【叛逆Ⅰ】
そんな経緯で朔夜が邪魔となる耳長族を始末したことを確認したいのりは、アリシアが焦燥から動くよりも速く頂上のボタンを軽快な音とともに押し込む。アリシアは不敵に笑ういのりを刮目するが──次の瞬間、背後から有り得ない程の轟音が響いた。
「──なっ⁉」
大地が揺れる。すかさず後方を振り向くと、彼女の視界は驚愕の光景を捉えた。
距離にして数百メートル以上は離れているが……一面に続く森林の上部に広がっている青空を、燃え盛る焔が混合した漆黒の煙が汚していたのだ。
「この爆発は……一体何が起こっているの。いえ……この音はまさか爆弾⁉」
「流石に優れた聴覚を持っているな。正解だ、その通りだよ」
アリシアがキッといのりを睨むが、その間にも空気を震撼させる爆発音は増加する。第一疑似戦場の至る箇所で爆炎で爆ぜ、黒煙を濛々と天に揚げていくのだ。それはまさに戦闘中であった黒の軍団と緑の軍団の隊員にも影響を及ぼした。
「う、うわああああっ……な、何が起こっているんだ⁉」
「分からねぇ……いや、分からないけど何か凄まじい爆発が起こってるんだけど⁉」
「逃げろっ。とにかく爆発に巻き込まれないように距離を取るんだ!」
爆発による衝撃と熱で直接怪我を負った生徒は存在しない。確かに戦場の各地で爆発が引き起こされたが、発生地点はほとんどは何故か人気の無い場所であり、付近に居ただけの隊員は爆風に襲われるだけで済んでいた。当然混乱具合は尋常ではなかったが。
(一体どういうこと……? 一体何をしたのよ、いのりぃ……)
いのりは爆弾による爆発を認めていたが、色々と分からないことが多い。
──轟‼
けたましい爆発音は限界を知らないのか未だに響き続け、その度に大地を震動させる。十秒間に数十、場合によっては百を超える回数の爆発が引き起こされていた。密集する立木は焼け焦げ、紅蓮の火の粉と炎が燃え盛り、真っ黒な煙が青空を邪魔する。
叫喚も聞こえ、まさに地獄絵図の光景をアリシアは忌々しく思う。数秒もせず、彼女らの付近でも盛大な爆発が起こり突風に見舞われた。何かが燃焼する焦げ臭い匂いが鼻を刺激し、アリシアは眉根を寄せながら再度いのりと対峙する。
「ふふふ、睨むなよ。そんな顔をされてしまうと、調子に乗ってしまいそうだ」
「どの口が言ってんのよ! あんた既に調子ノリノリじゃないの⁉」
爆発の熱気が空気中の温度をさらに上げる。いのりは肩を竦めた。
「いや……そんなことはどうでも良いのよ。この爆発は一体どういうこと⁉」
「難しいことじゃない、今お前が告げたばかりだろう。改めて答え合わせをしたいなら付き合ってやるが、まあ単純だ。この第一疑似戦場内に予め仕掛けておいた、総合計して千に及ぶ遠隔操作爆弾を順々に起動させているだけだよ」
「…………は?」
千個と言う規格外の個数に驚愕を越し、アリシアは素っ頓狂な声を絞り出す。
「……嘘よ。私たちとの種族間対抗戦争が始まってからかなりの時間が経過しているけど、あんたがそんな行動をする素振りは全く無かったわ。それほどの数の爆弾を仕掛けるのには、かなりの時間が掛かるはず。要した時間が短ければ見逃した可能性もあるけど、物理的にそれは絶対にあり得ない」
この振動音の傾向からして、爆弾は全て立木に付属していたと考えられる。千に及ぶ個数の爆弾を仕掛けるとなれば、確実に大掛かりな行動となり隠蔽など出来ない。それを匂わせる不審な動きすら無かったので、アリシアがトラップの類を警戒する必要は全く無いはずだった。
それにも関わらず、実際問題戦場の各地点で爆発が誘発され、その影響で戦線が混乱に陥れられているという不可解な点に彼女の頭は追い付かない。
「残念だが……そもそも根本からしてお前の考えは間違っている」
「間違っているですって。何がどういう風に?」
「そう急かすな。確かに予め仕掛けておいたとは言ったが、俺は一言もこの種族間対抗戦争中にとは明言していないぞ?」
いのりが自信満々に指を立てると、アリシアは落雷と錯覚する衝撃を味わい顔面を蒼白に染めた。大粒の汗を浮かばせ、弱気に震える声で言葉を絞り出す。
「つまり……種族間対抗戦争が始まる前から、爆弾は仕掛けられていた……?」
アリシアの結論を聞くと、いのりは楽し気にニイと口角を吊り上げた。
「大正解、爆弾は戦争が始まる前から既に仕掛けられていた」
例えアリシアだろうと、日常生活の中で四六時中いのりの動向を監視出来るほど万能なわけではない。アリシアの警戒は初めから無意味だったのだ。
「馬鹿な真似を……ッ! これは明確な反則行為に該当するわ!」
「ああ。確かに戦争が始まってからならともかく、それ以外の……始まる以前に疑似戦場に何かしらの仕掛けを施すことは禁止されているな」
発見され次第、退学など生ぬるいほどの罰則を背負わされることになる。
「学園長がこんな不正行為を許すはずがない。あんたの不正敗北よ‼」
この爆発の映像は上空に浮かぶ超小型観察機により、観戦会場に映し出されている。アリシアは中継を見たエルメシアが、黒の軍団の不正で戦争を中止すると主張した。
何故ならエルメシアは転送時に、黒の軍団が持つ装備品に爆弾含む爆発を誘発する武器が存在していない事実を知っているのだから。
「ふはははは。お前、本気で言っているのか。あのエルメシアだぞ?」
まあ思考自体は間違っていないのだが。
「まさか学園長と繋がって──」
何かに気が付いたアリシアが絶望の眼差しを送るが、いのりは首を振った。
「そんな危ない橋を渡るものか。エルメシアは何も知らないはずだ」
「なら何でそんなに余裕なのよ!」
いのりは出血を制服で拭いつつ、「はっ」と鼻を鳴らした。
「始業式典でのエルメシアの話を聞いていなかったのか? 奴は自分自身で『私を楽しませれば、大抵のことには目を瞑る』と言ったんだ」
「……あっ」
「人間族が天蓋の六種族を打ち倒す。過去誰も成し遂げることの出来なかった偉業に、俺たちは片足を突っ込みかけているんだ。奴にとっては最高の娯楽に違いないだろう?」
アリシアは始業式典の際の学園長の言葉を思い出しながら、あの闘争に染まる性格を吟味したのち悔しそうに歯噛みした。既に幾分かの時間が経過しているが未だに中止が掛けられていない現状から、あの天上族の女性は当てに出来ないと理解する。
「まだよ。学園長を封じたところで、観客生徒を騙しきることは出来ないはず」
「ふむ。確かに数が数な上に、エルメシアのようにはいかないだろうな」
「不正行為をしているなんてすぐにバレる、クラウンも居ることだし。いくらあんたが人気者と言っても、物凄い数の同族から失望の眼差しを向けられることになるわね」
「まあ理屈だけで言えばそうだが……俺がその点について考慮していないとでも? 残念ながら心配いらないな、向こうが勝手に解釈してくれる」
いのり前髪をかき上げながら、勝ち誇るアリシアを滑稽に思いつつ嘲笑した。
「──龍脈だよ」




