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【朝の一幕Ⅱ】

 いのりの自室から目的地までは、直線距離にしてそう遠いわけではない。まあいくら巨大と言っても、同じ寮内であるのだから当たり前だが。


「はあ……疲れた。一体何がどうなっているんだ」


 しかし今、彼は重々しいため息を吐くとともに何故か疲労を滲ませていた。……とは言っても、理由は非常に単純である。いのりは容姿は見眼麗しいし、非常に頭も良い。運動もでき、面倒見も良い。ハッキングやプログラミングを始めとする実技も優れており、他にも様々な論文や研究で非常に優秀な成績を収めていたりもする。

 つまり誰もが──特に後輩が──憧れる完璧超人なのである。それ故に。


「求心力と言うのは何事においても必要だし特に重視して積み上げてきたつもりだが、さすがにこれは……。こういうのは基準が分からないんだよな。まさか朝から何十人もの後輩の相手をする羽目になるとは思わなかった」


 いくらなんでも、こんな朝早くから群がってくるのには勘弁してほしい。

 普通に挨拶をしてくる後輩から、恋愛相談やプロポーズをしてくる後輩まで多岐に渡り、うまく捌くのは本当に大変だった。精神的に疲労を感じてしまうほどに。


「いつもはここまでのことは無いんだが。いや、普段とは時間が違うからか。いつもより早く部屋を出ていた俺が珍しかったのか?」


 彼らからすれば憧憬の念を持ついのりと交流を持ちたいだけなのだろうが、当人からすると億劫の一言に尽きる。もちろん、彼は自分が他からどう見られているかを知っているので、それをおくびに出すことはないが。


「まあいいや。それについては今度考えるとして、今はとにかく目の前のことだ」


 一呼吸の後に気持ちを切り替えたいのりは、改めて眼前に映る光景を見やった。そこには少し大きめの扉……否、ハイテク臭が漂う全自動の横開きのドアがある。


「ここの奴らは根は悪くないんだが、性格が性格だけにな。嫌な予感しかしない」


 遮蔽物越しにも伝わってくる和気あいあいとした雰囲気に中てられながらも、いのりがデバイスをかざすと、機会音が鳴ると同時にドアがスライドする。

 内部構造は数十メートルはあろう巨大な正方形型である。壁床天井は光沢のある白でコーティングされており、青白く光るELワイヤーが規則的に付属している。生活用に割り当てられる個室とは違い未来部屋を連想させるだろう。部屋の端々には乱雑に多種多様な発明品が放置されている。導電がちぎれていたり、部品がばらばらになっていたりと明らかに故障している物も交じっているが、それに関していのりは素人であるが故よく分からないので口出しするつもりはない。パソコン、3Dプリンタ、タコ足配線となって乱雑に繋がれている配線やケーブル。他にも精密機械が多々あるが、まぁ何もおかしなところはない。

 いのりが困ったようにして頭痛をさせたのは、部屋中央部を見たからだ。

 数にして十数人ほどで、誰もが好奇心旺盛な様子だ。その表情に浮かべるのは皆楽し気な笑みであり、どうやら何かしらのデータを取っているようだった。


「よし。音圧レベルに特に異常なし、不要なノイズ音も聞こえない。……成功だ!」


 私服の上から白衣を身に纏う、柔らかい顔立ちをしている一人の男子生徒が言う。彼の名は国城周(くにしろしゅう)。いのりと同じ三年であり、この十数人いるチームのまとめ役、リーダー的存在だ。


「やりましたね、国城先輩! ようやくここまできました!」

「うん、そうだね。これを実用化できれば、必ず切り札となる」

「長年の研究の成果がようやく実ったんですね」

「長年って言っても、一週間だけどね」


 丁度実験をしていたらしく、成功したのだろう感極まっている様子が伝わってきた。


(今度は一体どんな玩具を作っているのやら) 


 既に分かっているだろうが、彼らは新装備を自作する開発研究チームだ。いのりが直々にスカウトしてきた、分野において才能を持つ者たちである。

 このだだっ広い一室こそがラボラトリーであり、言われれば納得するだろう。いのりは現に彼らに新武器の開発を依頼しており、現在来ているのだって新武器の開発に成功したという連絡が入ったからなのだ。


