【宴】
そうして朔夜とともに寮へと戻ったいのりだったが……。
「……何だこれ。どういう状況だ?」
全く予期していなかった光景に、いのりは眉を顰めた。
いのりとしては部屋に戻って早々に休みたかったのだが、「よっ!」と唐突に周が現れて、強引に食堂まで足を運ばされた……かと思えば、目の前に広がっているのは人間族の生徒たちによる派手な祝賀会である。内装として色鮮やかな装飾が施されており、多種多様な料理が並んでいた。
「どういうことだ、周。こんなの聞いていないぞ」
「だって言ってないし」
「お前、パーティーは昨日したばかりじゃないか! 二日連続で……しかも帝王である俺の名前を勝手に使って主催するなど。いい加減にしてくれ……」
いのりはジト目を向けるが、周はあっけらかんと笑った。
「だってぇ、昨日はどっかの誰かさんのせいで途中で中断することになったしぃ。それにこれは耳長族に勝ったことに対する祝賀会だからね、昨日のとは違うよ」
「ぐっ……後半はともかく前半に関しては言い返せない」
既に周には作戦の全貌を伝えていた。確かに昨晩のパーティーを中断させる要因を作り出したのはいのりであり、それに関しては本人も少なからず罪悪感を持っているため言い淀む。
「ま、良いじゃないか。あ、でも諸経費は開研には請求しないでね? 今回の分までもって枯れたら本当に詰んじゃう。というか、活動費用無くなっちゃうからさ」
(こいつ……覚えてろよ、今度絶対痛い目みせてやる。朔夜をけしかけてやる)
周が軽い口調で肩に手を乗せてくる。いのりは手を出したくなる気持ちを我慢して、何とか引きつった笑みを浮かべた。
とはいえ、周囲を見渡してみると確かに誰もが祝賀会を楽しんでいるように見える。和気あいあいとした雰囲気を肌で感じ、最早怒る気が失せた。
そして不意に見覚えのある顔ぶれを見つける。「活躍できませんでした……」と肩を落としている怜の背中を誠也が「気にすんな」と、若葉が「大丈夫。怜は可愛いだけでいいの」と言いながら慰めるように優しく撫でていた。
(あいつらいつの間に……。随分と珍しい絵面だが、元々知り合いだったのか?)
珍しい構図だっただけに、いのりは微妙に驚いた。
「はーい、アリシアさん。こっちこっち!」
「ちょ、押さないで……てかどこ触ってんのよ変態!」
次の瞬間、いのりは視界いっぱいに飛び込んできた光景に更に驚愕するはめになる。
「種族的にも明らかに場違いだが。いや……本当に何故奴がここにいる?」
無数の女子生徒と戯れているアリシアが目の前にはいた。まあ物珍しいのか、戯れるというか揉みくちゃにされているという表現の方が正解だが。
そんな稀に見る美貌を持つアリシアだけに、男子生徒からは「可愛い」「種族とかもうどうでも良くなってきた……」「楽園はここにあった」などと言う数々の熱い視線が浴びせられたりしていた。日中に殺し合いをしていた敵生徒の首領とは思えない好意的な歓迎であろう。
とはいえ、いのりには彼女がここにいる理由が分からなかった。
「律儀なことに、命を落とした耳長族がいなかったことを伝えに来たんだよ。でもいのりが居なくてね。暇つぶしに話でも始めた結果、瞬く間に人気者になっちゃったって感じ」
「そ、そうか。……まあその点に関しては一先ず安心だな」
「うんうん、それにしても凄い人気だよねぇ。みんな彼女の美貌に魅了されちゃってる」
「そうだな、奴は外見は凄く良いからな。まあ物珍しいんだろ」
「可愛いよね。かくいう僕も見惚れちゃった一人だったりする」
眼福そうに周の表情が崩れるのを横目に、いのりは考える。
人間族にも耳長族にも現実での死者は出ていないので、結果的には良かったと。もし一人でも存在していれば、いのりは不味い立場となっていた。作戦上仕方なかったが、別に耳長族に恨みがあるわけではないのだ。
「良かったね。殺されずに済んで」
「ああそうだな……って何でお前が知っている?」
「さっき聞いたんだよ、アリシアからね」
「あいつめ、余計なことを。こいつにはにやけ顔をさせる話のネタを渡すなっての」
「そうです、とても余計なことです。いのり様の気分を害すとは何事ですか……周‼」
「えっ、何で僕が悪いみたいになってんの⁉」
周といのりの会話に、朔夜が容赦なく口を挟んだ。すると同時に、いのりの存在に気が付いたアリシアが手を振り回して声を上げる。
「見つけたわよいのり! ちょっとこれ何とかして、あんたのとこの隊員でしょ!」
「おいおい、それが人にものを頼む時の耳長族流の礼儀なのか? 別にいいじゃないか、人気者で。むしろ羨ましいくらいだよ」
「あんたが言うんじゃないわよぉ‼ ああもうウザったい‼」
口ではそう言うが、強引に振り払わないのは彼女なりの優しさだろう。黒の軍団の隊員生徒は戦場と日常生活との区別はついているし、今回の勝利で耳長族への鬱憤は大分晴らせたようでアリシアを露骨に嫌うことは無い──どころか、その美貌に積極的に歩み寄ろうとするものばかりだ。何なら群がる生徒の半分以上が、彼女に惨殺された生徒だったりする。
そしてアリシアはそのような態度を取られて、無下にできるほど非情では無い。
その砂糖並みに甘い性格が故に、敵からすれば付け入りやすいのだが。しかし、人間族と天蓋の六種族が互いに歩み寄ろうとしている──そんな過去の歴史を遡っても滅多に見ることのない光景が確かに存在していた。
(まあ……これはこれで悪くないかな。距離が親しくなる分には問題ないし)
その後しばらく生徒たちの相手をしている中──いのりは不意に考えた。
(そういえば……種族間対抗戦争が終わってから連絡が無いが、姉さんはどこだ?)




