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【予想外の事態Ⅱ】


「あら、ごめんなさ…………い……」


 一切合切隠されることない美しき裸姿──朔夜並みに釣り合いの取れたスタイルを視界に収めたいのりは、驚愕と困惑に情報処理が追い付かずその場で硬直する。そして向こうもまるで時間が停止したかのようにその動きを止めた。

 しかし、せめて何かで隠してほしいというのがいのりの切実な考えだった。豊満な胸を含む女性の象徴がまともに見えてしまっている。


(何なんだこの状況は……っ。いや、それよりもこれは非常にまずいッ!)


 相手がただの女子生徒であれば、いのりは甘い言葉と魅力を総動員させ、隠蔽しようと試みるだろう。成功もするはずだ。だが、今回に限ってはそれは不可能だ。

 何故なら、眼前の女子生徒こそ──『緑の帝王』アリシアその人であったのだから。


「な、な、な…………」


 凍結していた時間が動き始めた。アリシアは素早く胸前で両腕を交差させ完全守備形態の姿勢を散りながら、いのりを鋭く睨みつける。瞳の僅かな涙とともに、処女雪のように白い頬がみるみるうちに赤く染まっていった。


「何であんたがこの更衣室に入ってくるのよおぉ⁉ 一ノ瀬いのりいいいいぃっ‼」


 いのりは大股で外に出て電光掲示板を確認する。

 すると当然、そこには男性を表すマークが表示されており、この更衣室が男子生徒のものであることを証明していた。そうなるとアリシアが間違っていることになるが、いのりは目の前の緑の帝王が電光掲示板の表示を見間違えるという間抜けな間違いを犯すとは考えにくく、少しばかり疑問に思ってしまう。


(何だ、この拭えない感じは。まるで人為的に第三者に意図的に操作されているような)


 だがその考えも、アリシアが固有刻印を展開させてことですぐに綺麗に消え去る。

「裸を見られた程度で固有刻印を使うだとっ、馬鹿かお前は⁉」


「何よ……何よ何よ何よ、裸を見られたぐらいってっ。私始めてなんだけど⁉ しかもよりにもよってあんたに見られるなんて一生の恥よ、ここでぶっ殺してやるわ‼」

「相変わらず人の話を聞かない女だ!」


 麗しい表情を屈辱に歪め、プルプルと震える彼女の姿は非常に美しい。いのりも男で性欲が無いわけではなく、自身の体が熱を帯びたように熱くなるのを感じる。

 だが、唇を噛み締めて煩悩を脳裏から打ち払うと、一心不乱に走り出した。


「くそっ‼」


 間一髪だった、いのりを捕らえようと樹木の群れが強襲するのを何とか回避する。


「男らしくないわねっ。逃げるんじゃないわよ!」

「黙れっ、お前相手に真正面から戦うなど論外だ!」


 アリシアは一糸まとわぬ姿とあってその場から動くことが出来ないために、いのりはみるみるうちにに彼女から距離を引き離していく。


「くっ……くそっ。しかし、このままでは不味い」


 疾走ながらに背後を確認すれば、数十の樹木が生物のように廊下を侵食してきていた。ゴルゴスとヤルジースが赤子に見えるほどアリシアの固有刻印は卓越しているだろう。幸いにもこの階層は曲がり角が多く、入り組んだ構造となっているため、方向を調整することで捕捉されずに済んでいる。そして、アリシアが動揺しているということも大きな要素だ。もしも冷静な判断が出来ているのならば、既に十回は捕まえられている。


「このフロアの構造と奴が初心な乙女だということに救われているが……だが」


 それらを以てしてもなおアリシアの固有刻印は凄まじく、段々と体に刻まれる傷跡が増えていく現状には焦燥を感じざるを得ない。


「ふっ……はっ、はっ……うおっ⁉」


 乱れる呼吸に一瞬だけ意識を乱してしまい、その隙を突かれて樹皮が肩を掠めた。掠めると言っても殆ど抉られており、鮮血が辺りに巻き散るが、いのりは歯を食いしばることで痛みを我慢し、忌々し気に視線を張り巡らせる。


(仕方ない。当初の計画に反することにはなるが、あれをここで使う!)

