第9話【鬼】
二階は比較的、薄ぼんやりとしている印象だった。
歩けば廊下は軋んだ音を立て、立ち並ぶ教室の扉が鬼灯とユーイルの二人が通り過ぎるたびに開いたり閉じたりを繰り返す。
扉の向こうから様子を窺う虚な目をした子供たちが原因だろう。真っ白な制服はまるで死装束のようで、硝子玉のような眼球が鬼灯をじっと見つめてくる。
からから……たんッ。
からから……。
からから……たんッ。
すぐ近くにあった教室の扉が、閉じては開いてを繰り返している。子供たちの幽霊も、怖がらせることが目的ではなく遊んでいるようにも見えた。
「これほど幽霊が集まるって……旧校舎の跡地は墓地だったの?」
「さあな。それについては謎に包まれている」
先導するように薄暗い廊下を歩くユーイルは、足を引き摺りながらひたすら謝罪をする男性教諭の幽霊を横目に見ながら言う。「美味そうだな」などと言っていたのを聞き逃さなかった。
そういえば、珍しいことだ。
これほど幽霊がたくさんいるのに、ユーイルは幽霊へ手を出していないのだ。彼の目的はあくまで旧校舎に巣食う何某なので、旧校舎を食うまでは何も食わない勢いなのだろうか。
「…………少しぐらい味見をしても、いいやダメだ旧校舎を食うまでは何も食わんと決めたのだ。胃もたれしては敵わん」
「胃もたれなんかしないじゃない」
「旧校舎はかつてのオレでさえ食えなかった代物だぞ。胃もたれするかもしれんだろう」
「邪神まで食べておいて?」
不思議な感覚である。人々から忘れ去られたとはいえ、元々は神様だった邪神様まで食べておきながら旧校舎を食うことがそれほど難しいのか。
「旧校舎に幽霊が集まるのは今に始まったことではない。理由は分からんがな」
「ユーイルでも分からないことってあるんだ」
「オレの時はすでに旧校舎は旧校舎として存在していたからな。幽霊が出現する旧校舎、絶対に立ち入ってはいけない場所として語られていた」
ユーイルも生きていれば黒海音弥と同い年だ、三〇代や四〇代と言ってもいいだろう。
それよりもさらに前から旧校舎として存在するのか。木造の校舎だから想像は出来るが。
――旧校舎の方が年上と考えると、それはそれで何か嫌な感じがする。
「旧校舎に何がいるって言うのは分かるがな」
「え?」
「オレは旧校舎にいたからな。何度か奴の姿を見かける機会があったが、あくまで予想でしかない」
廊下の奥に横たわる闇を見据えながら、ユーイルは足を止めた。
鬼灯もそれに倣って、足を止める。
純銀の髪が流れる背中には、何か恐ろしいものを感じ取った。その向こうにいる何かを睨みつけているような。
「鬼だ」
ユーイルは短く告げる。
「鬼だ、旧校舎に巣食うのは」
「鬼……」
その存在を確かめるように鬼灯は口の中で言葉を転がすと、
「ほう、よく分かったな」
聞き覚えのある声が闇の奥から響き渡り、鬼灯の心臓が縮こまる。
それは紛れもなく、ここにいる銀髪赤眼の男子高校生と似ているもので。
その偉そうに聞こえる口調すらも、ユーイル・エネン――いいや入祢由縁そのものを感じさせた。
ぎぃ、ぎッ。
闇の向こうから足音が響く。
経年劣化によって腐りかけた床板を軋ませて、底知れぬ闇の向こうから姿を見せたのは黒髪の男子高校生だった。
ユーイルとよく似た××高校の男子生徒用の制服を身につけ、肩口まで伸ばされた黒髪が歩くたびに揺れる。鬼灯とユーイルを眺める黒曜石の瞳と、容姿だけを重要視する女子生徒なら放っておかない端正な顔立ち。
髪色も、瞳の色も、何かもが違う。
それでも、鬼灯は黒海音弥から見せてもらった卒業アルバムに掲載されていた写真を思い出した。
「入祢、由縁」
ユーイル・エネンの元となった人物――入祢由縁がそこにいた。




