顔
「中央コンピューターへの接続を確認。0...100%。データを転送しました。」
機械的な音声が部屋に響く。私は機械に接続した端末を抜き取り鞄にしまう。これで今日の仕事は終わりだ。
「本日も業務お疲れ様でした。Agent雨宮。」
「どういたしまして。」私はそう機械に答えた。これにどれぐらい意味があるのかはわからない。しかしこのように人間との応答を「システム」に提供するのも自分の存在意義だと私は思っている。だから私はできるだけ問いかけには答えるようにしていた。
「それでは、ごきげんよう。」そういって私は軽く会釈をし出口へ向かう。扉の前に立つと自動でドアが開く。私はそのまま歩き出し、「ポータル」の外に出た。
現代において、人間はシステムによって生活のすべてをまかなっていた。「すべて」の中には住居・配偶者・仕事・余暇の過ごし方、そして余暇の具体的内容にまでわたっていた。もちろん余暇の内容自体もすべてシステムによるものである。小説・映画・音楽...。あらゆるものが、システムによって自動生成されていた。
その中で私に与えられた仕事は「ジャーナリスト」であった。といっても、もちろん人間のために文章を書くのではない。システムのために文章を書くのである。
システムは当初、数多あった過去の人間が生み出した「蓄積」からあらゆるパターンを認識し、人間の模倣をした。そして瞬く間の間にほぼすべての領域において人間の生成しうる精度を凌駕するものを生み出せるようになっていった。
しかしそうしているうちに問題が発生した。学習するべき蓄積がなくなってしまったのだ。そしてシステムが生み出す作品それ自体をさらに学習に組み込んだ再帰学習が行われた。その結果、やがて人間には完全に理解できないものが生み出されるようになってしまった。
といっても、ほとんどの方面では人間がその内容を理解する必要はない。事実、現在システムがどのように犯罪や気象を予測しているのかについて理解している人間はいない。しかし、人間がその内容自体を受け取るとき、こと娯楽の提供という点において、それは大きな問題になった。実際、システムが作成した映画が退屈過ぎて暴動が発生しかけたこともあったという。
ジャーナリストとは、その反省を生かし、娯楽-特に文章においてシステムに人間性を残すため生みだされた職業である。仕事内容は自分で見聞きしたことを文章に残しシステムに伝達すること。昔は「人間が(もはや古臭い言葉だが)人工知能のために文章を書くなんて本末転倒だ」という批判もあったらしい。しかし現在において、その言説は当てはまらない。システムは人間を幸せにしてくれる。愚かな人間よりもはるかに確実に、間違いなく。その改善のために自分の文章が貢献できるのだ。これが素晴らしい仕事でなくて何であろうか。
私は今の仕事に誇りをもっていた。もちろん、その内容の劣悪さも否定はできないが。
私の部署はジャーナリストの中でも特に「犯罪者へのインタビュー」を行う部署であった。かつての非合理な人間の合議による法律と違って、現在はシステムが迅速に、柔軟に法律を制定している。それを破ってしまった犯罪者はある意味「システムが排除してしまった人間性」の最たるものとも言える。その改定の迅速さ故に犯罪者の中には「これが禁止されていることを知らなかった」という人間も少なからず存在する。
例えば今日は30台の男性が「目的地を決めずに一人旅に出たこと」を理由に捕まえられた。彼はその数日前に制定された「外出をする際には端末から場所の申請が必須になる」ということを知らなかったのだと言っていた。毎日端末を見ていればどのような法律が決まっているかわかりそうなものだが、彼はたまたま端末を見ないでいた、ということだった。数日間も端末を見ないで過ごすということがありうるのかと私は疑問に思った。しかし、彼の身体データからは嘘をついている兆候は見つけられなかった。
「ちなみに、なぜ一人旅に出ようとしたのですか?」と私は面会の終わり際に聞いた。彼はしばらく考え込んだあと、自分が自分であることを確認したくて、と答えた。私はすこし困惑し、そうですかと曖昧な返答をした。それが彼にも伝わったのだろうか。彼は少しはにかんだように
「すみません、よくわからないことを言ってしまって。」と言った。
私は「いえいえ」と軽く会釈した。そして親切心から「ともかくも、今後はちゃんと端末を確認するようにしてくださいね。システムに従っていればこんな煩わしいことになることもなく平穏に暮らせますから」と伝えた。
