【叛逆Ⅲ】
「──ふふ、あははは、あははははは‼」
口内に広がる絶望を嚥下し、アリシアは吹っ切れたように哄笑を上げる。
「自棄にでもなったか? 一応俺はお前を追い詰めているつもりなんだがな」
「悪いわね。あんたの言うことが随分と面白くて」
「ほう……面白いだと?」
「ええ。確かにあんたは不当な手段で私を追い詰めた。それに関して言いたいことはいくつもあるけど、この場は一先ず置いておきましょう。ただ、追い詰めたとっても絶体絶命の窮地じゃないわ。あんたは私に甘いと言ったけど、詰めが甘いのはそっちの方よ‼」
アリシアは饒舌に口を動かし、瑞々しい肌が曝け出ている片足を持ち上げると「ふん」と勢いよく足を振り下ろす。大地と接触した瞬間硬質な地面に巨大な亀裂が無数に走り、アリシアの足裏が半ばめり込んだ。
「分かるかしら。確かに相性的に固有刻印は弱体化したけれど、元々備わっている身体能力だけであんたみたいな雑魚人間、楽々捻り潰せるのよ?」
「ふむ……確かに素晴らしい身体能力だな。今のも全力ではあるまい」
「ええ、その通りよ。うふふふ、自慢の作戦が通用しなくて残念だったわね」
固有刻印の性能を大幅に下げ弱体化させたところで、六種族が誇る身体能力を用いれば人ひとり簡単に殺せる。アリシアは、肉弾戦を失念していた点が最大の失敗だと暗に告げた。
「それともう一つ、戦線にいる同胞に関しても同じことが言えるわ。確かに被害は加速するでしょうけど、それでも人間程度に負けるほど彼らは弱くない。戦い方が少し制限されるだけで勝利には何ら影響はないの」
「なるほど。確かに道理だな」
いのりの一手は逆転のそれではなく、延命処置が精々であるというわけだ。
「くくく、くははは……ふははははははは‼」
その事実を突きつけられてもなお、いのりは余裕から生じる高笑いを浮かべ続けた。
「随分と余裕そうね。状況分かってる?」
「もちろん……いや悪いな。お前の言うことが随分と面白くて」
既視感を感させるその返しに、アリシアは不快感を露わにする。
「失笑を隠しきれないのは当然だろう? 自信に満ちた顔をするものだから何を言い出すのかと思えば、お前の口から出てくる言葉がどれも的外れだったのだから」
「いまいち要領を得ないわね……あんた今道理って認めたばかりじゃない」
「道理であるだけで、この場の真実ではないのさ。そして俺からも一つ──」
いのりは生殺与奪の権利を手中に収められているにも関わらず、依然として態度は崩さず逆に傲慢にアリシアを見下した。その瞳からは光が消えている。
「お前、先程から誰にものを言っている? 俺に間違いなどない、図々しいぞ女」
「……っ」
一瞬だがいのりが発したどす黒い感情に、アリシアは無言でたじろいだ。
「俺という人間の本質を全く理解せず、勝手に勝利を信じて独りよがりに浮かれ出す哀れなお前に教えてやる。一重二重に罠を仕掛け耳長族の弱体化を図ったが、それは全て前座に過ぎない。本領の作戦と組み合わせることで、絶大な真価を発揮するための所詮鍵なのさ」
「はっ……妄言も体外にしなさい。虚勢は見苦しいわよ?」
「浅はかな。自己に都合の悪い事実を受け入れたがらないのは、お前の悪い癖だぞ?」
平生なら鼻を鳴らして嘲笑を返したはずだが、意固地になったのか矜持が傷つくことを無意識に恐れたのか、今のアリシアは非常に真剣な表情でいのりと対峙していた。
「──ああ残念。時間切れだ」
迂闊に手が出せないこの状況。いのりは何かを確認したのち、続けざまに口を開く。
「事実も事実、確かに直接戦闘ではお前に勝てない。悔しいが決して覆せない真実であることは認めよう、俺も同感だ。しかし、勝利を諦める気は毛頭無い。故に──俺は帝王であるお前を降伏させることによって、この戦争を終了させることに決めた」
「降伏って──そんな馬鹿な真似をするわけがないわ!」
「だったら……そうせざるを得ない状況を作り出すまで。円卓会議の時に続いて二つ目の予言をしよう──お前はこれ以上俺に触れることすら叶わず敗北する」
傍から見れば、状況が理解出来ていないだけの傲慢に尽きる言葉だろう。だが──。
「俺の主観は客観的事実であり、故にこう告げるのだ。詰みと‼」
いのりが己の存在を誇示するように声を上げ、指を鳴らした次の瞬間。
「──なぁっ⁉⁉⁉」
アリシアは奇妙な違和感を覚え、驚愕から唸り声を出した。
それはつい最近感じたばかりの違和感だ。絶対的存在に掌握されていた何かが、あるべき場所に回帰するような。えも言えぬ脱力感も味わう中、アリシアは本能で出来事を理解した。
「まさか──あんた何てことを‼」
アリシアは憤怒の形相で大声を張るが、いのりは一層機嫌を良くする。
「あんた……輪廻結界に何をしたの⁉」
今味わった違和感は、種族間対抗戦争が開始される際に張られた輪廻結界に生死と言う名の運命を掌握される違和感と非常に酷似していた。