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【苦悩】

 特に滞りなく式典が終了し、いのりは機を見計らって自身の教室に向かう。普通の学校ならばこの始業式典が終われば連絡事項の通達後、解散と言う手順が踏まれるのだろうが、生憎この学園は普通とは程遠い教育機関である。

 別にだから何と言うわけではないが、普段通り講義が行われたりはしていた。とはいえ、本日は戦闘訓練ではなく座学の講義だが。


(とはいえ、どうするかな……)


 いのりは片手で頬杖をつきながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

 彼の席はこの緩急に富んだ教室の中でも窓際の一番後ろである。自分が注目を浴びる存在だということは理解しているため、少し〝お願い〟して自ら志願した席だ。もちろん、それ以外にも後方のほうが何かと都合が良いという理由もあるが。


(俺たち黒の軍団(ブラック・ナンバーズ)が狙うのはまず耳長族(エルフ)。つまるところ、『緑の帝王』アリシア=イーグリアと緑の軍団(グリーン・ナンバーズ)(グリーン・ナンバーズ)総勢百名……か。頭の痛い話だな。耳長族(エルフ)は六種族の中では最も弱いと言われているが、それでも俺たちからすれば凶悪じみた力を持っている。それにも関わらず、そんな化け物を百名以上相手にする必要があるとは)


 いのりたち黒の軍団(ブラック・ナンバーズ)の総数は全部隊を投入しておよそ三千。その計算で行くと、単純計算でおよそ一人頭たった三十人という数で相手をしなければならないのである。まだ学生であり力の使い方を熟知しておらず、全盛期とは程遠いとはいっても、厳しい戦いとなるのは想像に難くない。そう考えると圧倒的に負ける可能性のほうが高いが、しかしいのりは特に焦燥の様子を見せず冷静を維持したままだった。


(確かに彼我の戦力差は歴然だが、それはあくまで真正面からの戦闘の話だ。むしろ、あんな奴ら相手に馬鹿正直に真正面戦闘を挑むなど馬鹿のすること)


 いのりは外の景色を眺めながら遠い目を青空に向ける。


(いや、そこに関しては今考えることではない。既にアリシアを倒す手段は確立されている。それよりも問題なのは……どのようにしてアリシアを戦いの場に出させるかだな)


 既に時刻は午後二時とかなりの時間が経過しているが、始業式典が終了してからの数時間、いのりが頭を悩ましていた問題がそれだった。


(奴らは俺たちを弱者と蔑み──端的に言うと興味が無い。向こうから勝負を挑んでくるということはまずありえないな。そうなると、こちらから切り出す必要性があるが──)


 その行為自体に問題は無いが、ここで一つの弊害が生じる。


(はあ……弱い。奴に勝負をけしかけるという点において、こちらが開示できる手札がない)


 前提として耳長族(エルフ)が勝負を引き受けるかが不明瞭だ。もちろん、勝利した暁には敗者が提示した報酬が支払われるが、それを以てしてもいのりはあのアリシアが勝負に応じるとは思えなかった。何故なら、彼女はとても『仲間思い』だから。同族に対して仲間意識を持つのはごく自然な事だが、彼女の場合は度を越して同志に慈愛を抱いているのである。

 とはいえ、人間族と耳長族(エルフ)がまともに耳長族(エルフ)の勝利は必然だろう。だが、耳長族(エルフ)にも大なり小なり被害が出るのは事実なのだ。相手が人間族だから無傷で乗り切れると豪語できるほど、アリシアはいのりを舐めてはいない。つまりそういう以上、彼女にとってはハイリスクローリターンであり、無価値と一蹴される可能性が高かった。

 言うなれば、これを覆すことの出来るナニカが必要なのである。


(第一に、そもそも奴がどのような行動をとるのかが分からない。いっそ様子を見ながらのアドリブで……いや無策で挑むというのは不味いな。いくらその類のやり取りで自信があるとはいえ、必ずぼろが出る。この状況で舐められてしまえばそれは悪手に繋がる) 


 いのりの不手際で黒の軍団(ブラック・ナンバーズ)自体が後手に回ることになれば、それはもう一抹の勝ち目も無くなったと考えても大げさではない。つまり先手を制す必要がある。


(よく考えろ。耳長族(エルフ)の誇りを貶める発言を繰り返せば……いや、これも無理か。アリシアはああ見えても理性的だからな……彼女が個人的にどう思うかは別としても、こちらの挑発に乗って緑の軍団(グリーン・ナンバーズ)を動かすということはないだろう)


 いのりが次に思案したのは、挑発と侮蔑で憤怒を呼び起こし判断力を鈍らせるものだが、アリシアには通じないと最終的には判断する。アリシアがいのりを過小評価しないのと同様に、いのりもアリシアを過小評価することはない。

 この頃になり、ようやくいのりの表情に悔しさと焦燥が滲み始めた。


(詰めが甘いとはこのことか……くそ、どうする。本格的に考えなければ)


 不自然でない程度に歯噛みしてさらに意識を思考に没頭させるが、しかし相変わらず名案は思い付かず、いのりは「はぁ」と憂鬱な瞳でペンを握った。これ以上の悪循環に陥らないために、とりあえず軽い気分転換を兼ねて講義に耳を傾けてみようと言う魂胆である。


「あー、今日は龍脈暴走を勉強していくぞぉ。つってもあれだな……ざっと言えば地中の極端に狭い空間で、魔力の飽和点を超えると引き起こされる暴走のことだ」


 覇気のない様子で述べるのは、始業式典で新入生が抱いたエルメシアへの恐怖を緩和させた率役者、工藤教員である。この講義の担当者であり、ここの教室担任教師でもあった。

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