向きな発言は何も無かった。ただ現状の確認と情報共有をしただけという印象だ。
「水の竜の君とのお話が可能になれば、
清流の大魔女様は然るべき手順を踏んで、
正式に決定することになるでしょう。」
エリアナお姉さんが話を繋いでくれた。
わかっていてやってしまいましたが失礼しました。失礼ついでに気になる事を聞いておきたい。
「…あの、水の竜には何時会うんですか?
これから…皆さんと一緒に行くんですか?」
もう午後の三時は回っていると思う。ユイマの知識で時計を読むとややこしいので現代の感覚で考えると、要するに、直に夕方だ。
「水の竜の君に会うのは、
宵の入口と決められています。」
「あ、そうなんですね。」
「失礼致します。」
ウィノ少年が言葉を挟んだ。
「ん゙ん゙、ン。
雷の竜の君と大魔女様がお決め下さい。
我々はそれに従います。」
「…そうですね。ありがとう。」
エリアナお姉さんは弟にお礼を言うと、大変失礼致しました、と私達に向けて謝罪した。
………礼儀…!!礼儀正し過ぎる…!
軽くカルチャーショックを受ける。親しき仲にも礼儀ありって言うけど、身内に対してこんなにもしっかりしている人達は初めて見た。
「あの、別にこだわりは無いので、
そちらの、いつも通りの時間でいいです。」
あまり尊重されるというのも経験が無くて動き方がわからない。既に雷光の大魔女様は繰り返される儀礼の緊張と連続する未経験の事態に能力が追いつかず、御乱心である。言葉遣いも態度も投げ槍のやぶれかぶれだ。あはははは、もうどうでもいいや。どうにでもなれ。
「あ、でも宵の口って、夕方ですよね?
暗いと、その、危なくないですか?」
こだわりは無いと言っておきながら、しっかりとこだわってしまった。しかしながらこの世界でも女子としては正しいはずだ。
「…あ、ついて来て貰えるんでしたっけ?」
どこまで話が纏まっていたのかも忘れてしまっている。一人で何をとっ散らかしているやら。
「…通常であれば水の竜の君と大魔女様は、
湖近くの神聖なる竜の洞でお会いになります。
護衛は魔法陣で待っているのが習わしです。
……よろしいでしょうか。」
あくまでも私を立てて優しく返答してくれるエリアナお姉さん。
「あ、はい。じゃあそれで。」
ファーストフードの注文じゃねぇんだぞと我ながら思うけど、コレが私の限界だ。しょうがない。
「それが終わったら、帰って来るんですか?
そのまま出発するんですか?」
私の質問に周りの人達が動いた。トッド少年とシース隊員、そしてウィノ少年が何やらコソコソと相談している。
自分の言葉で人が動くなんて不思議で不自然で落ち着かない。それに現代世界ではのんびりしていると言われていたくらいなのに、ミズアドラスの人達といると私はいつも時間の心配ばかりしている細かい人のようだ。これはこれで浮いているから居心地が悪い。これくらい普通ですと言いたくなるが、明らかにこの領国で普通でないのは私の方なのだ。
「さすがに危険です。
護衛と一緒に魔法陣でお戻りください。ん゙。」
またもやウィノ少年が取り仕切る。
「…あの、聞きたかったんですけど、
ファルー家の代表はウィノ君ですか?
お姉さんなんですか?」
顔色を変えたエリアナお姉さんが即座に頭を下げた。顔を上げるなりウィノ少年をじっとり見ている。仕方なさそうに少年も頭を下げたのだが、その所作が直前の表情とは相容れぬ完璧さで驚いた。眼前の少年は動き出せば軽やかに美しくある事が定められているかのようだ。
「大変申し訳ありませんでした。
姉の務める"大魔女様の相談役"は、ん゙ん゙。
本来は、清流の議会の議長である、
水の竜の聖殿長が務める役です。
今回は魔法協会員や親衛隊長などの任にあり、
本来列席される方々が、その…参加できません。
その為、ゴホッ。ファルー家の人間だけで、
大魔女様との会談を執り行う事になり、
このような形になってしまいました。」
…………あ〜〜〜!!逮捕者も出てるとか、
ウィノ少年が言ってたやつか。
え?魔法使いの偉い人にもいたの!?…てか、
大魔女と話すだけなのにわざわざ人集めて、
議会がセッティングされんの!?
…それにしても全滅っておかしくない??
誰も来ないから行かねーわ、って奴いるだろ。
だから多分、ボイコットってことだろコレ!?
実際私は清流の大魔女ではない。"清流の議会"とやらの参集する理由はないと言われれば、その通りだ。ユイマは水の竜信仰の教えを知らないが、ミズアドラスに於いて清流以外の大魔女を迎える事が正しいとは限らない。教えに反すると言われることも十分考えられる。
「…そういう事ですか。聖殿は今大変だから…。
いえ、すみません。わからなくて。」
もしかして何も説明しないのは気を遣った対応だったのだろうか。或いは機嫌を損ねない様に取り計らったとか……有り得る。ウィノ少年だもの。
何となく悪い解釈をしたくないと思ってしまう。正直に言うと私の想像を越えてくるから、いい子なのか悪い子なのか判断出来ないというのが、その理由だ。本気で何を考えているのかわからない。
そうは言っても綺麗な顔で謝られると何故か謝られているこちら側が罪悪感を感じてしまうのは本当だから微妙な心持ちにはなる。勝手なのは解っているけれど、やっぱりその見た目はズルい。
なんか謝られてばっかりなんだけど、
私そんなに文句言ってるかなぁ……。
大魔女の人権なんて皆気にしない、そう教えてくれたパロマさんは、あながち嘘も言ってなかったということか。思いもよらなかった。ユイマの知識が基準だったから、勝手に自分がそう考えてただけでしょ?なんて思っていた。
ミズアドラスの清流の大魔女の事など何も知らないユイマは大魔女様はすべからく大魔女様だと、その威厳ある姿を信じていたのだろう。
北側の国に住むユイマの想像する大魔女とは炎嵐の大魔女のことだ。炎嵐と清流では存在感が随分と違うようだな、ということはハッキリとわかった。ミロス帝国では皇帝がその子孫を名乗るくらいだから、大魔女の扱いが適当な訳が無いのだ。