「このお色気音爆弾の効果は単純明快。大音量で放たれるえっちな女性の喘ぎ声だけだ。けれどその効果は絶大で、食らった敵は這い上がる性欲と悶々さを味わい、いてもたってもいられなくなる。男性特攻だけど……。けれど、冷静な思考は奪えるはずだ!」

「「「「おぉ……」」」」


 周が言うと、周りの後輩たちは称賛するような感嘆の声を出す。

 しかし、いのりは盛大なため息を吐きたいのを我慢して、顰め面を張り付ける。

 見てみれば彼らの奥では未だそのお色気音爆弾とやらが効果を発揮しているようで、耳を覆いたくなるような大音量で、女性の喘ぎ声がいのりの耳を通った。絶妙な息遣いと欲情的な雰囲気まで再現されており、確かにこれなら精力旺盛な男子生徒には、精神的な意味でかなりのダメージを与えることが期待できるだろう。だが、公衆の面前でこんなものを使えばどうなるかは想像に難くない。


「あっ、いのり! よく来たね、おはよう!」


 入口付近でため息をついていたいのりの存在に気づいたようで、周は気さくな雰囲気を醸し出しながら、彼に向かってブンブンと手を振る。それに伴い後輩たちの視線も突き刺さり、いのりは気鬱そうに歩き出した。


「お前……なんて馬鹿なものを開発しているんだ!」

「あははは。ユーモアが溢れていて良い武器になると思わないかい?」

「全く思わないな。というか、こんな馬鹿馬鹿しいものを作っている暇があるのなら、もっと有意義なことに時間を割けよ」

「む、馬鹿馬鹿しいとは何だい。いくら相手が君と言えど怒っちゃうぞ。昨日開発したばかりの細菌弾があるんだ。うっかりぽいってやっちゃうかも」

「そうか。つまり朔夜を相手にする覚悟があることを暗に言ってるわけか。それは凄いな」


 傍に来たいのりがピンと指を立てるのを見て、周は苦々しい表情を作った。


「うへぇ……やっぱり勘弁してほしいかなぁ。洒落にならないんだよね、朔夜は」


 朔夜はいのりの右腕と名高い三年の女子生徒だ。

 周は朔夜を嫌っているわけではないが、若干の苦手意識を持っている。というのも、朔夜はいのり至上主義の持ち主なのだ。いのりに忠誠を誓い崇拝しているからこそ、彼を小馬鹿にする態度をとる周には当たりが強いところがある。しかしまあふてぶてしく朔夜の愚痴を垂れ流す周だが、今回はタイミングが悪かったとしか言いようがない。何故なら──彼のすぐ後ろには、いつの間にか一人の女子生徒が立っていたのだから。

 いのりは頭を抱え、後輩たちは全身を強張らせるなど多種多様な反応を見せていたが、周はそれに気が付くということはなかった。


「そうですね。怒った時の私はとても怖いですよ。……思わず手が出てしまうほどに」


 透き通った音色を奏でる声が耳を通り、周の全身を鳥肌が這う。


「──さ、朔夜っ⁉ な、何でここに……っていうか、いつの間に僕の背後に⁉」

「隙だらけでした」

「音も気配もなく唐突に表れる君からしたらそうかもなのかもね!」


 笑みを引きつらせながら周が振り向くと、そこには絶世の美少女がいた。

 サラサラとして煌めいている銀髪を腰まで流しており、くりくりとした銀色の瞳と長いまつ毛は非常に綺麗なバランスを保っている。鼻筋はスッと通っており、桜色の小さな唇は弧を描いている。非常に凹凸に富んだ体つきをしている、日本人離れした美貌とスタイル。

 この銀髪銀瞳の美少女こそ、今話題に出ていた双子姫朔夜(ふたごひめさくや)である。


「ところで、今しがた貴方は妙なことを言っていましたね?」

「い、いやぁそれはなんていうか言葉のあやっていうかぁ。別に悪く言うつもりはなかったんだ。ちょっと本音が出ただけで!」

「周……全然言い訳になっていないぞ」


 朔夜と周のやり取りに対し、いのりは真顔でツッコんだ。


(こりゃ不味い。この口ぶりからして、今の愚痴を聞かれていたってことだよね)


