前編
私、ミアガラッハ・レム・リリアーナはナダ共和国の首都ノウムベリアーノに住む21歳。
『地球』という異世界出身の父親とこの世界出身の母親の間に生まれた。
以前はレム・ミアガラッハ・リリアーナという名前だったけど母様の『ミアガラッハ』家の家督を継いだため、『レム』をミドルネームにして改名した。
この世界の名前は父様のいた国と同じで姓+名前という法則性になっている。
父様によると『大体こういう場合はは名前+姓なんだけどなぁ』ということらしい。
まあ、そういう世界もあるという事だろう。
さて、そんな私だが……最近腐れ縁で同僚で、部下でもあるユリウスの事が『好き』だと自覚してしまった。
ユリウスは昔からずっと私の事を好きだと言ってくれているのでこれは『両想い』という事になるのだけど……そこから進めない!
私が勇気を出せばいいだけなのにその先に進めないのだ。
私は男性に対してトラウマがあるので思い切って進んでみた結果上手くいかず彼との関係が壊れるのが正直怖い。
単純な事なのに、『私もあんたが好き』って一言伝えれば良いだけなのに……でも踏み出せない。
そんなある日の事……
□
「あのさ、ユリウスが来ていないけど……」
職場を見渡すがいつもなら既に来て色々と準備をしているはずの副団長がこの時間になってもいない。時計の針は8時45分を指している。
事務所内にいる他の団員にも聞いてみるが誰も見ていない。
寝坊?いや、あいつが寝坊したことは皆無だ。
「あ、そう言えば……」
昨日帰る時、あいつは咳をしていた。
随分としんどそうな様子だったし……
「もしかして副団長って風邪をひいてお休みなんじゃ……」
事務員のひとり、ジルが呟く。
病欠か。昨日の様子を見る限りそれはあり得る。
「でも病欠なら連絡くらい来るでしょう?使いの者を寄越したりすればいいわけで……」
そう。あいつの家は貴族血統でこの国にある昔からの名家。
裕福な家で使用人も沢山いる。
ちなみに私の『ミアガラッハ』も貴族血統ではあるが名前だけだ。
そもそも実家は『レム』という平民血統だ。
というわけで本来ならあいつに何かあったら使用人とかが休みの旨を伝えに来るはずだ。
それが来ないという事はまさか出勤中に何かがあったとか……
「あれ、でも副団長って今、ひとり暮らしだった気が」
「何ですって!?」
「最近家を出たって言ってたよね。何か色々あって追い出されたって」
あいつ、一体実家で何をやらかしたのよ。
あ、そう言えば最近住所変更届とか出してたわね。
団員の連絡先が記されたファイルを開けてみると確かに現住所と緊急連絡先となっている住所が違う。
あいつが住所変更したのって忙しい時だったから割と適当に受理してたわ……
そうか、ひとり暮らしかぁ……って駄目じゃない。
それで体調悪くて次の日連絡なく休んでいるって……家の中で倒れているとか!?
「まあ、大丈夫とは思うけど……念の為、誰かユリウスの様子を見に行って……」
だが皆「えっ!?」という表情でこちらを見ている。
ちょっと、皆流石にそれは冷たいんじゃ……いや、何かこの視線は違う。
これってまさか……
「えっと……もしかして私に見に行けと?」
皆が頷く。
そうか私がかぁ……え、マジ?
