公認
「雨の雫よ。尊き竜よ。
雷の竜の君と雷光の大魔女様に、
御拝謁賜りましたこと、
真実の神に感謝致します。
???……。」
難解な挨拶を述べるルビさんに続いてトオノ隊員に似た服装の、おそらく護衛の人が二人、ルビさんの左右に広がった。その更に奥から現れたのは、亡くなった筈のラダさんだ。領主家の二人は共に品の良い黒の魔導ローブを着ていて、前に見た時とはかなり印象は違っている。違っているとは言っても何事も無かったように其処に立って居るのはおかしいわけで、違和感が無いわけがない。あからさまに私は変な顔をしていたと思う。二人は開いた扉の前で礼をしてから部屋に入り、私の正面で再び深く頭を下げた。
挨拶は何故かミズアドラスの言葉だったのだが、それより先は解らない。
「あ、ごめんなさい。そのままでいいです。」
焦った私はうっかり話の腰を折る格好で言語が使える事実をブチ込んだ。(バイリンガルではなく使える言語がエルト王国公用語からミズアドラス言語に変わっている。)大事な話になりそうだと感じたからには一人では聞きたくない。もう流石に領主家が相当な重要人物である事は理解しているつもりだ。彼等は大魔女に用があるのであって、私個人にではない。竜なしではとてもじゃないが手に負える相手ではないはずだ。
私の使う流暢なミズアドラス言語に二人が驚いたついでにボストンバッグを膝の上に持ち上げてトントン叩くと雷の竜がひょっこり顔を出した。どうやって中から鞄を開けているのかは謎だ。
雷の竜の顔を見た途端に、それまで大人しく息を潜めるようだったラダさんが足を正し両手を腹部に揃えて直角に腰を折ったまま動かなくなってしまった。それが驚くほどに速い。こんな機敏な最敬礼は初めて見た。
「雷の竜の君には、私のようなものが、
勝手に御尊顔を拝し奉り、
誠に畏れ多いことで御座います。」
動きの割に力の無い声でラダさんが挨拶する。卑屈というか、なんだか自分を卑下した言い方だ。
硬いにも程があるやろ。
私には言わないあたり、
確かに嘘がつけないってことか…。
別に嫌味でも拗ねているのでもない。そんなもんだと思うけど、竜の能力はこういうところが少し嫌だ。凹むから。てか、使う言語が変わった事には無反応なんだ。大魔女様はこれくらい出来て当たり前なんだろうか。いや、でも前は合わせてくれていたのに急にどうしたんだろう。
いろいろと聞きたい事は山程ある。この世界のルールがよく解っていないのが不安だが、この場なら私がリードしても構わないはずだ。
「あの……覚えて…らっしゃいますか?
お部屋とか、御飯も、お風呂も、
……ありがとうございました。」
場の空気に思い切り横槍を入れて自分から話し始めてみたら、タイミングが悪くて竜に張り合うみたいになってしまった。気になる事だらけな状況に我慢が出来なかっただけで、私もいますよ、なんて事を言いたいわけではないのだけど解って貰えるだろうか。ルビさんは少し緊張気味に微笑み、ラダさんは頭の裏しか見えない。
「あ、あの、もう顔を上げても……、
あ、そっか。いいよね?ライトニングさん?」
「ええ。」
「………!!」
やっぱり雷の竜の言葉が重要なわけだ。それにしてもなんかわかんないけど、ラダさんは顔を上げてルビさんを見ているし、ルビさんは顔をラダさんの方に向けて笑顔を見せた。…どういうこと?
「…え〜と…。
椅子、お二人の…ですよね?
どうぞ。…座らないんですか?」
ハッとした様子でお互いに位置を整え合図を送ると、二人は素直に着席した。何故かルビさんの顔は明るく、ラダさんはちゃんと生きているのに表情は死んでいるようだ。
「ユイマ=パリュースト様ですね?」
そういえばルビさんにはまだ名乗っていなかったな。なんでか嬉しそうに今更名前の確認をされて拍子抜けである。私が言うのも変だけど意外とマイペースな人だったのかな?
