【聖母の弾丸Ⅱ】
「月並みですが、凄いですね。まるで原理が分かりません」
綺麗な所作を保ちながら、朔夜は熱を帯びた口調で言った。
「だろう。もっと褒め称えてくれても良いんだよ?」
少しばかり有頂天になった周だったが。
「まあそれよりも、それを使いこなすいのり様が一番凄いのですけれど」
「うん。そう言うと思った。君のその返しは分かってたよ。はぁ。どうして君はこう……ことあるたびにいちいちいのりを持ち上げようとするのかなぁ」
「いのり様尊い」
「話すら聞いてない……」
悩ましそうに「やれやれ」と頭を振る周だったが、軽い口調のまま続けた。
「この破壊跡を見れば分かると少しは思うけど、この〈聖母の弾丸〉はただのハンドガンじゃないよ。点にも線にも──それこそ面にだって対応できる超万能型の武器。それがこれだ」
反動も少なく、歴戦のプロでなくとも苦労せず扱える上に、飛距離は申し分なく、また切り替え次第で一点集中型か超広域拡散型かを選択することも可能なのである。
「具体的に言うと、〈聖母の弾丸〉を起点として周囲の空気を内部に取り込んでいるんだ。内部で密度を限界まで高めた空気弾へと処理して、外界に高速で放出するってわけ」
いのりが白銃に視線を落とす。銃口は無いが、しかしそこには遠視では到底気づけないほどに極小サイズの、正六角形を模る配置での細線を見つけた。弾倉部分にもだ。
「圧縮した空気ですか……しかし、あの馬鹿げた威力は何なのですか?」
空気を限界まで圧縮させたとしても、目の前の凄惨な破壊跡を生み出せるわけではない。空気は圧縮されると熱を帯びるが内部の冷却装置である程度冷やしているし、何より破壊の方向性が熱爆発とは異なっている。
「そこで僕が用いたのが、魔力の加重引式範囲融合機構だよ」
「っ──それはまさか……小型化することに成功したのですか?」
「うん、その通りだよ。魔力がこの世界に流れ込んできてから百年ほど経つけど、魔力変換機構は非常に重宝されている。空気中に満ちる魔力を直接エネルギーに変換出来るんだからね。とはいえ、とても複雑な構造で到底小型化なんて不可能と言われていた。まあ融合機構と言う劣化版とはいえ、今回僕は小型化に成功させたんだ!」
「世間に公表すれば、一躍有名人になれるほどの偉業だな」
「それほどでも。……とはいえ、魔力が溶けた空気をそのまま空気弾にしても意味は無くて、少しだけ魔力に手を加えないといけない。──手順としては、まずは搭載されている超小型流動加速器で空気(魔力)を取り込むと同時に一度魔力と空気を特殊音波で分離させる。んで、空気弾を圧縮させる要領で魔力も圧縮。重要なのがこの時の圧縮具合についてだね。水で言う個液臨界点みたいな……本当に微妙な塩梅に調整する必要があるのさ。そうして最後に、圧縮した空気と半圧縮した魔力を融合機構で融合(融解)させるって感じだよ。それに加え──」
「長いです」
「いでっ」
饒舌に語る周に辟易した朔夜は、彼の首元目掛けて軽く手刀を入れる。
まあ周は簡単に言ってのけたが、これは歴史に名を残す偉業だ。性格こそお茶らけているものの、こういう期待以上の仕事ぶりを見せてくれるため、嫌いになれないし信頼出来るのだ。
「……魔力は画期的な資源で攻撃にも応用できる。でもまあ問題があるとすれば、〈聖母の弾丸〉の構造が複雑すぎて、どうしてもスペックが使用者の能力に依存してしまうところだね」
「どういうことでしょうか?」
「情報処理速度、情報演算能力、情報把握能力、情報羅列式の計算とかもろもろを使用者が担う必要があるんだ。強力な分扱いが非常に難しい。つまり、使用者と〈聖母の弾丸〉は一心同体。見えない糸で繋がっている。使用者によってその性能が左右される」
周は両手の人差し指を立て、距離を近づけたり離したりといった仕草を見せる。
性能差に左右されると言っても、そこには最低限のラインは存在していた。平凡な者が〈聖母の弾丸〉を使えば、情報過多で脳神経と細胞が一瞬で焼き切れる。要は演算領域の確保が必要であり、譲渡自体は可能だが、実質いのりのためだけに作られたような武器であった。
「なるほど。量産のほうはどうなのですか?」
原理について思いふけっていた朔夜が周に問い尋ねた。
「無理無理。希少素材をふんだんに使ってるし、コストパフォーマンスが悪すぎる。何より、前提として使用者がね……」
「現状はいのり様しかいないと?」
「ん。いのりと同等の化け物脳みそを持っている人間が、早々見つかるとは思えない」
「誉められているのか貶されているのか分からんな」
「ははは。僕としては誉めているつもりだよ……心の底からね」
製作者であるが故に、周はこの白銃の性能については誰よりも熟知している。それを初めての試し打ちで難なく使いこなしたいのりには、やはり身震いしそうになった。
(これを使えば勝てる。あの天蓋の六種族の猛者たちに……)
周が光輝を代表とする後輩たちに指示を出すのを傍目に、いのりは内心で不敵な笑みを浮かべ、興奮から激しく暴れる心臓を抑えきれなかった。
この二年間の準備の集大成ともいえる武器だし、仕方無いと言えばそうだが。長い間内に秘めていた野心が牙をむくときが、目前に迫っているのだろう。
「それよりも僕は〈聖母の弾丸〉を作らせた君の意図が気になるところなんだけど……」
神妙な雰囲気で聞いてくる周を朔夜は柔らかく笑った。
「ふふふ。そうは言うものの、分かってはいるのでしょう?」
「……まあね。何となくは予想がついているよ」
くしゃくしゃと後頭部を軽く搔きながら、周は真剣な眼差しを送る。
「要するに、天蓋の六種族に叛逆する時が来たわけだ」