【虹色音色】
「これは……何かがおかしい。一体どういうことだ?」
怪訝そうに複雑な表情を浮かべたテュフォン。彼の周囲からは銃声が響き、空を見上げれば血糊が付着した樹木が暴れているのが窺える。
正に危険地帯の真ん中で、彼は度し難いとある疑問に頭を悩ませていた。
「いくら何でも対応が速すぎる……まるでこの戦場全てを網羅されているような違和感だ」
いのりの指揮能力の精度はテュフォンも疑っていないが、それでも有り得ないほどに情報把握と伝達が素早い。その事実は数値が示しており、予定ではこの時点での被害は十名ほどに押さえ込めているはずが、現実はその三倍以上に膨れていた。
「部下の報告のみで戦況全てを把握することは、あの男でも無理なはずだが。ふむ、第三者の助力か? いやその可能性は低いと見ても良いだろうが……まるで訳が分からないな」
しかし、緑の軍団のブレーンが頭を悩ませると同時にいのりは悟っていた。
「そろそろか。テュフォン辺りはこの戦場の違和感に気づいただろうな。誰が見ているわけでもないが、種明かしをすると──その答えは姉さんにあるんだよ」
いのりが首を持ち上げると、上空を白鴉が飛行している姿を発見する。
「感度良好よ」
「そうだね。俺からも姉さんの視界が良く見えるよ」
今のいのりの言葉、それこそが疑問の答えだ。
カエデはいのりの人格を基盤に造られた存在であり、非常に似通った波長を有している。いのりは周特製の特殊コンタクトレンズ──彼の遺伝子が組み込まれた──を通して、上空から俯瞰するカエデの視界を共有していたのだ。
「姉さんの存在を敵は知らない。それに誰も思うまい、俺が物理的な意味で戦場を俯瞰しているということなど。これが俺たちの一つ目のアドバンテージだ」
常時移り変わる戦場を観察出来るので、状況把握が非常に簡単となる。いのりの卓越した頭脳があれば、今朝入手した情報と組み合わせて行動を完全予測するなど楽勝だった。これにより、無駄な思考と時間を排除することが可能になる。
「一つ目のアドバンテージということは、二つ目があるのですか?」
彼の含みのある物言いに、朔夜は少し疑問を感じたらしい。
「何を言っているんだ。お前は知っているだろう、もう一つの姉さんの力のことさ」
「……ああなるほど、あれの事ですか。確かに敵にとっては凶悪な能力ですね」
「全くその通りだな。まあわざわざ進んで自滅してくれるのだから、感謝しかないよ」
カエデには亜弥と廉也が施した特殊能力があった。本来の用途とは異なるのだが、アリシアのような絶対の象徴が居ることで応用を利かせることが出来る能力だ。
「はぁはぁ──テュフォン先輩、大変です‼」
「どうした。やけに切羽詰まった声色だが、何かあったのか?」
「は、はい。意味が分かりませんが、何故だが同士討ちが多数報告されているんです!」
「な、何だと。馬鹿なっ、そんなことが有り得るものか‼」
テュフォン後輩から聞いた報告に耳を疑った。
人間族との戦闘を放棄し、耳長族同士での同士討ちという驚愕の内容。だが、耳長族は仲間を大切に想う種族であり、仲間を攻撃するなど有り得ない。そう、裏切り者でもいない限りは──。
それはつまり、裏切り者が居れば容赦なく攻撃するということだ。
「よくも俺たちを裏切ったな! テメエは耳長族の恥だ、ここでぶっ殺してやる‼」
「な、何を言っているんだ。僕は裏切ってなんかいない‼」
このように、耳長族同士による攻防が戦場の各地で多発していた。
「アリシアは誇りにかけて虚言を吐かねえ。んなことぐらいテメエも理解してるだろ!」
「あ、アリシア様が……違うっ、何かの間違いだ!」
随分と裏切りの衝撃が大きいのか、耳長族の双眸には涙が溜まっている。彼らにとって裏切りは死よりも重罪とされており、禁忌と言っても過言ではなかった。
「くくく……本当に耳長族と言うのは扱いやすい。単純な馬鹿ばかりだ」
当然この不可解な現象の全てはいのりが引き起こしたものだ。
「【貴方のすぐ傍にいる女の子、アンドラは人間族に情報を売った裏切者よ。……そんなはずがないって? ええ、私もそう信じたかったわ。でも悲しいけど、真実なの。処罰については後々伝えるけど、一先ずこの場は貴方が彼女を断罪しなさい。出来ないって? 辛いのは分かるけど、耳長族の誇りにかけてやらなければならないわ……そう。耳長族の誇りにかけて……良い子ね。裏切者の言葉には耳を貸しちゃだめよ?】」
耳長族間の通信に介入し、アリシア=イーグリアの持つ声色で──まるで仲間に呼びかけるかのように、上空を飛ぶカエデは言葉を紡いでいた。
「かつて父と母が死んだことで傷心していた俺を救ってくれた、姉さんにしか備わっていない唯一無二の能力。そう──姉さんは〝これまでに聞いたことのある声を、人工的な機械音を組み合わせることで完璧に再現することが出来る〟」
要するに携帯電話に似た機能だ。
音声を解析し、限りなく似た声色を再現する能力──『虹色音色』。この力を巧みに使い、耳長族同士で争いを生み出していた。具体的に言うと、アリシアに成りすましていたのだ。顔が見えない通話においては声と番号、話し方で相手を認識する必要があるのだから。
とはいえ、便利な力だが当然弱点は存在している。
初見でしか通用しない上に、対象の間に深い関係(恐怖や信頼など)が存在していることだ。しかし、今回に限っては条件をクリアしていると言えた。実戦に投入したのは今回が初だし、何より耳長族と緑の帝王との間には深く強い信頼が築かれているのだから。
もちろん、同士討ちまで行けば良いほうで、いくらアリシアの声で告げたとはいえ物的証拠がない以上は、相手の反応に違和感を感じる者も多数出るだろう。しかし、耳長族を混乱させ時間を稼げれば十分である。その隙に内密で行動を起こせるし、漁夫の利を狙って虎視眈々と待っても良い。耳長族の行動が遅くなるほど、人間族の勝利へ確実に繋がる。
「ふは、ふははははは……あははははははははははははははッ‼」
圧倒的に有利な戦況に、いのりは天を衝くような哄笑をあげる。カエデの『虹色音色』による被害も合わせると、耳長族の被害は四十人を超えていた。




