【困惑】
人間族と耳長族の種族間対抗戦争の情報は、瞬く間に出回った。
特に衝撃を受けたのは、やはり人間族の生徒たちだ。まぁ戦力差が何となく分かっているだけに、それは仕方のないことなのだが。いのりの支持率は非常に高いが、唐突かつ衝撃的でなことに、「何をやっているんだ」と懐疑的な考えを持つ生徒が出るのは至極真っ当だった。
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「おいおいっ、一体どういうことだよ⁉」
翌日、昼休憩の時間──理解しがたい表情の誠也がいのりに差し迫っていた。
クラスメイトはいのりに対してどう声を掛ければ良いかが分からず、朝からずっと遠目で困惑の視線を送るばかりである。とはいえ、事情を知りたいと考えるのは仕方ない。現在、そんな彼らを代表して、比較的近い距離にいる誠也と若葉がいのりと問答していたのだ。
「どういうこと言われても……出回っている情報通りとしか言いようがないが」
いのりが淡々と述べれば、若葉が窺うような視線を投げかける。
「いのりが過激な思考を持っていることは何となく気づいていたけどさ、でも新入生も入学してきたばかりのこの時期に事を起こすってのは……本気なの?」
「当たり前だ。だが若葉の考えは少し間違っているな。この時期だからこそ意味がある」
「つまり、耳長族にも同様のことが当てはまるってこと?」
「そうだな。それが全てではないが、そういう考えがあったのは確かだ」
新入生は軍団の在り方についてまだ理解できていない部分が多い。種族間対抗戦争の経験面では人間族が劣るが、総合的に見た際の理解度でのアドバンテージは黒の軍団にある。
「……お前の突発的な行動には慣れてるけどよ、今回のは流石に驚いたぜ?」
「そうか。あぁもちろん、お前たちにもきちんと働いてもらうからな」
誠也と若葉は両名共に黒の軍団の一員であり、変えの利かない貴重な戦力である。未だに実戦の経験は無いが、訓練の際は好成績を収めているし、数少なく貴重な頼れる存在だった。
「一応聞く。質的に彼我の戦力差は結構やばいと思うんだが、勝ち目あんのか?」
誰もが最も知りたいであろう結論を真っ直ぐに誠也が尋ねた。一体どんな答えが返ってくるのか、この場の全員が固唾を飲んで密かに耳を傾ける。
「当たり前さ。というか、勝ち目もないのに戦争を仕掛けるなどただの馬鹿だ」
自信満々のいのりの返答を聞き、この教室が安堵で満たされたのは気のせいではあるまい。
「ふうん──そうかい。ならいいけどさ」
「……それだけか? 俺的にはもっと騒がれるものだと思っていたんだがな。いくらなんでもすんなりと受け入れ過ぎていないか?」
いのりの考えは決して間違ったものではなく、現に生徒間では深い困惑が広がっているのだし、いくら親しい間柄とは言っても、言葉だけで納得させるのは難しいと考えていた。
「いのりは頭良いけど少し抜けてるね。確かにみんな混乱しているけど、それは事が急進し過ぎたからであって、多分数日もしないうちに通常通りに戻ると思うよ。むしろ、あのいのりがついてるって自信をつけ始めるだろうね。いのりは自分の支持率を甘く見過ぎだよ」
若葉はいのりの妄信者ではない。その冷静な彼女が言うのだから、その通りなのだろう。
「その通りだぜ。さっきの自信満々な受け答えもすぐに広まることだろうしな」
「ん……クソ誠也にしては鋭い。それも安心材料の要因の一つになると思う」
誠也と若葉はともに笑顔を見せる。そんな彼らに対し──決して口には出さないが──いのりは胸中で「良い友を持ったものだ」と気恥ずかしく考えた。
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その後三日が経過する頃には──若葉の言った通り、生徒間での困惑や混乱といった感情はかなり消え失せていた。もちろん、誤差は誤差でも良い誤差だったので焦る必要な皆無だが。
というか、激励の言葉が送られるまであった。半数以上が怜のように不当に暴力を受けていた生徒からだったが、生徒たちの努力のお陰か、この頃には順調に打倒耳長族の風潮が強まっていた。要するに少し誤差はあったが、結果だけ見ればいのりの思惑通りである。