第2話【月無町総合病院】
放課後、鬼灯に行く場所が出来た。
「すみません、黒海音弥という男性の方がこちらに入院されていると聞いたのですが」
「はい、そちらの患者さんは五〇八号室ですね。相部屋となっていますので、一番奥の窓際のベッドにいらっしゃいます」
受付にいた看護師さんに聞いて、鬼灯は病室の場所を聞き出す。「ありがとうございます」と頭を下げて、目的の場所を目指した。
手にはきちんと『お見舞い』と銘打たれた袋を抱えている。この場所には誰かのお見舞いに来たということが明らかだった。
受付を通り過ぎた鬼灯の横を、患者用の服を着た老爺が点滴の台座を引き摺りながら徘徊する。他にも車椅子に乗った患者や椅子に座って談笑する患者同士など、様々な事情を抱えた病人の姿が確認できた。
彼らもまた、ここに入院している患者の一人なのだろう。快方に向かっているのであればいいのだが、一向によくならない場合はどうしたらいいのだろう。
ここは月無町総合病院――月無町にある、唯一の総合病院だ。
「おお、凄いな鬼灯よ」
お見舞いの品を抱える鬼灯の後ろをついて回る銀髪赤眼の男子高校生、ユーイル・エネンは興奮気味に言う。
「見てみろ、あそこを。幽霊が佇んでいるな」
「…………」
ユーイルに示された方向を見やると、そこは病室だった。病室を使用する患者たちを興味深げに眺める、ボロボロの看護服を着た女性がユーイルと鬼灯の存在に気づいた。
ボサボサの髪で、額から血を流した無惨な姿を晒している。半分だけ透明になっていて、なおかつ周りの人間が気づいている素振りを見せないので、幽霊で間違いないだろう。
鬼灯はボロボロな姿となった看護師の幽霊から視線を外し、
「ユーイル、食べてきていいわよ」
「本当か。やったぜいただきます」
どこからともなく銀色のナイフを取り出したユーイルは、看護師の幽霊に突撃していった。あっという間に看護師の幽霊は首を掻き切られ、溢れ出る黒い靄を吸われてユーイルの食事となった。
よく見れば、確かにたくさんの幽霊が病院内にいる。
ここに入院している患者と同じぐらいはいるのではないだろうか。むしろ見えていないのをいいことに、患者の中に紛れて話を聞いていたり、病室を覗き込んだりしている。
車椅子を押す老婆の患者について行く小さな子供の幽霊、床を這いずり回る足があらぬ方向に折れ曲がった男性の幽霊、エレベーターの前に居座る首が折れた女性の幽霊など、両手の指では数え切れないほど幽霊が病院内にいた。
「……この病院、何でこんなに幽霊が多いんだろう」
鬼灯は、月無町総合病院に集まる幽霊の多さに首を傾げるのだった。
☆
「こんにちは、黒海先生。具合はどうですか?」
「幽ヶ谷か、わざわざ見舞いに来てくれるなんて悪いな」
看護師さんから指示された病室を覗き込むと、ちょうど見知った男性がベッドに寝そべっていた。上半身を起こすぐらいには回復しているようだが、腕からは点滴の管が伸びている。
生物教師の黒海音弥だ。実は数日前から胃炎と熱中症で入院してしまい、鬼灯は彼の見舞いに来たのだ。
お見舞いの品として購入したものを音弥に手渡す鬼灯は、
「フルーツの盛り合わせは高いので、桃を買いました。すみません」
「いや、大したことじゃないのに見舞いの品まで持ってきてくれてありがたいよ」
「黒海先生にはいつも助けられてますので、せめてものお礼です」
大人である音弥には、色々と世話になりっぱなしなのだ。特にユーイルに関連することでは迷惑をかけている。
せめてもの恩返しが出来ればと思って見舞いに来たのだ。多分、これからも迷惑をかけてしまうと思うから。
音弥は「妹の件でこっちも世話になったからな」と苦笑し、
「ところで幽ヶ谷」
「はい」
「お前、大丈夫か?」
「はい?」
唐突な音弥の意味不明な質問に、鬼灯は首を傾げた。
「いや、あのな。ここって幽霊が多くいるだろ? お前に引き寄せられないか一応、まあ、心配でな」
「大丈夫ですよ、黒海先生」
鬼灯はそう言って、病室の隅を指で示した。
そこには眼球が片方だけ取れた男の幽霊に馬乗りとなり、銀色のナイフで丁寧に切り分けながら食事をする銀髪赤眼の男子高校生がいた。
彼の存在は、普通の人間ではまず認識できない。せいぜい今際の際を彷徨うお爺ちゃんとかお婆ちゃんとかが認識するだろうが、その程度だ。彼の不気味な食事を目の当たりにしなくていい。
何やら呻き声が聞こえてくる男の幽霊を足蹴にし、ユーイルは口の端からはみ出た幽霊の指先を口の中に押し込みながら振り返る。
「何だ、音弥よ。鬼灯もオレに何か言いたいことでもあるのか?」
「ううん」
「そうか」
ユーイルは鬼灯が特に何も言うことはないと告げられ、大人しく食事に戻る。
「ご覧の通り、ユーイルがいるので大丈夫ですよ」
「まあ、確かにあれがいれば大丈夫か」
音弥は苦笑すると、
「そう言えば聞いたか、幽ヶ谷。この病院の霊安室」
「霊安室?」
確か、患者が亡くなった際に使われる部屋だと思うのだが、そこが一体どうしたのだろうか?
首を傾げる鬼灯に、音弥は声を潜めて言う。
まるでその行為は、近くの患者や看護師たちに聞かれたくないと言わんばかりのものだった。
「メスが落ちてるんだとよ」
――かしゃん、かしゃんって音を立ててな。




