【緑の帝王Ⅱ】
「ちいっ、このタイミングでも通じないのか。嫌になるな!」
「ざ、残念だったわね……まあ余裕だったけど(※嘘である。この女結構見栄を張っていた)」
いのりは脇腹を砕こうと腕を伸ばすが、アリシアは身軽く体を反らす。技術の伴わない、身体能力に振り回されている単調な一撃が通用するはずなかった。
「慣れないことはするもんじゃないわ……ほら捉えた。これで終わり──」
アリシアは獰猛な笑みで樹木を叩きこもうとしたが、億劫げに視線を動かしてその場に低姿勢でしゃがんだ。カエデが翼から放った──吸引性の核に空中の浮遊粒子状物質を斬撃状に集結&密集させ微振動を加えた──鋭利な翼刃を嫌がったのだ。
「私の存在を忘れてもらっちゃ困るわ。いのりはやらせないわよ?」
「ああ……本当に厄介ね。そもそもあんた誰……っていうか何よ。こいつとどんな関係? 随分とまあ親しいようだけど」
アリシアは両手でいのりの対応をしながら、渋い表情でカエデに尋ねる。
「うふふふ、私はいのりの姉のカエデよ。ところであなた、弟のことは好きかしら?」
まるで戦場に見合わぬ問いかけを行えば、アリシアが途端に慌てふためいた。
「な、何言ってんのよっ……私がこいつのことをす、好きだなんて……そんな馬鹿な事があるはずないじゃない‼」
「あら、可愛い。冗談で茶化してみただけなのだけれど」
「──っぅ……ふん。そ、そんなこと言われなくたって分かってたわ! じょ、冗談よね!」
「えっと、何と言うか……凄い初心ねぇ。もしかして初恋もまだなのかしら?」
「う・る・さ・い・わ・ね‼ 悪い⁉」
頬を朱色に染めながら、アリシアは揺らぐ感情に任せていのりを吹き飛ばした。
直ぐに樹木はカエデを狙う。さながら、獣が口を開閉させる際の牙のような動きだ。上下からの同時攻撃にカエデは素早く後退し、眩しい陽光を背景に高度を上げた。アリシアは追撃しようと試みたが、不意に背後で気配を感じ取り足を止める。
「姉さんの次は俺か、アリシア。学習能力のない奴め」
「無駄に意識が割かれるわね……みみっちいあんたらしい考えじゃない!」
「誉め言葉と受け取っておこう──はあああああッ‼」
踏襲する樹木の嵐を、いのりは〈聖母の弾丸〉で撃ち落とす。間に合わない場合はアリシアの視野外に逃げ込み、不意を突いてその身を直接狙った。
しかし、彼女は超人的な反応速度でその一撃を回避もしくは防御し、再度攻撃に転じるという入れ替わりの攻防が続く。
「──ぐっ⁉」
「あはははっ、本格的に動きが鈍くなってきたわね!」
しばらくして、いのりの脇腹を細めとはいえ樹木が貫通した。
「不味い……いのり‼」
カエデは緩急をつけて樹木を翻弄し、アリシア目掛けて翼刃の嵐を飛ばす。
「それはもう見飽きたわ。種は割れてんのよ」
アリシアは少しも振り返らず、樹木で斬撃を強引に絡めとり叩き落した。
機械に表情筋は無いので分かりにくいが、カエデは驚愕を示す。固有刻印『樹海降誕』──多岐に渡るその応用の幅には。
「〈深淵たる奈落へ誘う神林の冥界樹〉」
「脇腹が使い物にならないってのに‼」
見た目は〈全てを薙ぎ倒す神林の樹柱〉だが、大きさは一回り二回り小さい。そんな樹木が合計十本、虚空から急所を狙う軌道で出現した。
いのりは腰を捩じるのを嫌がり、胴体部分に迫る樹柱だけを〈聖母の弾丸〉で対処すると、他は僅かに四肢を動かすことで回避を成功させる。そして苦しい表情をするいのりを、アリシアは好機と捉えたのか。
「〈永劫を束縛する神林の樹塊鎖〉」
次の瞬間、いのりの四肢と胴体に膨大な重量の樹塊が纏わりつく。
「重いが……だが、こんな生ぬるい技で俺の動きは止めることは出来ないぞ?」
いのりは〈聖母の弾丸〉を手首を軸に回転させ、全身を拘束する樹塊のみを粉々に粉砕した。
(これでも仕留めきれないか。なんてうっとおしい奴‼)
アリシアはいのりに怨嗟の視線を送り、一本の木刀を生成する。すると凄まじい速度で間合いを詰めて刃先を霞ませた。
いのりは驚愕交じりに半歩飛んで直撃を逃れるが、更に続く連続剣。反撃する暇も無いほどには速くて鋭かった。
「なっ。まさか剣技の心得まであるのか⁉」
「はぁ? そんなのないわよ。剣を振る機会なんて滅多にないし。これはただ何となく真似ているだけよ。さっき見た朔夜の動きをね」
「見よう見まねでここまでの精度を誇るかっ……化け物め!」
アリシアの放った刺突が、いのりの頬を僅かに掠る。
「あんた達だって、その化け物相手に耐え続けてるじゃない。誉めてあげるわ、本当にウザくて厄介。ああもうっ──いい加減死になさいよ!」
「随分と理不尽な話だ。誰が頷くものか馬鹿が!」
目論み通りの軌道で空気弾が直撃し、半ば振るわれていた木刀が内部破裂した。
「まず何なのよあいつ! 気持ち悪いほど流暢に言葉は喋るし、鴉のくせに随分と人間らしいし。それに私の固有刻印を楽々と切断する戦闘力、正直気味悪いわ‼」
アリシアは上空を駆けるカエデを忌々しく睨みつけた。いのりは憤慨の表情を浮かべたが躍起になることはなく、逆に怒りで一挙一動には鋭さが増す。
「ッ……姉さんを馬鹿にするな!」
「あら、随分と知能指数が低くなったわね。このシスコン‼」
アリシアの放った蹴りが深々といのりの腹にめり込む。
「──があッ⁉」
強烈な苦痛がいのりを襲う。不意に意識が遠のく脱力感を覚え……しかし、いのりは予め噛んでいた舌の鋭い痛みで意識を覚醒させた──その場に血痰を吐き捨てる。
「うふふ。やっぱりしぶとさ……いえ執念だけは凄いわね!」
「──当たり前だッ。俺は俺の目的のためにお前に勝たなければならない。何としてでもお前に勝つ、のうのうと寝ていられるものか‼」
「ふうん、まあいいけど。根性だけ一流でも意味無いわよ?」
アリシアは瞬時に距離を取り、魔力を一点に集結し始めた。
「防げるものなら防いでみなさい──〈天上の椅子を揺るがす神林の世界樹〉ッ‼」




