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【前夜Ⅰ】

 その後迎えた種族間対抗戦争(ウォーゲーム)前日。

 大注目の戦争が翌日に控えているだけに、話題に上がらないはずがない。しかし、心境についての取材をしたり、押しかけるような真似をして、彼の負担になるような真似はしたくないというのが大多数(マジョリティ)であり、一見すれば普段通りの生活を送っている様に見えるだろう。ここら辺、いのりの慕われ具合が目に見て浮き出ていただろう。

 そして、話題の中心人物であるいのりと言えば……現在、食堂から少し離れた出入口付近の廊下の壁に背を向けて、考え事をしていた。夕日は地平線に沈み切り、既に時刻は夜の十九時である。それと同時に耳を澄ませてみると、食堂からは賑やかな喧噪が伝わってきた。現在、食堂では明日への英気を養うために、一種のパーティーが行われているのだ。参加者は黒の軍団(ブラック・ナンバーズ)だけに限らず人間族の生徒全員に許可されているため、文字通り千人以上の数を誇る。幸いにも寮の食堂は余裕を持って広大に設計されており、それほどの人数を押し詰めたところでまだまだ余裕はあるようだ。

 数時間ほど前、いのりは眼前の光景を見てそれはもう驚愕した。周が秘密裏に考案したものであるらしく、いのりにはサプライズとして敢えて伝えなかったと言う。周らしいが、「費用は経費落ちな」と告げた時の彼の絶望の表情を思い出し、いのりは珍しく無邪気に笑った。


「とはいえ、結構危なかったけどな。周の奴、ああ見えて意外と考えてるもんなんだなあ」


 いのりは余興の一種として行われたチェスの一幕を思い出す。

 ポーカーや将棋、囲碁などが初めは行われ、いのりは未来視の如く読みを発揮し、難なく勝利した。だが、最後のチェスが問題であった。対戦相手は誠也だったのだが……あの馬鹿、適当に打っているだけなのに、何故か一手一手を勝利に繋げてくるのだ。初めての経験で、対応方法が分からず追い詰められた。もちろん、最後には誠也の(キング)を強奪出来たが。


「真正の馬鹿こそ、俺の弱点ということか……いや結構致命的だな」

「そうですね、まさかいのり様を追い詰めるとは。誠也も捨てたものではありませんね」

「朔夜か……気配を隠して近づくなよ。驚くじゃないか」


 独り言のように呟いていると、不意に銀髪を靡かせて朔夜が現われ出る。


「いのり様、準備が整いました。猿飛も配置済みです。いつでも問題ありません」

「そうか。楽しそうに騒いでいる彼らには迷惑を掛けることになるが、明日の勝利のためだと思って割り切ってもらうしかないな」


 いよいよ決行される。運命の一手を仕掛けるための作戦行動が。


「猿飛には悪いことをしたしな、終わったら正式に謝罪をしなければ」

「必要ありません。いのり様のお役に立つために、猿飛自身が選択したことです。謝罪などされれば、かえって事故嫌悪感に苛まれると思います。私ならばそうです」

「そういうものか。じゃあ猿飛の欲しい物を報酬に準備しておくことにするよ」

「ほ、欲しい物ですか。それは非常に羨ましいですね……羨ましいですね!」

「何故繰り返した……まあお前にはいつも助けてもらっているよ。種族間対抗戦争(ウォーゲーム)が終わったら何かするのは吝かじゃない。俺に出来る範囲となるが何でも良いぞ」

「あ、ありがとうございます! 約束ですよ?」


 朔夜は瞳を輝かせながら、喜々とした笑みを浮かべる。いのりはその右腕の様子に微笑ましさを感じたものの、しかし今度は鋭い表情を張り付けて時刻を確認する。


「──五……四……三……二……一」


 日中のうちに学園のメインシステムへのハッキングは済んでいるので、あとは侵入した際に発見した針の先ほど小さい、しかし確実に存在している僅かな惰弱性から遅延型サイバー攻撃を行い、学園の電気供給だけを一時停止させるだけだ。


「刮目しろ、アリシアよ──叛逆の時間だ」


 電気室に設置されている受電設備機器や変電設備機器を始めとする──あらゆる機能が次々と墜ちていく。すると数秒もせず、学園内の至る所への電力供給が停止した。中央校舎を始めとして、ありとあらゆる場所が闇色に包まれる。

 彼の予想通り、唐突の停電に食堂からは狼狽の騒ぎ声が響いてきた。


「いのり様」

「ああ、分かっている。早速猿飛に連絡だな……その後、俺たちは別の仕事をする」


 いのりは耳元から伸びている通信デバイスの電子マイクを意識し、静かにこう告げた。


「猿飛、作戦開始だ」


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