【漏洩】
「──と、言うことよ」
同日深夜、耳長族生徒寮の最上階における会議室内──巨大な長机を跨ぎ、『緑の帝王』アリシア=イーグリアは緑の軍団に所属する同志十名に対してある説明をしていた。彼女の背後では絶対の信頼を置く頭脳役、テュフォン=エイルが無言で佇んでいる。
「……つまり、黒の帝王は明日、この会議室に盗聴器を仕掛けるということですか?」
「ええそうね。その認識で相違ないわ」
厄介気に耳長族の少年が告げると、アリシアは微笑みながら肯定の意を示した。
「しかしアリシア、何故君はその情報を知っているのかな?」
当然生まれるであろう疑念を、今度は堅苦しそうな少女が尋ねる。
人間族寮に六種族の生徒が訪れること自体は可能だが、当然良い顔はされない。忍び込むと言っても耳長族は隠密向きではなく、圧倒的な数が取り柄の人間族のほうがこの場合は有利だ。
「それはね……私が人間族寮に盗聴器を仕掛けているからよ。先手を制したの」
真実、アリシアといのりの作戦は全く同様のものだった。
戦前の下準備の段階で勝負は決まる。それは敵陣に盗聴器を仕掛け、作戦行動を筒抜けにさせるという両陣共に違反行為のものだが。しかし、実際に行動に移すのはアリシアのほうが断然早かった。あの円卓会議の日の深夜のうちに、彼女は盗聴器を仕掛けていたのだ。
「少し捻って考えれば良くてね、人間族の厄介なところはその圧倒的なマンパワーよ。だったら誰もが寝静まった深夜なら、その利点も生かすことは出来ない。実際簡単だったわよ?」
「「「「おおぉ……」」」」
以前のアリシアであれば、誇りにかけて卑怯な真似はしなかったはずだ。しかし、円卓会議を境に仲間を守るためならば、少しぐらい汚い手段に手を染めるのも厭わないと思考するようになった。もちろん、耳長族としての自尊心を捨てたわけではない。ただ単に、自身の誇りよりも仲間の被害を最小限に収め、確実に勝利することを優先しただけだ。
(ふふふ、これはいのり……あんたが仕掛けてきた喧嘩よ。あんたも同じことを考えていたのだし、当然文句は言えないわよね。ああ、悔し顔がまじまじと目に浮かぶわ)
その仕掛けた盗聴器で、猿飛といのりの会話を全て盗聴した。いのりは皮肉にも、自らの手でアリシアに作戦を漏洩させてしまったのである。
「これで奴らの狙いは筒抜けとなったわ。確かに、私がこの手を取らなければ危なかったのは事実で、あの男の思い通りに事は運んだでしょうね」
「一億もの金を使ってまでの作戦だ。向こうとしては相当痛手だろうな」
「そうね。おそらく学園長は金銭自体には興味はなく、むしろはした金と思っている節すらある。でも、始業式典で言った通り金も力のうちの一つだわ。それを聞き逃さず、作戦の一つに組み込んだ一ノ瀬いのりを評価したのでしょう。だから学園側に報告したところで、黙認の姿勢には変わりないと思うの。期待はしない方がいいわね」
数秒も経たずして、今度は内気そうな容貌を持つ耳長族の生徒が挙手する。
「それで、結局のところどういう手段をとるのですか……?」
情報を入手したまでは良い。最も大事なのは、それをどう有効活用するかである。
「そうね。邪魔するのも可哀想だし、盗聴器を仕掛けさせてあげることにしたわ」
「「「「──ッ⁉」」」」
その決断に、この場の耳長族は──テュフォンを除き──誰もが驚愕に瞠目する。
「ご冗談を……わざわざ敵に情報を渡そうというのですか?」
貴重な情報を握っているのにも関わらず、妨害をしないで敵の狙い通りに事を運ばせる。その選択が悪手であると思ってしまうのは不思議ではない。
「君たちの考えは間違っているな。何も馬鹿正直に作戦を教えようってわけじゃない」
瞳を閉じるテュフォンに続いて、アリシアが艶めかしく不敵な笑みを浮かべた。
「敢えて情報を教えてあげるの、当然虚偽のね。一ノ瀬いのりはそれが真実の情報だと思い込み、それをもとに作戦を立てるはず。あいつが絶望する顔は直接見たいから、途中までは敢えて盗聴させたその作戦通りに動き、有頂天になってから本格的に叩き潰すって算段よ」
いざ集団戦闘においては、様々な部隊が多岐な戦闘行動を行う必要がある。もちろん、いのりは偽の情報を掴まされたことに気付くだろう。しかし、時すでに遅し。その時には既に部隊を広範囲に散りばめており、再度収集を掛けるのにも多大な時間を必要とする。
その隙を突いて『黒の帝王』を潰せば良い。朔夜の実力のみが不明瞭だが、人間族である以上大した力量ではないだろうとアリシアは踏んでいた。
「学園側は所詮当てにならない。私たちの団結力で一ノ瀬いのりを出し抜き、あの綺麗な顔が絶望に歪むのを拝んでやろうじゃない。耳長族に無礼を働いたことを後悔させてやるわ!」
「「「「おおおおッ‼」」」」
薄暗い会議室で、アリシアたちが自らの勝利を確信している中。
(しかし何か、何か重要なことを見落としているような……一体この不安感は何だ?)
何故か警鐘を鳴らす自身の第六感に、テュフォンは一抹の不安を覚えていた