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【剣神】

「一ノ瀬いのり……悪鬼羅刹め! 我らが同胞の仇だ、殺してやる‼」


 耳長族(エルフ)の一人が憎悪にまみれた視線でいのりを睨んだ。周囲に素早く樹木を展開させ動くが──しかし、朔夜が俊敏な足さばきを以て彼我を阻むように立ちはだかる。


「残念ですが、この私が居る限りいのり様には指一本も触れさせませんよ」

「な、何だとッ⁉ 人間ごときが俺の固有刻印(オリジナル・スペル)を……ッ⁉」


 黒羽の刀身が霞んだと同時に、強襲する樹木が余さず斬り割かれていた。普通の人間族では到底対応出来ない速度での攻撃であったが故に、その耳長族(エルフ)だけでなく誰もが驚愕を表した。

 つまり大きな隙が生まれ──虚空に舞う数十の木片が視界を邪魔している影響もあり、その耳長族(エルフ)の青年は背後に高速移動した朔夜にまるで気付かない。


「後ろよッ、アル‼」

「残念。もう遅いですよ、アリシア。まずは──一人目です」


 アリシアが背後への注意を促すが朔夜の腕の動きのほうが断然速く、「……へ?」という惚けた一文字を最後にアルと呼ばれた耳長族(エルフ)の首と胴体が泣き別れる。鮮血を浴びながらも彼女は黒羽を再度、付近の耳長族(エルフ)目掛けて動かした。


「させないっ──〈雪崩る神林の樹波エヴァルアウル・エドレウス〉!」

「これは……さすがに突破できませんか」


 荒れ狂う大波の如く樹木が集結するのを前にして、朔夜は体を反らせて緊急回避する。


「アリシアに続いて、皆もこの女に攻撃を仕掛けろ!」


 耳長族(エルフ)全員が朔夜に怒涛の攻撃を仕掛けた。このお世辞にも広いとは言えない空間内で、大量の樹木が暴れまわるのだから、普通は逃げ道を塞がれて戸惑うはずの状況。

 だが、朔夜は自ら攻撃に転ずる。横から迫る樹木には跳躍で対応し、上から降り注げば瞬きのうちに全てを切断する。正面または背後からの一撃を一刀両断。下部(大地)から樹木を突き出したとしても楽々と避けられ、そして綺麗に二つに断たれた。

 彼女の鬼神の如く戦闘力を目の当たりにして、恐怖を抱くのも無理はない。


「何だこいつは! 本当人間族なのかッ」


 激しく顔を歪めたテュフォンが、この場にいる耳長族(エルフ)の総意を代弁する。


「ふふふ。いのり様を攻撃するなど万死に値します。その咎は命で償いなさい」


 朔夜が跳躍しながら体を乱雑に回転させると、無数の斬撃が放たれる。すると数々の樹木が亀裂と一緒に分解され、着地と同時に朔夜は笑みを溢した。


「馬鹿な⁉」

「人間族だと思い込み私を甘く見ましたね? その結果がこれですよ」


 朔夜は一度空気を吐き出すとともに、周囲を迅走しながら駆け巡る。


「ぐうぅ……」


 数名の耳長族(エルフ)が苦し紛れに数十の樹木を生み出した。

 対応自体は造作もないが、しかし数が数だけに少々時間を要することになるはず。つまり時間稼ぎのための攻撃だ。態勢を立て直すための僅かな時間があれば十分だった……のだが。


「だから甘いのですよ。黒刀剣技──黒天津」


 だが、朔夜の剣はその些細な願いすら斬り捨てる。

 黒刀剣技──黒天津。瞬きすら許さない時の中で、黒羽から百の剣閃が分裂する。彼女に迫る全ての樹木に斬撃が走って──よって足止めすら叶わなかった。


「一瞬で全てに対応しただけではなくッ、斬り払うか!」

「ええ、貴方たちはあまり強くないようで。注意すべきはアリシアだけで十分です」

「貴様ァ‼」


 とはいえ、この場の耳長族(エルフ)全員が朔夜の強さを見誤っていたのは事実だ。


「そんなに呆けていて大丈夫なのですか。ほら、だから死ぬのです」


 延々と引き延ばされる時間の中、テュフォンの眼前で朔夜が剣を振りかぶっていた。

 別に……何か特殊な力が働いているわけではない。ただ単に──速くて強い。それだけで耳長族(エルフ)相手に優位に立っているのだ。思わず詐欺だと言いたくなるほどに。その圧倒的な速度を駆使して朔夜は黒羽を振り下ろし、大きく一歩を踏み込むが。

 刀身が肉を断つ──瞬間、朔夜は瞬時に黒羽を手元に引き戻し、最速の防御姿勢を取った。


「テュフォンはやらせないわ。〈全てを薙ぎ倒(イルア・)す神林の樹柱(カルバス)〉ッ‼」

「あと少しだったのですが……やりますね、アリシア。素晴らしい技です」


 朔夜は太い樹柱を黒羽の柄で受け止めたが、この技は永続的に魔力を供給することで際限なく強度を向上させる技だ。圧倒的な圧力に腕の骨が軋み、体内を駆け巡る重圧に苦しい表情を見せる。