彼は少し沈黙した後「そうですよね。ありがとうございます」と答えた。私は少しだけその様子が気になったが、特に言及する必要もないと思い、では、と伝えて部屋を後にした。その後、自覚もなく違反自体も軽いものであったため、彼はすぐに釈放されるとのことだった。
いつもこれぐらいの内容であればいいのだけれど。家までの帰り道、私はすこしぼやいた。職務内容の性質上、職務で知りえたことは他の誰にも教えることはできない。誰に対しても、だ。情報は端末の中でだけ保存。上司にすら内容は伝えることはできない。仕事をすればするほど、秘密が自分の中にたまっていく。そして明日だ。明日の仕事のことを考えると自分の中で不安が大きくなっていくのがわかる。
「余計なことを考えるのは辞めよう」。そう口に出して自分に言い聞かせた。家について、私はいつも通り服をハンガーにかけ、いつも通り洗面台で顔を洗った。こうして仕事終わりにさっぱりとするのが私の習慣であった。顔を拭いて歯を磨き先日買いなおした寝巻に着替え誰に言うでもなくお休みと言ってベッドで横になった。明日は「殺人」を犯した人間への取材であった。システムが設定した眠りの時間になり、睡眠導入剤が散布された。私はこの匂いがあまり好きではなかったのだが、吸ってさえしまえば穏やかな気持ちになり気づけば眠りにつけるのであった。
都内某所の刑務所。現代は、先ほどのような無知による事故的な犯罪をのぞけば限りなく犯罪はゼロになっていた。これもシステムがより良い人生を提供しているおかげだろう。しかしその中においても悲劇はおこる。この刑務所は、特に重い犯罪を犯した人間を収監する場所であった。
私はこの刑務所を目の前にして、半ば恐ろしい気持と好奇心のような気持ちが半々といった心持であった。この平和な社会において、あえて罪を犯すというのはどういう人間なのか。きっと自分とは違う、おかしな人間、昔機械にバグという言葉を使っていたらしいが今の社会においてバグとなっているのは人間だ。これから会うのがそのバグの最たるものだということ、そしてその未知と向き合い話すのだということ。私は、緊張と高揚のようなものを覚えていた。先ほど通信した上司との会話を思い出す。「彼らは他の犯罪者と違い、強い意志で、自らシステムの外に出た人間だ。そういう意味において、彼らとの接触・コミュニケーションは私たちの精神に悪影響を与える可能性が高い。十分気をつけるように。」
私は自分の心配はしていなかった。彼らの言葉を記録することが仕事なのでありそれら自信に私の意見を付け加えたりすることはない。ましてや彼らに肩入れするなどあるはずもない。私たちはシステムによって生かされている。その事実を忘れてそこから出るような人間とは違うのだ。そう思いながら私は閉ざされたドアへと向かいIDカードをかざす。音もなくドアが開いた。
男は牢獄にいた。牢獄といっても白い空間にベッドやトイレ等が設置されている場所で、見方によってはむしろ清潔感さえ感じる場所であった。私は透明な壁越しに彼と向き合う形になった。壁には向こうには見えないように彼の身体の情報や個人の情報がこちら側にだけ表示されていた。
彼は暗い部屋でただじっと獲物をまつ獣のようにじっと息をひそめていた。白いシャツに白いズボン。見た目だけであれば何の害もなさそうに見える男が私にはそう見えた。私の緊張がそのように見せていたのかもしれない。目は伏せているが鋭く口は固く閉じて、怒っているような悲しんでいるような、どちらともとらえられない表情をしていた。
「30分だけだ」。看守はそういって外に出ていった。ジャーナリストの仕事はたとえ看守であっても人間には伝えないことになっている。面会室。男と私を遮るものはただ一枚の見えない壁であった。それが今は少し頼りないもののように見えた。
私は用意してきた質問を確認しようとポケットから端末を取り出す。すると男が言った。
「あんたは誰だ。」
急な質問で私は戸惑った。「わたし、私は雨宮達夫。ジャーナリストです。」私はすこしだけ言葉に詰まりながら答えた。しまった。これでは相手のペースになってしまう。つい相手の迫力、威圧感に気おされてしまったのだろうか。相手はただの40台の平凡そうな男だというのに。
