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【密会】

 同日の夜。いのりは中央校舎内の壮観な学園長室のソファに深く腰掛け、半ばふんぞり返る程に不遜な態度でエルメシアと向かい合っていた。

 しかしながら、エルメシアはその無礼な態度を目の当たりにしても何も言及しない。それは別にエルメシアが寛容だとかではなく、以前彼女は目の前の少年に勝負事で敗北した経験があり、その時から彼を対等の存在と認めるようになっていたのだ。


「って感じで──まあこんなところかな。後片付けに関しても、戦場の修復はお前の管轄だろう。あれほど広い舞台(ステージ)ならば人の手で元に戻すよりも、権能を使ったほうが格段に手っ取り早いからな。これで証拠は全て隠滅され、作戦概要を知る存在もお前を除き全員俺の支配下にある……外部に発覚することは無いはずだ」


 今しがたいのりが説明していたのは、此度の作戦の詳細的概要についてだ。

 エルメシアも作戦に深く関与したため何となく想像はついていたが、直に話を聞きたいということで黒髪の帝王をわざわざ呼びつけた。もちろん、学園長権限で。


「なるほど、やはり貴様は外道だ。アリシアには同情しか出来ん」

「おいおい、随分と失礼だな。……いやまあ傍から見て鬼畜な策なのは分かっているが」

「正面から勝負はせずわざわざ人質を取り、アリシアの『優しい』性格を逆手に取るなど考えもしなかった。いやはや……素直に称賛するよ」

「馬鹿にしてるのか? お前にとってはアリシアなど一秒で捻り潰せる相手だろうに」


 いのりは羨望を交えて溜息を吐いた。

 エルメシアとアリシアが戦うと仮定した場合、アリシアは抵抗すら出来ずに殺されるはずだ。そんなステラにも匹敵する程の暴力があればわざわざ面倒臭い遠回りをせずに済むのだから、いのりと言えど当然羨ましく感じる。


「しかし……アリシアが降参しなければ危なかったんじゃないか?」


 エルメシアが言うと、いのりは首を振った。


「まあ突き詰めるとアリシア当人の判断だし、百%とは到底断言できないが……それでもアリシアはほぼ確実に降参すると踏んでいた。流石に冷や汗はかいたし、焦りもしたがな」

「へえ、珍しいな。個人の性格など最も論理とは程遠いというのに」


 いのりは非常に狡猾で慎重、思慮深い性格の持ち主であり、科学的根拠が無かったり論理の成り立ちにくい事柄に対しては、失敗した場合における何かしらの挽回策を用意するはずであった。


「ふむ……なるほどな。そこからがお前の仕込みだったわけか」


 数秒と経過せず、エルメシアはいのりの自信の源を理解する。


「二年前のアリシアは、あそこまで甘ったれた性格の持ち主ではなかった」

「ああ。もちろん、学園生活で自然に育まれた信頼もあるだろう。しかし、俺はこの二年間水面下で動き続けていた。具体的に言うと、アリシアと他の耳長族(エルフ)との間に深い信頼と愛情を生み出すための様々な事件や出来事を、裏から操作していたんだ」

「二年か。アリシアの敗北は最早必然だったわけだな」


 アリシアと耳長族(エルフ)との間の信頼を強固にするイベントをわざと誘発させ、逆に信頼が損なわれる事件は事前にもみ消したりと、それを幾度と繰り返し、アリシアを現在の弱点の多い温い性格に仕立て上げたのだ。

 二年間の入念な下準備。エルメシアはその執念を称賛する。


「それもこれも、全ては『天上神』ステラを殺すためか。奴は強敵だぞ」


 エルメシアが軽く告げると、いのりは神経を逆なでされたように無性に苛立った。


「前々から聞こうと思っていたが、お前は奴とどんな関係だ? 俺が見るに、随分と近い間柄のようだがな。答え次第では殺したくなる」


 いのりの強烈な殺気を正面から浴びるが、エルメシアは肩を竦め薄い笑みで応答した。


「別に……顔見知りと言うだけさ。きっかけは死別した夫だよ、夫は奴と仲が良かった」

「……は? お前結婚していたのか。嘘だろ?」

「ん、そうだぞ。知らなかったのか?」

「初耳だから聞いているんだが……そうか。お前のような堅物と結婚する物好きがいるとは驚きだ。自分の嫁がこんな化け物とか、想像するだけで恐ろしいよ」


 いのりが妙に感心するので、エルメシアは眉根を寄せた。


「今言った通り俺は無理だな。そもそもお前女らしくないし」

「そうか? 胸も大きいし、男受けの良い雌の体つきだと思うのだが」

「そういう意味じゃないし、絶対分かってやってるだろお前」


 エルメシアは自身の豊満な双丘を手のひらで揉みしだく。

 確かに顔立ちは非常に整っているし、肉体も男の情欲をそそるものがあるが、いのりが指摘したのは肉体に関する部分ではない。彼が腕を組み渋い顔つきをするのを横目に、エルメシアはからかうような稀有な笑みで応じた。