 朔夜は傍から見れば冷静沈着そうだが、実態はかなり攻撃的な性格の持ち主なのである。周は何とか弁解の言葉を紡ごうと思考を巡らせるが、特段名案は思い付かなかった。


「自業自得っす。ですよね、いのり先輩」

「ん……まあそうだな。よく分からんが」


 金髪の後輩生徒、棚神光輝(たながみこうき)が横目でそう言った。


「ちょ、ちょっとぉ……君たちも見てないで助けてくれないか⁉」


 周は涙ぐみながら周囲を見渡して助けを求めたが、いのりは馬鹿を見るような、光輝は何か残念なものを見るような視線を向けるだけだった。

 他の生徒に関しても、明後日の方向を向きながら口笛を吹いたり、とにかく周と目を合わせるようなことは誰もしないので、周は絶望の表情を浮かべる。そうして、錆びついた機械のようにギギギと首を動かすと。


「いのり様に害をなすつもりですか。ふふっ──どうやら、お仕置きが必要なようですね」


 何というか、今の彼女の言葉からは微妙なすれ違いが窺えた。


「いやそっちかYO! 君に対しての愚痴に怒ってるんじゃなくて⁉」

「……? おかしなことを言いますね。私はいのり様以外のことに関しては心底どうでも良いので。それは私自身も例外ではありません」

「随分と雑だねっ‼ はあ……僕ぁてっきり、自分に関する愚痴を言われたから起こっているのかと。まさかいのりなんかの──」


 そこまで言って、周は己が失言を後悔した。


「ほう、偉大なるいのり様を貴方は『なんか』と表現するのですね」

「嘘嘘嘘です、冗談だってッ。ほら……いのり様ばんざーい‼ へへへ、何なら靴でも舐めましょうか⁉」


 遜って媚びへつらう態度に、いのりは露骨に顔を顰める。


「うっわ……それは気持ち悪すぎるぞ。引くわ。遂にプライドと尊厳を捨てたのか。人間から追従するだけの犬に成り下がってしまうとはな、国城犬」

「あのさ、いくら何でも辛辣過ぎないかな。ていうか国城犬って何だよっ」

「ああ……わざわざ両親がつけてくれた名前に手を掛けるのは心が痛むが、俺なりの蔑みの表現だよ。喜ぶといい」

「アリガトウッ、全く嬉しくないけどね‼ ──ひいっ」


 そんなこんなで朔夜の手が柔らかく周の肩に置かれる。

 決して忘我で怒鳴り散らかすということはなく、その端正な顔に張り付けられた冷ややかな笑みが恐ろしい。一応、関係性として朔夜と周は仲間ではあるのだが、今の彼女の静かな怒りを前にしては、そんな関係性が介入する余地はなかった。彼女にとってはいのりこそが至高の存在。優先度合が最も高いということが言える。


「っていうか、本当に冗談のつもりだったんだよ! 別にいのりに対してどうこうする気なんて毛頭無いから! 無理だし!」

「知っていますよ。だから殺すつもりはありません。痛い目を見せるだけです」

「物騒スギィ‼ ああ、嘘。ちょっと待ってええええええ──げぼふっ‼」


 バチン‼ という人肌の叩かれる音が幾重にも重なって響き渡る。朔夜は満足げな表情で腕を振り下ろした姿勢なのに対し、周は「へぼふ‼」とくるくると宙を舞っていた。

 端的に言えば、そう──目視出来ないほどの速度で、往復ビンタが炸裂したのだ。


「ふむ。相も変わらず凄まじい体のキレに加え見事なビンタだ」

「……何呑気に観察してるんすか。いのり先輩はブレないっすねぇ」


 顎まで手を持っていき、朔夜の動きを称賛したいのりだったが。


((((や、やっぱり怖えええええええ‼))))


 周が尻を突き出しながらビクビク痙攣するのを視界に収め、開発研究チームの後輩たちは改めて『朔夜(ついでにいのり)は決して怒らせてはいけない』ということを胸中に刻むのだった。


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