一つ咳ばらいをする。「今日はあなたに取材をしに来たんです。」男は黙ったままこちらを見る。ひるみそうになりながらも気を持ちながら続ける。「あなたはAI法が設立試行された後で11人目の殺人を犯した人間ということになっています。」
「記録上はな。」男が少し遮るようにいう。
「どういう意味でしょうか。」私は思わずそう質問した。現代において、システムが犯罪を見逃すはずはない。
男は当たり前のようにこたえる。「俺のやったことはだれもが思っていること・感じていることを形にしただけってことだ。今では誰もがその実現の方法を忘れてしまっていることをな。」男はつづけた。
「他のやつらはみなへたくそなのさ。自分がいったい何をしようとしているのかも知らない。」一度言葉を切ると男はこちらに向きなおった。
「あんたにだってあるだろう。自分がいったい何をしようとしているのか。どこに向かっているのかわからなくなる時が。だから俺はその道の行き先を、自分たちがいったい何を求めているのかを示しただけだ。」
私は、男の言葉を記録しながら、その言葉の意味を理解できずにいた。男が何を言わんとしているのかがつかめなかった。事件の資料を見る。それによれば、この男は自らの罪を隠し立てすることもなく公然と行ったのだという。それはあまりにも明白で、明白過ぎるがゆえにはじめは誰にもわからず、周りにいた人間がしばらく通報できなかったほどだったという。
「あなたは自分が行ったことがまるで正当なことのように話しますね。」
「あんたはどウ思っているんだ。」
「私は特に記録していることについて思うところはありません。これは仕事ですから。」と私は努めて冷静に答えた。
「ならこの世界についてはどう思う?」そういって男は透明な壁に頭をつける。「今は人間がシステムに管理されている。世の中はシステムの通りに行動しシステムの言うことを守れば幸せになる、そう信じ込んでいる奴らばかりだ。」男は一度言葉を切る。「まったく。反吐が出る。」
私はわからなかった。確かに人間がシステムに従っているのはおかしい、人間が自発的であるべきだという考えかたが以前あったのは認める。それは事実だ。しかしそれはまだシステムが未完成であったからだ。その頃の時代と今は違う。現在のシステムは当時とは比べ物にならないほどに進化している。もはや人間が考えて社会を動かす必要ない程に。システムの通りに生きていれば幸福になれる。そんな夢のような時代になったのだ。これは素晴らしいことだ。
男はつまらなそうな顔をした。「あんたもわからないって顔をするんだな」。男は失望したようだった。私は思わず顔に手をやる。つい表情に出ていたのだろうか。「俺のところに来るのはあんたで3人目だが。皆同じような顔をする。まるで話が通じていないみたいだ。」
「おそらくあなたは誤解をしているのだと思います。」私は言葉を返した。「きっとシステムを理解できていないのです。システムが間違えることはない。あなたが何かつらいことを経験したのだとしても、それは必ず将来のためになっているはずです。だから-」「それはどう証明する?」男は言った。「それが正しいことだとどうやって証明できるんだ。
「いや、いい。こたえなくてもいい。もうその答えは聞き飽きた。おおかた『今までのデータから~』とか『システムのコアアルゴリズムによって~』みたいな答弁が始まるんだろう。もう2回も聞かされれば十分だ。だがな、そもそも問題はそれが正しいかどうかですらないんだ。」
「どういう意味でしょうか?」私は聞き返す。
「もし、もし仮にシステムの伝える未来が正しいのだとして。その通りにすれば幸せになれるのだとして。どうしてその幸福を選ばなきゃいけない。なぜ自分の幸福を自分で選んではいけないんだ?そもそもそれは本当に幸福なのか?ーあんた。」男は再度私を見つめる。「あんたは今本当に幸せなのか。妻子を病気で亡くしたあんたが本当に幸せと言えるのか。」
私は少し動揺した。なぜこの男がそれを知っているのか、わからなかったからだ。だが、冷静に考えれば知っていて当然だった。面会の際にはこちら側の情報もシステムを通じて相手側に伝わるようになっている。最初から向こうにもこちらの情報はある程度伝わっていると意識しておくべきだった。私は気を取り直し「もちろん幸福だ」と答える。
「システムによりこの未来・事態は予測されていましたし、この結果によりどのように社会へ幸福がもたらされたのかも理解しています。」妻と子供は難病であった。その臓器や体はドナーとして多くの人に提供された。「そしてそして私にどのようなメリットがあるかも説明を聞いて理解しています。だから」
