【エピローグ ~暗闇の白翼と天上神~】
いのりが祝賀会に参加している夜──正確には、いのりがカエデのことを思い出したのと同時刻。
老朽化の進んだ現在使われていない旧校舎が並ぶ区画で、二名の耳長族生徒が歩いていた。しかしながら、驚くべきはその様子だろう。耳長族特有の美しい金髪は見る影も無く荒れているし口からは涎を垂らしており、また双眸は暗く気味の悪い狂気が垣間見えた。
彼らの名前はヤルジースとゴルゴス。何かと『黒の帝王』一ノ瀬いのりと因縁のある耳長族の生徒だった。呪詛のように彼の名前を小声で呟いている辺り、憎悪の具合が分かる。
「クソクソクソクソクソ……クッソオオオオオッ‼ 俺たちを馬鹿にしやがってッ、あいつら絶対にぶっ殺してやる‼」
「そうだ、これは何かの間違いだ。この僕がこんな扱いを受けるなんて……馬鹿どもめ!」
常時余裕を漂わせている二名が、現在ここまで荒れているのには理由があった。
種族間対抗戦争は耳長族の敗北で終了したが、それと同時にいのりが怜の一件に関する録音データを公開したのだ。悪行が明るみに出たたことで耳長族の評価はどん底に落ち、その原因を作った二名は同族のほとんどから嫌悪と侮蔑の視線を送られることになった。
自尊心の高い彼らがその扱いに耐えられるはずが無く、現在罵詈雑言を吐き捨てながら苛立ちを募らせていたわけだ。
「畜生がッ……俺のことをあんな目で見やがってェ……! それに自分のことは棚に上げて……それほどに我が身大事かよ。あー、アイツら本当にぶっ殺してえ‼」
ゴルゴスとヤルジースに負の視線を送ってきた同胞の中には、両名と同様に裏では人間族の生徒に暴力を行っていた者もいた。自分に被害が来ないように多数派に便乗し、あたかも自己には関係が無いことのように振舞っているのだ。
もちろん、そういう輩が最後まで無事に逃げ切れる訳がなく、後々地獄を見ることになるのだが、それはまあこの場では割愛しよう。
「それにアリシア様……いやあの負け犬なんか呼び捨てで十分か。アリシアもアリシアだ。自信満々に勝てるとか断言しやがったくせに、結局負けてんじゃねえかっ。しかも自発的な降伏だとッ⁉ ふざけてんじゃねえぞ‼」
「器が知れてるね、まあ所詮は気の弱い恥晒しの女さ。あんな女が帝王出来るのなら、僕たちだって出来るはずだ。いや、むしろ僕たちの方が相応しい」
「ああ、その通りだ。俺たちは正しい、間違っているのはあいつらだ」
「……だったら、間違いは正さなきゃね」
自分が瞬殺されたことは棚に上げ、彼らはアリシアの存在を否定し始める。不穏な空気になる中、不意にヤルジースが懐から小瓶を取り出した。
「おお、それが例の?」
「その通り、万が一のために取り寄せておいた致死性の毒薬だよ。青酸カリに近いけど、効果は桁違いだ。これでアリシアと……諸悪の根源であるあの憎き男、一ノ瀬いのりを殺そう。結局ああいう奴らの末路は毒殺がお似合いなのさ」
小瓶に溜まっている毒薬が揺らされる。
「いいねえ。まずはあいつの部屋に侵入するって認識でいいのか?」
「うん、具体的にはこの毒を冷蔵庫の飲み物の中に混ぜ込むんだ。ゆっくり時間を掛けて、苦しみながら死んでいくあいつを想像しただけで……嗚呼、凄く気分が晴れやかになるね」
ゴルゴスが不敵な笑みを浮かべ、ヤルジースは恍惚の表情を浮かべた。
彼らは所謂暴走状態となっており、周囲が全く見えていない。万が一に毒殺が成功したとして、エルメシアの権能が使われれば実行犯が割れるのは明らかだし、まるで未来のことなど考えていないのだ。後々後悔するのは彼ら自身であるのに。
「ぎゃひゃひゃひゃ。早くあのいけ好かない男を殺しに行こうぜ」
「そうだね。人間族は数だけは多いから、もしかしたら途中で誰かに見つかるかもしれないけど……ふふふ。まあでも十人程度なら殺ってもバレないかな?」
「言うまでもねえ。増えすぎた家畜は殺処分するのが本来の正しい行動だしな」
気分良く話す二名の耳長族だったが……彼らは現在過度な興奮状態に陥っており、自分たちを射ている視線の存在に終ぞ気づくことが出来なかった。
「生憎と残念ね。貴方たちはこの場で死ぬからそれは不可能なの」
故に──それが命取りとなる。突然背後から聞こえた声にゴルゴスは驚愕し、素早く後ろを振り向こうと試みるが……しかし次の瞬間、「けぺっ」と首から上が盛大に消し飛んだ。
「……………………は?」
引き千切られた様な首元の断面から、プシュッと赤黒い液体が噴き出る。状況が全く理解できず呆然と立ち尽くすヤルジースの頬に、その生温かい血潮が付着した。そうして首から上を無くした肉塊が地面に前のめりに倒れ──。
