【不倶戴天】
「おおっとぉっ、またもや黒の軍団が耳長族を撃退したぞっ、凄い凄い凄すぎるぅ。正直わたくし、驚きを隠せません! 人間族が耳長族を圧倒しています。もしかしたらっ、本当に勝ってしまうかもしれませんね‼」
「もしかしたらって……柳ちゃん失言。でも、本当に目を疑う光景だね」
一方的な展開に、観客会場の生徒は一様に衝撃的な驚愕を味わっていた。
「凄いですわね。あのアリシアが押されています」
「アリシアっていうか耳長族全体がだな……いや、マジで勝っちゃうんじゃねえの?」
閲覧室で中継映像を見ていた帝王たちも、どんでん返しの結果を想像する。しかし、シャリアだけは「いや……」と渋い表情で頬杖をついていた。
「そう簡単にはいかないだろうな。本当の勝負はここからと言ったところか」
「ええ。ここまで黒の軍団が善戦するとは思いませんでしたが、緑の帝王の真価……いえ、逆襲はここから始まります」
「うむ。来るぞ、破壊の一撃が」
エルメシアは次の展開に期待して、液晶パネルに魅入った。
彼女の言葉は正解で、この優勢はとある一撃で打ち止めになる。それは耳長族数名の動向を監視するために部隊を集結させ、移動地点の指令を出してから数分ほど経った頃の出来事であった。
このままいけば勝利出来ると踏んでいたいのりへ送られてきた──一通の無線通信。
《いのりさん、問題が発生しました。いのりさんの指示に従って、僕たち合計五部隊はポイントR5まで移動したのですが……》
「何だ?」
デバイス越しでも、固唾を飲むような張り詰めた空気が伝わってくる。
《……帝王です。この場にいたのは複数の耳長族ではなく、緑の帝王たった一人でした。緑の帝王は護衛もつけずに、悠然と一人で佇んでいます》
「……アリシアが一人でだと?」
今朝入手した情報では、アリシアの行動進路にこの地点は含まれていなかった。それにもかかわらず、アリシアがいるという報告が入る。
いのりは直ぐにカエデの視界を共有するが、距離的な問題と無数の木々と言う障害物が邪魔をし、一個人の特定までは出来なかった。
「どういたしますか、いのり様」
「そうだな……」
アリシアを仕留めることが出来れば、種族間対抗戦争は黒の軍団の勝利となる。
だが戦力が心許なかった。アリシアを確実に殺すためには〈聖母の弾丸〉などの魔力を用いた特赦武器や、朔夜クラスの強さがなければ太刀打ちできない可能性が高い。
ならば──選ぶべき最善の選択は彼女の動向を探ることだ。
(しかし妙だ、何故アリシアをこのタイミングで発見する? 囮……いや陽道か?)
主戦力であるアリシアの姿が最前線に無いことには気づいていたが、こんな平野地帯に一人でいる理由がどうにも引っ掛かる。
(それとも…………いや、違う‼)
次の瞬間、違和感の正体に気づく。切羽詰まった形相で、いのりは悔しそうに親指の爪をギリッと噛み潰した。
(クソが……そういうことかっ。やってくれたなアリシア‼)
深い思考に思考を重ねて辿りついた結論に、いのりは自らの失態を悟った。焦燥の表情を見せ、通信の向こう側で待機している中隊長生徒に逃亡を命令する。
「不味い、今すぐその場から撤退しろ! このままではお前たちが──」
《もう遅いわよ、一ノ瀬いのり》
通信デバイスから『緑の帝王』アリシアの声色が聞こえる。絶妙な声量で告げられた彼女の言葉を通信デバイスが拾ったのだ。
《もう遅いの。全員殺す。私の予想に反して貴方の奮闘は凄まじかった。私の子たちも大勢殺されたわ、数にして四十二人。ようやくお返しできるわね》
「────‼」
《ふふふ、手に取るように分かるわね、あんたの焦り具合が。だけど殺す。仮初とはいえ、私の子たちの命を奪った罪は重いわよ! 命には命で返礼するわ!》
いのりは反射的に絶対命令権で退避行動を命令しようとしたが、その決断は余りにも遅すぎた。アリシアが両腕を広げると、魔力が濃密に集結し塊と化す。彼女の体が幻影のように揺らいでいるのは、きっと気のせいではあるまい。
いのりが絞り出せたのは「待て──」と言う一言だけ。次の瞬間には、文字通り天を衝くような破壊の一撃が黒の軍団を襲った。
《〈天上の椅子を揺るがす神林の世界樹〉‼》
世界終焉の音のような──全てを震わす轟音が轟く。
直径にして確実に百メートル以上はある巨大な世界樹が地中から爆誕した。神の怒りを体現するが如く一撃が、範囲内に存在していた人間族の隊員生徒を一気に吹き飛ばし、のしかかる圧倒的な衝撃を以て殺していく。土砂や土埃に乗るようにして血しぶきが舞い、肉塊が上空へと飛ぶ。
この一撃で人間族の生徒数百名が死亡したのに対し、耳長族の被害は皆無であった。これほどの広範囲殲滅攻撃であるにもかかわらず、それが意味するのは──。
「っ────……何て……出鱈目な……」
いのりが目を見開きながら後方に数歩下がり、朔夜がその体を受け止めた。