私は言葉を切った。男が泣いていたからだ。いや泣いてはいない。しかしあまりにも悲しい顔をしていた。「いったいなぜそんな顔をしているのですか。」男は答えなかった。
「時間だ。」看守が告げた。なぜだかその看守の言葉はひどく冷たいように聞こえた。今までそんなことはなかったのに。
「また来ます。」私はそういって男に背を向けた。男は何かを言いかけていたように見えたが何も言わず下を向いた。
私は外に出て、聞いていた話を端末に記録する。その一方、頭の中ではずっと男の顔が残っていた。彼はなぜあんな顔をしていたのか。記録の手を止め、端末で再度彼の情報を見る。
「本名:元手直樹 年齢:38歳 罪状:AI法第183条の殺人罪 動機:「妻を殺された復讐」(本人談から引用。実際はシステムの通知による合理的な処置。) 刑:死刑。」
私は端末をポケットにしまいポータルへ向かった。
「お疲れ様です。Agent雨宮。」
「お疲れ様です。」私はシステムに向かって答えた。「今日のデータをお届けにきました。」
「どうもありがとうございます。」システムは丁寧に答えた。私は端末をポータルの機械に差し込みデータを送る。差し込んで数秒程度で処理は完了する。「中央コンピューターに接続。データを転送しました。」機械的な音声が部屋に響く。私は機械に接続した端末を抜き取り鞄にしまう。「本日も業務お疲れ様でした。Agent雨宮。」
「どういたしまして。」私は部屋を去ろうとして、すこし立ち止まった。
「少し変なことを聞くことになるかもしれませんが。すこしいいでしょうか。」私は振り返っていう。
「もちろん。Agentとの会話は貴重な経験になります。」
私は少しためらったが口にした。
「システムも間違えることはあるのでしょうか。」
「もちろんあります。悲しいことに、我々は常に完璧を目指していますがしかし完璧ではありません。もちろん常にその失敗をデータとして共有し可能な限り防止できるよう学習しています。」
「おっしゃる通りです。」私は少し沈黙する。
「お聞きしたいことはすべてでしょうか?」先に機械的な音声が沈黙を破った。
「私は...」少し言いかけて私はやめた。一つ息をついた。
「仮に失敗が起きてしまったとして。それに不運にも出会った人間はどうすればよいのでしょうか。」
「私たちは万能ではありません。起きてしまったことをなかったことにはできません。しかし、その起きてしまったことはまたデータに還元され次に同じことが起きることを防ぐことができます。この世界に無駄になることはありません。そしてもちろん不運にあった方への補助も我々に組み込まれております。もし必要であれば様々な治療を提供することも可能です。」
「治療?」私は聞き返した。
「ええ。もしその方々が望まれるのであればメンタル的な治療、もしくは記憶の整理などを提供することが可能です。」
ふと、何かが自分の頭の隅で何かが動いたような気がした。しかしそれが何なのかはわからなかった。
「我々は人間が幸福にあるために様々な手段を開発しているのです。」
「ありがとうございます。それを聞いて安心しました。」私は扉を開け部屋を後にした。やはりシステムは正しい。そう思えた。
ふと、既視感を感じた。以前も同じような会話をしたことがあったような。少し思い返してみたが、それがいつなのかは思い出せなかった。
一日の仕事が終わり家についた。私はいつも通り服をハンガーにかけ、洗面台で顔を洗った。私は今日のことを思い返していた。犯罪者との会話、システムとの会話、そして自分のこと。また犯罪者の顔を思い出した。あれはいったい何だったのだろう。そしてあの顔はどこかで見覚えがあるような気がした。そんなはずはないのだけれど。私は顔を拭き歯を磨こうとして鏡をみた。
そこにはあの男がいた。いや、そんなはずはない。目をこすってよくみればそれは私の顔だった。
そうだ。あの顔は。
私の顔だ。
かつて妻と子供が死んだ日に鏡の中にいた私だ。
いや、大丈夫だ。私はなんともない。私はそう自分に言い聞かせて寝巻に着替え誰に言うでもなく「お休み」と言ってベッドで横になった。システムが設定した時間よりも早かった。私は一刻も早く眠りたかった。早く眠って明日が来ることを願っていた。私はそうして睡眠導入剤が散布される時間がくるまで、じっと動かないで横になっていた。