「だって……これはチャンスですよ、団長」
ジルが目を輝かせていた。
彼女は私のユリウスへの気持ちをよく知っている。
というか、この場にいる全員が知っている。
私がユリウスの事を好きだって事を。
好きだけど素直になれないって事を。
ちなみにこの事務所内で働いている事務員の9割は女性だ。
もうそんな話題が好きで仕方が無い様で時折私達の背中を押すようなこともしてくる。
「いやでもねぇ。私はここの責任者なわけだし……」
「副団長、生活能力無さそうですよね~。今頃何も食べられずに苦しんでいるかもしれませんね」
「うっ……」
あいつが苦しんでいる……
確かにザ・貴族の坊ちゃんという感じなので生活能力はなさそう。
ご飯とかだって絶対使用人が作ってたクチよね。
「熱を出して一人寂しく寝込んでいるとかかわいそうですよね」
「むむっ!」
一人寂しく……ちょっとそんなワード聞いたら心が揺れる。
「んんんッ!!!」
唸りながら悩む私。
男の人というのは風邪をひくと弱く、情けない事になるらしい。
というのもウチの父様がそうだ。
毎年1回は風邪をひくのだがその際は医者に行くのを嫌がるので母様達の手で台車に縛り付けられ運ばれていく。
最近では父様専用に改良された台車が用意されているくらいだ。
正直、無茶苦茶かっこ悪い。
「団長、ここはいいので行ってあげてください」
事務員のひとり、エリンが力強く言い……
「俺がんばる、パイセン頑張れ」
数少ない男性事務員でなぜか片言で喋るゼンドラが拳を握り応援してくれる。
ちなみに彼はどう見ても荒事専門の見た目だが計算などがとても得意な事務のエキスパート。
学生時代の後輩でもある。後輩……どう見ても年上なんだけどね。
「ううっ、だ、だけど……」
ここでジルがとどめの一撃を放ってきた。
「例えばの話ですが病気で倒れ何も食べられず寝込む副団長。見かねた近所の優しいお姉さんが彼を看病し、二人の間に芽生える愛。半年後、団長の元に結婚の報告に来る副団長とかありそうですよねぇ……」
「――ッ!!ちょ、ちょっと見て来るわ!後はお願いっ!!」
私は彼の住所を紙にメモすると立ち上がりコートを羽織り外へ飛び出した。
ああもう、完全に皆の思うつぼになってるじゃないの!!
□
1時間後、私は病気で寝込んでいるという前提で幾分かの買い物をしてユリウスの新しい住所へとやってきた。
彼が住んでいたのは2階建ての小さな家だった。
家賃いくらかしらね……
これでずる休みとか女と遊んでいたとかそんなだったらドラゴンスープレックス5連発くらい叩き込んでやる!
激しい胸の高鳴りを抑えながら息を整え呼び鈴を鳴らすと……
「はい……ど、どなたですか?」
ユリウスの弱々しい声と咳込みが聞こえて来た。
やっぱり風邪をひいているみたいだ。
「私よ。風邪ひいているんでしょう?開けなさい」
「――ッ!リリィ君!?ちょ、ちょっと待ってくれたまえ。と、とりあえずまず脱ぐから」
「この馬鹿、何で人を迎えるのに脱ごうとするの!?ていうか風邪をひいてるのに脱ぐな!」
この馬鹿は『正装』と称して脱ぎたがる癖がある。
性的なものではなくこいつの家の男子の『正装』らしい。
だからか男性恐怖症の私でもこいつの脱ぎには強い耐性があるのだ。
正直、嫌な耐性が付いたと自分でも思う。
「とりあえず開けなさい。ごちゃごちゃ言うなら10秒後にビームで扉をぶち抜くから!!」
父様と私のキョウダイが共通して持つ特殊スキルである『ビーム』。
私がその発射姿勢を取りカウンタダウンを始めるとドタバタと音がして解錠と共に扉が開く。
「や、やぁ……リリィ君」
ユリウスはあまり顔色が良くなかった。
まあ、一応確認はしておこう。
「風邪よね?」
「あ、ああ……その様だ。連絡もなく休んでしまい済まない」
「一人暮らしなら仕方が無いわ。それより、入るわよ?」
「入る?いや、ちょっと散らかっていて、その……」
何やら言っているが無視して彼を押しのけ中に入る。
「うわぁ……」
中に入った私は思わずため息が出た。
そこらへんに脱ぎ散らかした服、床に落ちている本や文房具。
足の踏み場が無いというわけでは無いがそれにしても散らかっている。
片づけが苦手でしょっちゅう母親に怒られている四女の方が一段階上だがそれでも……
「い、いやこれはね。普段はもう少し片付いているだがその……うん、そうだね、片付けないとね。あはは……」
ユリウスはふらふらと言い訳をしながら床に散らばったものを片付けようとする。
「そんな事はいいからさっさと横になって休みなさいっ!!」
「はいっ!!!!」
私は彼を怒鳴りつけると首根っこを掴んでベッドに連行した。
そして私にとって人生初、男性への看病が始まるのだった。