第7話【階段】
「二階……」
鬼灯は闇の向こうに伸びる階段を見上げた。
木製の階段は、段差の部分が微妙に穴が開いたボロボロの状態である。段差に足を乗せた瞬間、段差に穴が開いて足が持っていかれるとかないだろうか。
いいや、そもそも階段にまつわる怖い話は多く存在する。上っている最中に段差から腕が伸びてきて阻害するとか、それぞれの階段で段差の数が違うとか、怖い話は多岐に渡る。
幽霊が犇めくこの旧校舎の階段だ、きっと恐ろしい目に遭うことだろう。
「放課後はよく階段を上っていたけれど、あれはユーイルがわざわざ玄関まで迎えにきてくれたし……」
鬼灯は、自分が旧校舎を訪れた頃を思い出す。
ユーイルと初めて出会ってから何度か旧校舎を訪れたが、その時はユーイルがわざわざ迎えにきてくれていたのだ。「よう、鬼灯よ」などと言って神出鬼没な登場の仕方を見せたものだ。
夜に階段を上るのは初めてのことかもしれない。何が起きるか分かったものではない。
ユーイルは段差に足を乗せ、
「ああ、気をつけろ鬼灯よ」
「何がよ」
「落ちてくるぞ」
え、と鬼灯が階段を見上げた。
階段を上り切った先には、首のない女子生徒が立っていた。真っ黒なセーラー服に、ボロボロの靴下と革靴。両腕で何かボールのようなものを抱えている。
よく見れば、それは目をカッと見開いた少女の首だった。おかっぱ頭に口の端から血を流し、血の気が肌から完全に失せた生首である。
ごとん、ごとん。
女子生徒の手から、少女の生首が滑り落ちる。
少女の足元を転がっていた生首が、ゆらゆらと揺れる。
目をカッと見開いた状態で、女子生徒の足元から転がって階段を跳ねながら落ちてきた。
ごと、ごとん、ごと。
ごと、ごとと、ごとん。
――ごろごろごろ……。
鬼灯の足元まで転がってきた少女の生首は、カサカサの唇を動かす。
「どうして落としたの……」
その声はそこはかとなく恨みに満ちていた。
「どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして」
何故、首を落としてしまったのかと。
「どうして、どうして、どうして、どうして、どう」
「邪魔」
鬼灯は生首をむんずと掴むと、旧校舎の廊下めがけて投げつけた。
足元に転がってきた時点で悪意があるように思えたのだ。
鬼灯は一応、現在は××高校の女子生徒用の制服を着用している。つまりスカートなのだ。恐怖よりも、覗かれているようで不快なのだ。
闇の奥に消えていく生首を追いかけて、首をなくした女子生徒が慌てた様子で階段を駆け下りていく。首を落としてしまったのが運の尽きだ、
「鬼灯よ」
「何よ、ユーイル」
「意外と乱暴だな?」
「貴方とほぼ毎日のように心霊スポットへ行ってるからかしらね」
ユーイルへ食事を提供する為に心霊スポットを巡りに巡っていたので、もう幽霊に対する耐性のようなものが出来ていたのだ。残念ながら、あの程度では怖がらない。
そりゃ鬼灯も人並みに怖がることはある。廊下を進んでいった黒い泥のような怪物や、後ろから追いかけてきた膝から下しか存在しない男子生徒や、暗闇の中から這い出てきた女性とか、怖いものは怖いのだ。
しれっと鬼灯は階段を上り、
「二階に行くんでしょう?」
「そうだが」
「じゃあ早く行こう」
「それよりも鬼灯よ」
ユーイルは階段の上を指で示し、
「まだ来るぞ」
「え?」
振り返った先には、階段を這いずりながら駆け下りる男子生徒と目が合った。四本の腕と足だけではなく、脇腹から追加で四本ほど腕を生やした百足のような格好をしていた。
左右に引き裂けた口から赤い舌が垂れ、硝子玉のように虚な眼球で鬼灯を見つめる男子生徒は「キキキ、キキキ」と笑っていた。
首のない女子生徒で終わりではないのか、階段の話は。
ぎ、ぎぃ、ぎぎ。
ぎし、ぎッ、ぎーッ。
ささくれの目立つ指先で段差を掴み、身を乗り出してくる男子生徒から逃げるように鬼灯は階段を駆け下りた。
「何で言ってくれないの!?」
「旧校舎の幽霊どもは別にオレの手下でも何でもないからなぁ。まさかこんな奴がいるとは」
「他人事!!」
奇声を上げながら階段を駆け下りてくる気持ち悪い男子生徒めがけて襟首を掴んだユーイルを放り投げ、鬼灯は何とか二階の踊り場まで繋がる部分まで階段を上ることが出来た。




