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【式典Ⅰ】

 国立シンエリューエンス学園は日本政府、そして天蓋の六種族の長たちからも援助金を受けている唯一の教育機関であり非常に設備が充実している。敷地内に存在している施設はそのほとんど──一部を除き──物置まで最新設備だ。そしてそれは、これより始業式典が開かれる大講堂にも言えることであった。

 内装は整頓されており、巨大な半月型の大講堂には数えるのが億劫なほどの客席が規則的に並んでいる。天井には無数のガラス板が設置されているのだが、今日に限って陽光遮断タイルが敷かれているとあって、内部は全体的に薄暗い。いのりと朔夜が周と別れてから数十分ほど経過した現在、大講堂内部は凄まじい人口密度を誇っていた。それも当然、これから始まるであろう始業式典のために、五千を超える生徒が一か所に集まっているのだ。


「「「「…………」」」」


 熱狂が入り混じっていたが、唐突にシン……と緊張感漂う静寂がこの場を支配した。

 先ほどまで談笑をしていた生徒たち。その全員が等しく固唾を飲んだからだ。一切の種族の隔たりを無くす。まるでナイフを首元に突き付けられているような感覚で、だが余りの恐怖に逃げようにも体が全く動かない。生存本能が体を動かすことを拒否している。言うなれば絶対的な支配者に恐怖する奴隷のようだ。

 そして次の瞬間、この惨状を引き起こした張本人が前方の壇上に唐突に表れた。


「──おはよう諸君」


 たった一言。威風堂々と壇上に佇むその存在。重圧が生徒を襲った。


「まず初めに自己紹介を。私はこの国立シンエリューエンス学園・学園長である、エルメシア=コンツネイルズだ。種族は天上族(ヘヴン)。よろしく」


 エルメシアは滅多に見られないほどの残酷な美貌を所持していた。赫赫とした紅蓮を連想させる真っ赤な髪を腰まで流しており、整った顔つきは鋭めで、紅の瞳からは深い英知を感じさせる。鬱陶しそうに赤髪をかき上げる動作ですら、艶美さに目を離せない。

 だが、それは見惚れるという意味合いではない。女好きと噂されている生徒も、女性には紳士と称される生徒も、彼女が垂れ流す圧倒的なオーラに中てられて圧倒されていた。


「おっとすまない。少し加減が難しいんだ」


 エルメシアが一言詫びを入れると次の瞬間、生徒たちに圧し掛かっていた威圧感が薄れる。少しだけナイフが遠ざかった感覚を覚えた大多数の生徒は、薄く脂汗を滲ませた。


「……まあ分かってはいたが、特に新入生は先が思いやられるかな。だが、安心すると良い。この学園に来たからには、三年間できっと君たちは成長するだろう。良くも悪くもな」


 エルメシアは冷静に呟きつつも生徒たちを睥睨する。


「ふむ、やはり人間族は多いな。毎年恒例で見慣れてはいるが、蟻の軍隊のようで気持ち悪い」


 だが裏腹に、エルメシアの言葉に人間族を馬鹿にする感情は込められていない。新入生からすれば、その矛盾に混乱するのも無理ないというものだろう。


「こういう式典を私はあまり好まないが──しかし、学園長として新入生……否、生徒諸君らには伝えておくべきことがある」


 エルメシアの声色が無機質なものから、少し熱を帯びたものに変わった。


「私が何時如何なる時でも、君たちに期待しているということを忘れないでほしい。ここの君たちと言うのは、当然種族は関係していない。種族など下らない枠組みだ。私は人間族も天蓋の六種族も同列視している」


 不穏な反応を示したのは、六種族の生徒。人間族と同列に扱われるというのは自尊心を傷つけ不快感を催させたようで、所々から不満の眼差しが送られた。


「大切なのは──強さだ」


 エルメシアは睨みを利かせて真正面から不平不満を押し潰す。


「もちろん、大抵の人間族と六種族の間には、埋めようのない隔絶した差がある。人間族のほとんどは数が多い割に使えない愚鈍ばかりだ。一方六種族のほうは個体数こそ少ないが、魔力と固有刻印を扱うことが出来る。この差は大きい。単純な武力的な意味では、六種族に軍配が上がる」


 事戦いにおいて、一の力を持つ十よりも、十の力を持つ一のほうが有用だ。何故なら一の力を持つ十を足し算したところで、十にはなり得ないのだから。確かに包囲戦法は取れるが、しかし逆に言えば、一掃されてしまえば終わりなのである。


「だがな、強さとは肉体的な意味だけに留まらない。金、知恵、権力、カリスマ、戦略。全てを統合してこその力。どれほど戦闘力があろうとも、それ以外の要素を軽視してはならない」


 例え強大な戦闘力を有していたとしても、知恵や戦略などの不可視の搦め手に敗北することだってある。カリスマ、金、権力があれば楽に戦いを進められる。エルメシアが認識している力とは、多岐に渡るものであるらしい。


「そして、私が人間族に期待していると言ったのは、人間族にも関わらず天蓋の六種族を圧倒する力を持っている者を何人も知っているからだ」


 新入生……特に人間族の生徒間でざわめきが伝播していった。


「分かるか? 確かに種族だけで見れば人間族は劣等種だと言えるが、確かな強者は存在しているのだ。もちろん、信じるか信じないかは君たち次第だが、一度種族と言うくだらない縛りで物事を考える認識を改めてみると良い」  


 全体数が莫大であるが故に埋もれてしまっているだけで、種族の評判を度外視し事細かく見てみると、人間族にも確かに強者は存在している。

 続いて「だがまあ」と、万物を屈服させるような言霊が響く。


「別に私は人間族を贔屓しているわけではないぞ。世間一般の常識通り、人間族のほとんどは本当の意味で弱者であるからな。そんな強者は一厘にも満たないものだ。だからこそ六種族からは劣等種と呼ばれ蔑まれている」


 エルメシアの強気の物言いに、人間族の生徒たちが平等に不穏な空気を作り出す。


「とにかく、私が君たちにそういう思いを抱いていることは覚えておけ」


 エルメシアは突っぱねるようにして、命令口調で言い放った。


「今私は強者の話をした。次は弱者の話をしよう。……弱者は強者に勝てないのか、誰もが考えたことのある議題だろう。──答えは、そんなことは無い、だ。しかし、どうする? これはどの種族にも当てはまることだが、そこで私が提案するのが──仲間を頼ることだ」


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