「あ、はい。そうです。…一応。」
「雷光の大魔女様は既に世界中に知られました。
ご家族もお元気でお過ごしだと聞いています。」
!!
なんか知らないうちにユイマの実家の安否確認をしてくれている。……え?どういうこと?
「僭越ながら申し上げます。
私の配下の者がエルト王国に入り、
ゆっくりではありますが、
通信が可能になりました。
フーリゼ共和国にも協力を仰いだところ、
是非にと良き返事を頂き、エルト王国に対し、
事情の説明と理解を求める交渉を致しました。
今頃は国をあげて保護されているはずです。
大魔女様の御勤めとはいえ遠いところを、
我が領国にお越し頂き、光栄でございます。
この度は我々の力が及ばず不祥事を招き、
大魔女様には多大なご迷惑をおかけし、
更にはご不便を強いました事、
誠に申し訳ありませんでした。」
ラダさんの声は細いと言うより掠れて震えていた。日焼けした様な肌色でわかりにくいが、よく見れば眼の下は落ち窪んでクマができている。
……手際が良過ぎる…。
この一言に尽きる。ラダさんが動いたのか領主様自らの手腕なのか知らないが、領主家の領主たる所以を見せて頂いた。凄い人達だったんだな。ラダさんの眼の下のクマは事件の影響か、その後の過労のせいか……両方か。
「あの、その…世界中にというのは、私が、
ユイマ=パリューストが大魔女だと、
その、公認?でしたっけ?それになった、
ということですか?」
「ミズアドラスは雷光の大魔女様を、
真実の神の遣わした方と考え、歓迎します。」
今日はルビさんが対話する役割であるらしく、以前よりも堂々と受け答えをしてくれている印象だ。
母国語で話しているからだろうか。
「…真実の神、というのは?」
「竜の君に御力を授けられたとされる、
世界の真理を知る御方です。
お名前を拝すれば、ログラントとも呼ばれ、
この地の水の竜信仰の大地母神様とされて、
全ての恩恵の源と考えられています。
世界そのもので在られる御方であり、
唯一の矛盾無き真理と讃えられます。」
…そうなんだ…。
同じ言葉でもエルト王国ではこの世界そのものの名前としか認識していないから割と雑に呼んでいた。そんな偉い神様みたいな扱いはされていない名前なのだ。怒られそうだな。
でも、ライトニングさんが言ってた、
竜の王様に似てる設定だ…。
チラッと語られてるのかも。
…実は先程からどうやって話を切り出そうかと考えてはいるのだが一向に使えそうなアイデアが浮かんでこない。元々、対話なんて勢いで乗り切るしかない私には苦手な事なのだ。どこまでなら事情を知っていても不自然ではないかと領主家に居た時の事を思い出してみても、そもそも私は何も知らないはずだという結論になってしまう。
ラダさんは告発じみた発言を残したけれど、それと火災を関連させるのは強引すぎる。火災で亡くなった人物が話に出てきたからといって領主家の動きを私個人が知る術はないのだから、雷の竜の能力を使ったという話を出さないままでは、何も知らないという立場を通さないといけない。
…歯がゆい。でも、どうしようもない…。
まさか"この竜、今も記憶まるっと見てます"、
なんてことは言えない。さすがに。
ショックデカ過ぎるだろうしな…。
水の竜から能力について聞いてたかもしれないというワンチャンに賭けるにも突っ込み方を間違えれば大怪我だ。どうしよう。知りたいけど聞き方がわからない。
なにげにルビさんの使う言葉が想像以上に難しいからプレッシャーを感じてしまっている。可愛らしい少女みたいな人だと思っていたのに、母国語を使って貰ったらハイスペックのインテリだった。なんか裏切られた気分だけど、本当すみませんでした。勝手に思い込んでいた阿呆さに気付いて嘘みたいに恥ずかしい。何回やらかすんだよ、私。