【開幕】
第一疑似戦場──周囲は数多の木々に囲まれており、不規則な形の尖岩が簡素な地面から突き出ている。そんなお世辞にも良い環境とは言えない立地の中で、いのりは今まさに時間を確認していた。
背後には黒剣を携えた朔夜がおり、肩にはカエデが乗っかかっている。観客席の状況は大体把握しているつもりだ。開始時間になれば自動的に外界からの音声は閉じられるが、それまでは上空に漂っている超小型観察機から音声は届けられる仕組みとなっている。しかしそれも長くはなく、あと数分もしないうちに開始の合図が響くだろう。
いのりは緊張か僅かに震える手を眺め、普段よりも圧倒的に弱々しい声を漏らした。
「はあ、情けないことだ。柄にもなく緊張しているらしい」
「柄にもなくってのは少し分からないけど、まあ人間らしくて良いじゃないの」
「そうですね。少しぐらい緊張……もとい動揺していたほうが、かえって良いと思います。何か想定外の出来事が起こった際の混乱具合を軽減出来るのではないのでしょうか」
「なるほどな。一理ある……か? まあ面白い考え方だな」
とはいえ、彼女らと話すことでそれも少しは収まったが。
エルメシアの固有権能によって黒の軍団総勢約三千人は既にこの第一疑似戦場に転移している。それにも関わらず、いのりの傍に朔夜しか待機していないのは、ほとんどを初期配置位置まで移動させているからだ。開始前でも一定ラインを超えない範囲での移動は許されていた。
改めて脳内で作戦の最終確認をして時間を潰していると、あと一分と言うところで通信デバイスに無線通信が届く。
《いのり、全部隊の初期配置への移動が完了したぞ》
「分かった。開始の合図まで残り一分もないがそのまま待機だ」
《了解した》
全部隊が初期配置についたという連絡。今朝入手した情報を参考にした配置であり、また敵進行ルートへの距離と時間を考えうる限り最低限に削ったものだ。
いのりは大きく息を吐き、全隊員生徒に向けてオープンチャンネルに通信を切り替えた。
「総員に告げる。これより対耳長族における作戦概要を説明する」
いのりは登録されていた地形情報を小さく手元に投影する。
「第一に本作戦の最終目標は、『緑の帝王』アリシア=イーグリアにある。とはいえ、緑の帝王に関しては俺と朔夜が担うこととなる。故に諸君らにやってもらいたいことは他耳長族の足止め、無力化、殺害である。幸いにも、我が策略によって敵の作戦行動を全て筒抜けにすることに成功した。諸君らの配置も、最も効果的を思われる配置となっている。作戦行動における立ち回りは、俺が直々に指揮することとなるだろう。君たちには俺の指揮に従ってもらいたい」
一方通行の説明であり反応は無いが、全員同意していることが分かる。黒の軍団の面々はいのりに全幅の信頼を置いており、その指示に従わないという選択肢がそもそも無い。
「我々は今日、改革の日を迎える。ここ百年間で前代未聞の日だ。これまで散々痛い目を見せられてきた耳長族に、今度は我々が苦汁を舐めさせてやろうではないか!」
カエデが白翼を広げ、目を見張る速さで上空へと昇り出す。それを見送ったいのりは、揺るぎない意志と熱の籠った言葉で闘争心を駆り立てた。
「これは、天蓋の六種族全てへの叛逆の内の初戦だ。もしかしたら不安に感じる者もいるかもしれない。だが、安心してくれ。俺がいる限り、人間族に負けは無い。君たちに選ばれて俺は黒の帝王となったのだ、その地位にかけて約束しよう。この戦、必ず勝つということを!」
勇敢たれ。彼のカリスマに、黒の軍団自体の士気が高まった。そしてそんな彼から遠く離れたある地点では、これまた同様にアリシアが同胞に向けて鼓舞言葉を送っていた。
「敵は『黒の帝王』一ノ瀬いのり、ただ一人よ。もちろん、道中あいつを守る有象無象に進軍が阻まれるでしょうけど、容赦なく全員殺すこと。躊躇えば、その分こちらに被害が返ってくるわ。でも私たちは仲間を第一に大切にする軍団。同志が窮地に陥っていたら、すかさず助けに入ることを忘れないようにね。その上で、私たちは勝つ。再度繰り返すわ。耳長族を蔑み、嘲笑した一ノ瀬いのりを殺しなさい‼」
緑の軍団は黒の軍団と比べて団員数は少ないが、しかし黒の軍団に負けない程に団員の士気は膨らんでいった。仲間を想う意識の強さが差として現れているだろう。
「「敵を殺しつくせ! 勝つのは俺(私)たちだ(よ)‼」」
同調するように、同時に放たれた言葉。それを引き金として、遂に運命の時が訪れる。
観戦会場に存在する無数の液晶パネルと空間スクリーンが起動し、第一疑似戦場の上空で超小型観察機が俯瞰している映像がリアルタイムで放映され始めた。
「時間になりましたっ。それでは──種族間対抗戦争の始まりです‼」
柳が宣言し、クラウンが「ふふふ♡」と微笑むと同時に、無色透明の輪廻結界が半円球形に第一疑似戦場を覆った。結界内にいる者だけに分かる、魂自体を掌握されているような苦痛ではない違和感が作用する。
もちろん、そんな奇妙な感覚など知らない観客は、今日一番の大歓声を轟かせたが……そしてそれが種族間対抗戦争開始の合図となるのだった。