 

 いのりが懐から取り出したのは、遠隔式の起動スイッチ。


「まさかここで使うことになるとはな……何という体たらくだ!」


 いのりが頂上のボタンを親指で押し込むと、廊下と言う通路空間の至る場所から膨大な量の──非常に粘性の高い──着色ガスが勢いよく噴射された。

 猿飛の煙幕とは密度も規模も根底から違う。遠隔操作をしているアリシアは、樹木に異物が纏わりつく様な違和感を覚え困惑する。それに伴い数十の樹木も一瞬硬直した。


(やはりそうか、樹木の操作方法は視覚ではなく触覚に近いもの。この硬直時間と具合から確信したぞ! そしてそれは厄介だが、十分対応できる!)


 いのりは内心で確信し、迷いのない動作で付近の窓ガラス目掛けて体当たりをした。


「な、何だ⁉ 誰かが三階の窓ガラスを突き破って出てきたぞ‼」

「あれは……一ノ瀬いのりだ‼」

「えええっ、いのり先輩⁉ 何やってるんですか、怪我しちゃいますよ⁉」 


 庭園にいた生徒のほとんどが、余りの展開に狼狽する。


(くはっ、こうなればアリシアと言えども諦めざるを得ないだろう!)


 いのりの狙い通り、既に樹木は煙幕を振り払っているはずだが、中央校舎内から彼を追撃する気配はない。この大衆の中でいのりを襲ってしまえば、それは客観的に見た場合に一方的な私闘と解釈されしまうからだ。いのりとアリシア、両名が校則に違反することとなる。

 もちろん、状況は予断を許さない。いのりの身体能力では地面と接触した瞬間、軽傷では済まない怪我を負う可能性が高いからだ。だがその上で、いのりは胸中でアリシアが悔し顔で歯噛みする想像し、ほくそ笑んでいた。


「あの性格上、今も俺のことをどこかで見てくれているはず……頼むよ、姉さん!」


 いのりが空中で声を張り上げると、「任せなさい」と言う呟きとともに、屋上で待機していたカエデが隼の如く俊敏に彼のもとまで飛翔していった。速度を落とすことなく、その短く細い二本足でいのりの制服の首根っこを掴み取り、更に翼を広げて高度を上げる。


「全部見てたけど、災難だったわね」

「姉さん……見てたのなら、自発的に助けてくれても良かったじゃないか‼」

「ふふふ、ごめんなさい。アリシアの反応が可愛くてね、もちろん貴方のも」

「可愛いって……いやまあ良いけどさ」


 カエデからそう告げられて、いのりは柄にもなく羞恥に頬を紅潮させた。


「はあ……今日はもう帰ろうか、姉さん」

「そう? まぁあなたがそれで良いなら別に良いけど」


 本来の予定では他にも数個の仕掛けを画策するはずだったが、アリシアの裸体を見てしまったり、その上固有刻印(オリジナル・スペル)から逃げ回ったりと疲労が溜まっているのである。中央校舎の被害は、証拠を残さないためにアリシアが対処するはずだ。

 いのりは様々な反応を示している庭園の生徒たち──彼らの対処方法に頭を悩ませた。


 ■


 ちなみに事の原因は。


「周……貴方は一体何をやっているのですか?」

「ひひひっ、〈聖母の弾丸(バレット・オヴ・グランマ)〉と並行して開発していた特殊電子攻撃デバイスを試運転してるのさっ。一定の電磁波を発している機器に対して、欺瞞攻撃することを主な目的としている! ぐひゃひゃひゃひゃ、こりゃあ凄いぞぉ! これからは僕の時代だっ、きゃきゃきゃきゃ‼」

「……寝不足と疲労でついに周が狂ってしまいましたか。そろそろ捨て時ですかね?」

「誰のせいだと思っているんだぁ⁉ だいたいさっ、君たち(特にいのり)の要求は無茶が過ぎるんだよ! 僕がこんなハイになっている原因はいのりが八割、君が二割だからね⁉」

「はいはい、と言うか大丈夫ですか? 煙出てますけど」

「え……うわああああああっ! 不味い不味いっ、せっかく頑張って作ったのにぃ──」

「あ、爆発しました」

「ぎゃああああああああああああっ、僕の努力があああああああああああっ‼」


 後日、電光掲示板の誤作動の原因が分かり、周はいのりにこってり絞られることになる。


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