 単純な力の鬩ぎ合いは、固有刻印(オリジナル・スペル)に軍配が上がるらしい。朔夜が疲労で一瞬怯んだ隙を見逃さず、アリシアは底力を注ぎ込んだ。


「く──ふふッ。とんでもない加速と威力ですね……ッ‼」

「朔夜……あんたが強いのは十分理解したわ。だから分断することに決めた。精々いのりが死んでいく様を離れたところで想像してなさい!」

「っぅ──いのり様‼」 


 発言の意図を理解した朔夜はいのりの名を叫ぶが、アリシアは「単純ね!」と〈全てを薙ぎ倒(イルア・)す神林の樹柱(カルバス)〉の威力を暴力的に底上げし、拮抗状態を破壊する。


「すぐに戻り────」


 朔夜の体が宙に浮き、凄まじい速度で遥か後方へ吹き飛ばされる。抵抗空しく、彼女は放物線を描きながら密林の中に落下していった。まあ殺害以前に怪我らしい怪我も負わせられなかったし、今頃無事に大地に降り立ったことだろうが。

 朔夜の帰還を密かに恐れたアリシアは、疲弊した仲間へ申し訳なさそうに告げる。


「みんなは朔夜を追って。ここは私だけで十分よ」

「大丈夫か? 相手はあの一ノ瀬いのりだ。何か策を隠しているかもしれない。戦力に数名ぐらいは残すべきだと思うが」


 テュフォンが横目で見ると、アリシアが強気に微笑んだ。


「一騎打ちで私があいつに後れを取るとでも? それより問題なのは朔夜よ。まさかあれほどの実力者だったなんて……むしろ戦力が足りない可能性があるわ」

「確かにそうだな。了解した、君の指示に従おう」

「ありがと。みんなも気を付けてね。最も優先するのは自らの命よ、良い?」


 諭すようにアリシアが尋ねると、全員が頷いて肯定の意思を見せる。

 あの朔夜のことだ。主のもとへ戻るために一刻も早く行動を開始するだろう。つまり無駄に時間を浪費している場合ではない。テュフォン以下耳長族(エルフ)は、踵を返して彼女のもとへ大急ぎで向かった。


「それにしても度し難いな」


 そう言って余裕の笑みを浮かべているのは──いのりだ。

 朔夜という護衛を失い、緑の軍団(グリーン・ナンバーズ)最強戦力と対面しているにも関わらず、彼は悠然とした態度でいる。


「……何がかしら?」

「何故耳長族(エルフ)全員でまとめて俺を殺しにかかってこない? 帝王である俺を打ち取れば、その時点で種族間対抗戦争(ウォーゲーム)は終了するだろう」


 朔夜といのりの分断に成功したのだから、そっちのほうが手っ取り早いはずだ。


「こっちとしても色々考えはあるのよ。それに円卓会議でも言った通り、寄ってたかっての弱い者いじめはいけない事じゃない?」

「ふ、あははは……そうかい。負けた時の言い訳づくりとは、殊勝なことだ」


 だが、それは偽りなき本心ではない。いのりは戦闘力こそ低いが、それ以上に得体の知れない不気味さを秘めている。総戦力で挑んだとして、何かしらの時間稼ぎを弄され結局朔夜の帰還を許してしまうのではないか──何故か分からないが、感覚的にそう感じたのである。

 彼女の勘は結構当たる。決して口には出さないが、先程の判断理由がこれだ。


「しかし、それは致命的な判断ミスと言うものだ。あれが最初で最後の勝機であり、これより先お前たちが俺に勝運する運命は訪れんよ。お前には俺の叛逆の糧となってもらう」

「はっ、言ってくれるじゃないの。でもね……勇敢に戦い死んでいった同胞の仇も兼ねて、今からあんたをぶっ殺すことは決定事項よ‼」


 アリシアは嗜虐的な微笑みを浮かべ、大量の樹木を顕現する。いのりは不気味な感覚に冷や汗を垂らしながらも〈聖母の弾丸(バレット・オヴ・グランマ)〉を構え、通信デバイスに手を掛けた。


「以降の作戦指揮は猿飛、お前がが引き継げ。データは全て送信済みだから。後は頼んだ」

《……えぇ⁉ ちょ、ちょっと待ってくださ──》


 通信デバイスを放り投げ、いのりは合図を送ってカエデを呼び戻す。


「さあ始めるとしましょうか。私たちで死の円舞曲(ワルツ)を‼」


 アリシアが樹木の尾を動かすと同時に、いのりは薬液が溜まった筒型注射器を懐から取り出す。首元に押し込み薬液を注入した刹那──「ふっ」といのりは人外の動きを見せた。


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