「何だ。欲情したのか、このマセガキめ。少しぐらいなら触ってくれてもいいぞ?」

「誰がお前などに‼ はあ……少し黙れ、未亡人」

「……無性にむかつくな、それ」


 そんなやり取りを交わしていると、エルメシアが懐旧の念を思い浮かべる。


「こうしていると、貴様と初めて会った時のことを思い出す」

「年寄り臭い言い方だな。まあ俺も同意見だが」


 エルメシアといのりが初めて出会ったのは四年前の夏だった。

 資産家・大富豪から大手企業の重役……政府関係者までいる裏の真っ黒な世界だ。奴隷売買や賭博など日常茶飯事だし、違法薬物の売買など当たり前の。その名を『混沌の宴(ダークライン)』。両名共にVIP会員であり、彼らは初めてそこで相対した。

 勝負内容はありふれた完全情報ゲームだ。当時あらゆる勝負に勝ち続け、敗北の味を知らなく──それ故に刺激の無い日々を送っていたエルメシア。

 そこで現れたのがいのりだ。

 最初は単なる暇つぶしで「このクソ餓鬼の鼻っ柱を叩き折ってやる」と思っていただけだが、いざ蓋を開けてみれば敵の観察眼と頭脳は余りにも手強く、善戦することは出来ても勝負に勝つことは出来なかったのだ。

 当時のエルメシアにとってはたかがゲーム、されどゲームだ。頭脳の競い合いも、肉弾戦闘と同じぐらい自信はあったのだが負けた。そしてその後の会話で、似たようなやり取りを交わしたのを両名は思い出す。


「ああそうだ。望みは無いとか断言しておきながら、二年後に貴様は唐突やってきて朔夜の偽装戸籍を作りこの学園に入学させろなどと言いだしたんだ」

「……仕方ないだろう。『混沌の宴(ダークライン)』では身分情報は開示されないのだから、まさかお前の正体がここの学園長だとは思わない。予め知っていれば、最初から素直にお願いしたさ」

「ははは。だとしても理不尽で滅茶苦茶だよ、貴様は」


 とはいえ、負い目があるのかいのりは反論せず黙り込む。


「貴様は『混沌の宴(ダークライン)』に戻るつもりはないのか?」


 真剣な眼差しで、エルメシアはいのりに問いかける。実をいうと、同様の条件で再戦を果たしたいと彼女はずっと願っていた。


「俺があの裏世界にいたのは、人脈と金のためだったからな。今回の偽装作戦でお前に一億を渡したのは事実だし、ひと段落したら戻るかもしれない」

「そうか。次は負けんぞ、お前の対策は完璧に仕上げてきたからな」

「それは結構だが……そこまで勝ちに拘るのなら、得意分野で勝負すればいいだろうに。勝負と言っても様々だ、例えば肉弾戦闘となれば百%俺が負ける。当然受けないが」


 意図は不明だが、エルメシアは勝ちたいと願っているわりには、毎度いのりの得意な分野での内容を提案する。


「分かっていないな。勝敗以前に私は勝負を楽しみたいんだよ」

「勝負を楽しみたいねえ……戦闘狂の気持ちは生憎分からん。圧倒的な強者を汚い地べたに這いつくばらせたり、どん底につき落としたりするのが快感なのは凄く分かるが」

「いくら何でも下種過ぎるだろうに。まあ理解出来なくはないが……若いな」

「あの快感は数百年も生きる老婆──失敬、年長者(笑)には理解出来ないのかあ、残念だな」

「……おい貴様、調子に乗るなよ。私は天上族(ヘヴン)の中では比較的若い方だ‼」

「知らんわそんなことっ。俺たち人間族から見れば十分年寄りなんだよ‼」


 するといのりが叫ぶのと全く同時に、学園長室が誇る風情ある扉が数回ノックされ、女物の声色で「そろそろお時間です」と退室を促される。部屋の外で待機させていた朔夜だ。


「はあ……まあいい。最後に一つ言っておく」

「何だ? 言っておくが、どれだけ懇願されたって実年齢は教えな──」

「俺の邪魔をすれば、例えお前だろうと容赦なく殺すからな?」


 どす黒い感情を前面に出すいのりに、エルメシアは軽く笑う。アリシアの場合とは難易度の次元が違う、己の邪魔をすれば絶対に勝てなくとも絶対に殺すという矛盾。

 エルメシアはその貪欲な意気に、湧いて出る興奮が止まらなかった。


「未来は分からないからな。まあ今のところとはつくが、そんな予定はないさ」


 何とも言えない返しだが、一先ずそれで満足したらしい。いのりは重い腰を動かし、「感謝するよ」とだけ残して退室しようとする……その瞬間。


「(嗚呼、本当に大きくなったな……()()()。──として誉れ高いよ)」

「ん? 何か言ったか?」


 エルメシアの呟きに、いのりは足を止めて振り向く。


「何でもない。行け」


 どこか釈然としない態度だったが、いのりは「……そうか」と両開きの扉に手を掛けた。

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