「ひっ、うわあああああああああああああああああッ⁉⁉⁉」
遅れて理解する。ヤルジースは無様に悲鳴を上げ、全身を粟立たせた。
「うーん。やっぱり慣れないわね、この力は。もう少し綺麗に殺したかったけれど……」
「な、何だお前……白い鴉が言葉を喋って……な、何なんだよおおおおっ⁉」
「うるさいわね、もう少し静かにしてちょうだい。こう見えても音情報には敏感なのよ」
ヤルジースの目の前で無機質に告げる存在の正体は──白鴉だった。
目を凝らさずとも白翼には赤黒い液体で汚されており、ゴルゴスの首をその翼で刎ねたのは一目瞭然だ。しかし、切断面を見れば多数の凹凸が出来ており、鋭利な翼の形状とは合致しないのも歴然だった。まあ今のヤルジースにその矛盾を考える余裕など無いが。
「まあいいわ。さて──じゃあ次は貴方の番ね」
蒼白に顔を染めるヤルジースを一瞥したカエデは、事務的にそう告げる。背筋を這う恐怖と不安に彼は失禁しそうになるが……自尊心を奮わせて勇敢に叫んだ。
「っ──な、舐めるなああああああァッ‼」
硬質な地面を割いて這い出てくる五本程度の樹木。多彩な挙動を描きつつ、五本の樹木は隼の如く速度でカエデ目掛けて突き進んだ。
カエデは翼を広げて数度の回避を成功させるが、流石に地形的に不利だったらしく隙を晒してしまう結果となる。ヤルジースはその刹那を逃さず樹木を動かし、「殺った!」と確信を得てカエデを細切れにする未来を想像するものの……。
カエデに樹木が接触した瞬間──先端から末端までが、全てポリゴンへと分解された。
「…………は? 何で僕の固有刻印が消えて……」
「良い筋しているのに残念だわ、貴方と言う才能溢れた若者の命を奪わなければならないなんて。けど全ていのりの命を奪おうとした貴方たちが悪いのよ?」
実際残念そうに告げるカエデだが、その間にも白鴉は既にヤルジースの頭頂部へ移動を済ませていた。頭部に重みを感じて、恐る恐る彼は視線を持ち上げる。
「定番の決まり文句だけど、恨むなら自分を恨んでね」
しかしそれと全く同時に、カエデは首元目掛けて白翼を振り下ろしていた。
(ひいっ……死にたくな──)
その願いも空しく、ヤルジースは永遠に晴れることのない闇へ落ちる。当然ながら即死だ。彼の頭部は鮮血を散らしながら空中を舞い……吸い込まれるように闇夜に消えた。
無音という孤独な暗闇がこの空間を支配する中で、カエデは「ふう」と一息つくと後処理について考え始めた。例え滅多に人が寄り付かない旧校舎と言えど、そのまま放置と言うわけにはいかない。とはいえ、広範囲に鮮血は染み渡っており、完璧に取り除くというのは面倒な話だろう。だからカエデは、今なお闇に潜んでいる存在を頼ることに決めた。
「二人の遺体と散乱する血液など全部含めて、貴方に任せても大丈夫かしら?」
「…………」
するとカエデの背後でその存在が姿を現す。少しばかり沈黙を貫いて言った。
「何故殺した?」
「いのりの命が脅かされるとなれば、盾であり矛でもある私が動くのは当然だわ。それにしても聞いた? 彼らは飲み物に毒を混ぜ込んで暗殺することを考えていたけれど……いのりの部屋には冷蔵庫がそもそも無いのにね。滑稽だわ」
カエデは翼をくちばしまで持っていき、楽し気に笑う。
「……ふん、相変わらずの女め。……まあ良い、この者たちの死は我には到底関係の無いことである。それに後片付けぐらいなら大した労力でもなく問題無い」
「うふふふ、感謝するわ」
「要らぬ。だが他人任せの癖は何とかしろ。遊戯の後の片づけなど子供でも出来る」
「疲れるからこの力は使いたくないのよね。……あとそれとこれでは事情が違うわよ」
カエデがこの場所に来たのは、耳長族二名の殺害の他にも目的があった。それが眼前の人物と会うためである。人気の無いこの場所は、密会には都合が良い。
「じゃあ……早速本題に入りましょう」
「ああ。一ノ瀬いのりに関する定期報告を聞こうか、カエデ」
神秘的な月光が上部から差し込み、白鴉と話す謎の存在の姿が明らかとなる。いのりがこの場にいたとすれば、なりふり構わず襲い掛かるに違いない。
「ふふふ──面白いことがあったのよ……ステラ?」
何故ならカエデと対峙していたのは、白髪を腰まで伸ばし複雑な文様が刻まれた黒白の装衣に身を包む一柱の神──『天上神』ステラ=アストレアであった。
これで一章は終了です。いのりの反逆記の序盤はいかがだったでしょうか。
とりあえず、要望があれば続きを投稿したいと思います。
なので、面白かったり続きを読みたいと思った方はぜひ下の評価ボタンから★の方をお願いします。




