【朝の一幕Ⅰ】
朝日が昇り、太陽が放つ陽光が窓から差し部屋内部全てを照らす。
それによりその部屋が床は木板、壁は白色に塗装された石膏ボードというありふれた造りになっていることが分かるだろう。何処にでもありそうな普通の部屋だが、特徴と言えば全体的に見て質素すぎるという点だろうか。
学生寮とあって、もちろん移住者は学生である。普通ならば自身の趣味に関連するものや小物を飾ったり、部屋に色を付けたりする者が大半であるはずだ。しかし、この部屋に存在している家具と言えば、小さな机を初めとした本当に必要最低限のものしか揃っていない。食事用の椅子すら存在していないのだ。
「時刻は……丁度七時か。まだ少し早い気もするが、まあいいかな」
差し込む朝日に対し、眩しそうに目を細める黒髪黒目の整った顔立ちの少年。
彼の名前は一ノ瀬いのり。ちょうど今日、三年に進級するこの学園の生徒だった。そう。本日、四月七日は大講堂で始業式典が行われる日なのである。新学年としての一年が始まると同時に、数えるのも億劫になるほどの新入生の学園生活の門出が立つ日であるのだ。
「……面倒臭い。分かってはいたが、やはりやることが多すぎて肩がこりそうだ」
一般生徒からすれば、始業式典と言っても適当に過ごしていれば自然と終わっている程度の行事でしかないだろうが、いのりは少々特殊な位置づけにおり、そうも言っていられない。
「あ……そういえばあいつのところにも顔を出しておかないとな。幸い時間に余裕はあるし、今後のことも話していくとするか」
時間に余裕があることを確認すると、部屋を出るための準備をさっそうと済ませる。部屋を出ると言っても、大講堂まで向かうのではない。言葉の通り、その前に会わなければならない人物がいる。
「しかしな……」
いのりは鏡を見ることなくネクタイを結びながら、数多の苦々しい記憶を探る。
この学園は普通とは到底かけ離れており、外の法律は原則的に通用しない。学園がまるで一つの独立した国のようになっていると考えると良いか。とにかく、そんなこともあって普通に武器開発が行われていたりする。
いのりが苦渋の表情を見せたのは、その武器開発を専門とするチームの第一責任者であるとある人物を思い浮かべたからだ。彼からはこれまでに散々意地悪をされてきているので、どうしても言葉に詰まってしまった。
「まあ今回は大丈夫だと信じたい。……剣呑だが」
そう呟いたが、いのりはますます行き場のない不安に駆られる。
「これでまたふざけてた日には、本格的に罰則の内容を考えなければいけないな」
漆黒の記章を右胸につけ、黒色を主体とした制服を完全に着こなしたいのりは、貴重品や携帯デバイスを持って部屋を出る。旧式の鍵穴ではなく、携帯デバイスを用いた電子ロックがこの寮での戸締りだ。
別に特段急いでいるわけではないが、早く到着して損はあるまい。いのりは誰もいないはずの部屋に対し「いってきます」とだけ告げ、歩を進めた。