第4話【これからも】
「もーえろよもえろーよー」
ごうごう、
ぱきぱき、
「ほのおよもーえーろー」
ごうごう、ぱきぱき。
ばきばき、ばき。
「ひーのこをまきあーげー」
「呑気なものね」
紅蓮の炎に包まれた旧校舎を眺めながら、鬼灯は校庭に体育座りをしていた。
ポリタンクの灯油は、旧校舎を燃やす為に撒かれた。
建物一棟を燃やすほどの灯油はなかったはずだが、木造校舎だから勢いよく燃えるのだろう。紺碧の夜空を明るく照らす旧校舎は、次第に瓦礫の山と化していた。
旧校舎の地下に放置されたあの白い鬼と共に、入祢由縁の身体も焼かれることだろう。盛大な火葬だ。炎など通じるのか不安だが。
「あの鬼が生きていると思わないの?」
「何だ、鬼灯よ。オマエは聞こえていないのか」
呑気に歌っていた銀髪赤眼の男子高校生――ユーイル・エネンは愉快そうに笑いながら燃える旧校舎を指で示す。
鬼灯は試しに、燃える旧校舎に耳を澄ましてみた。
壁を、床を、天井を、何もかもを燃やし尽くして壊れていく旧校舎から気味の悪い断末魔が聞こえてくる。
――おおおお、おおおおおお。
――おおおおおお、おおおおおおおおおおお。
あの白い鬼が苦しんでいるのだろうか。
そうだとしたら、鬼灯は心の底から「ざまあみろ」という言葉を送る。あんな悍ましい生物など、この世に存在してはならないのだ。
鬼灯はゆっくりと立ち上がると、
「終わったのね」
「そうだな」
終わったのだ、旧校舎との戦いが。
旧校舎の真下にある地獄の門は、果たしてどうなるのだろうか。生贄となっていた入祢由縁が燃やされ、肉の柱がなくなると、やはり開かれてしまうのだろうか。
多くの幽霊が解き放たれれば、月無町はどうなるだろう。幽霊が見えない人間にとっては何の変化もない普通の生活を送ることになるだろうが、鬼灯のように霊感のある人間は増えた幽霊に対して恐怖を覚えることになる。
ところが、ユーイルは「まあ平気だろう」とあっさりしたものだった。
「旧校舎に巣食っていた幽霊どもは、地獄の門に落ちていくだろうよ。鬼は燃やされてどうなるか知らんが、まあ普通の人間にはまず認識できないものだからな。放置しておいても構わんだろう」
「そう」
「幽霊どもも地獄の門を通じて死後の世界に行くのではないか? 今までは鬼の奴に塞がれていたからな、幽霊などあるべき場所に帰るべきだ」
「貴方は?」
鬼灯はユーイルを見据え、
「貴方はどうするの? その持論だと、地獄の門を通じて死後の世界に行かなければならないんじゃないの?」
「オレは別だ。この世にはまだ怖い話や幽霊が起こした事件が山ほどある、全部食らってやらねば気が済まん」
それから小声で「思った以上に鬼が不味すぎた、どうせなら口直しがしたいものだ」と呟いたのを鬼灯は聞き逃さなかった。
何だ、これからも同じなのか。
この銀髪赤眼の男子高校生に幽霊を引き寄せる特異体質を利用され、食事を提供することになるのか。またいつもと同じ日常が始まるようだ。
鬼灯は、どこか安堵していた。餌となる幽霊を探す、この日常が続くことを。
「ユーイル」
「何だ、鬼灯よ」
「明日は何を食べる?」
「そうだな」
ニヤリと楽しそうに笑ったユーイルは、
「とりあえず、何か美味そうな幽霊を片っ端から」
――これからもよろしくな、鬼灯よ。
銀髪赤眼の男子高校生が、聞こえるか聞こえないか程度の音量で呟いた言葉は鬼灯の耳に届かなかった。
火事を発見した誰かによって消防署に通報が届き、消防車が赤い光を放ちながら××高校の側まで迫っていた。その音によって掻き消されてしまったのだ。
ああ、これからも迷惑を被りそうだ。
「はあ……」
事情聴取や逮捕なんてことになりたくないので、鬼灯はため息を吐いてその場から逃げ出すのだった。
☆
これからも、幽霊は絶えず鬼灯に引き寄せられていくことだろう。たとえ旧校舎がなくなったところで、その運命は変えられない。
それでも鬼灯は「それでいいや」とさえ思えるようになった。
彼女の隣には、いつだって幽霊を食らう銀髪赤眼の悪霊が憑いているのだ。引き寄せられれば最後、彼の食事と成り果てる。
旧校舎の焼失と同時に潰えるはずだった関係は、これからも継続されていく。




