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Horror Dinner 〜××高校の放課後怪奇譚〜  作者: 山下愁
第11怪:沼屋敷

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第8話【女】

 彼女は全てを失った。


 まず最初に職を、次に住居を。

 家族も友人もおらず、彼女は世界で一人ぼっちとなった。


 自暴自棄になって、彼女は死に場所を求めた。

 死ねる場所ならどこでもいい。自殺する勇気さえないから、せめて誰かに殺してもらおうとなけなしの金を使って月無町つきなしちょうまでやってきた。町を彷徨って、その果てに辿り着いたのが吹けば飛ぶようなボロ小屋だった。



 ああ、ここなら誰もいなくてちょうどいい。



 ぬかるんだ沼を渡って、ボロ小屋に辿り着いた女は建て付けの悪い扉を開けて驚いた。


 ボロ小屋に居座っていたのは、ガラスの箱に収納された市松人形だった。

 傷んだ畳の上に台座もなく放置され、小屋と同じくボロボロの着物とボサボサのおかっぱ頭でガラスの箱に閉じ込められている。我が物顔でこの屋敷を占拠しているのだ。



「貴女も取り残されたのね」



 彼女は市松人形に自分を重ねてしまっていた。

 この人形も世界から忘れ去られて、こんな辺鄙な小屋の中に置き去りにされて。最後の最後で一緒にいられるのが、死ぬまで秒読みの女とは可哀想なものだ。


 泥だらけの足で小屋の中に踏み入り、それから彼女は市松人形から目が離せなくなった。何故か妙に大切なものと思えたのだ。



「いきなきゃ」



 この子の為にも生きなきゃ、という使命感に駆られた。


 彼女はまたぬかるんだ沼を渡って、なけなしの金で食材になりそうなものを買ってボロ小屋に持ち込んだ。電気もガスも通っていない木造建ての小屋に、何故そんなものを持ち込んだのか分からない。

 ただ、この市松人形の為に生きなければならないと思ったのだ。


 しかし、不衛生な場所での生活は限界がある。汚い湯船に浸かったまま、彼女は死んだ。原因は色々とあるだろうが、その生命活動を止めた。



 彼女の死ぬ間際まで側にいたのは、ガラスの箱に収められた市松人形だけだった。



 ☆



「ひッ」



 生温かい吐息が耳元に触れ、思わず鬼灯は振り返ってしまう。


 この屋敷に出現する女の幽霊がそうさせたのか不明だが、振り返った先には誰もいなかった。

 誰もいなかったが、何か置いてあった。それは沼屋敷に入ってすぐの部屋に置かれていた、ガラスの箱に収納された市松人形である。



「え、何で」



 鬼灯は理解できなかった。


 ガラスの箱に収められた市松人形が、何故か脱衣所の中心に居座っているのだ。誰かが動かしたのかと思えば、ユーイルも永遠子とわこも鬼灯のすぐ側にいる。風呂に浸かる名前の知らない女の死体を眺めて「気持ち悪い」「そう言うな」と話しているところだった。

 彼らが市松人形を持ってきた、という可能性は限りなく低い。考えられるとするなら、沼屋敷に出現する女がこの場に持ち込んだのか。


 鬼灯の異変に気づいた永遠子が、



「どうしたの、鬼灯ちゃん」


「あの、市松人形が……動いて……」



 震える指先でガラスの箱に収納された市松人形を示せば、永遠子は「本当だ」と驚く。



「鬼灯ちゃんが持ってきた訳じゃないよね?」


「違うよ。だってここにいたでしょ」


「そうだよね。じゃあ――」



 永遠子の推理より先に、状況を面白がったユーイルが言葉を被せてきた。



「市松人形が動いたのかもしれんなぁ」


「ッ」



 その可能性が一番高かった。


 人形が動く、という怖い話はままある。特に市松人形は、そういう話でよく出てくるのだ。

 考えられる選択肢として一番現実的なのが、市町人形が自ら動いたということだろう。一番現実的な選択肢が、一番非現実的なものだった。



「これは面白くなってきたなぁ、鬼灯よ。わざわざ市松人形まで歓迎してくれるとは愉快なことだ」


「馬鹿なことを言わないでよ」



 鬼灯がユーイルを睨みつけ、



「ユーイル、あの市松人形は食べられないの?」


「無機物など食える訳がないだろう」


「だって動いたじゃない。完全に曰く付きでしょ、あれは」


「確かに曰く付きだがなぁ」



 ユーイルは浴室の外に目を向けて、



「オレはどちらかと言えば、そっちの方を先に食べたいところだがな」



 え、と鬼灯は浴室の外に目を向ける。


 市松人形がポツンと置かれた脱衣所の、さらに外れた場所。

 外側からボサボサの髪をした女が、半分だけ顔を覗かせていた。



 かり、かり。



 誘うように指先で脱衣所の腐りかかった柱を引っ掻く。



 かり、かり。



 こっちを見てくれ、と言わんばかりに主張する。



 かり。



 そして鬼灯とようやく視線が合うと、空洞のような黒い瞳がぐにゃりと曲がって気味の悪い笑みを見せた。



 ぎッ、ぎい。



 床板を軋ませながら、女は脱衣所から立ち去った。鬼灯と目が合って嬉しいのであれば、手を伸ばしてくるのかと思った。



「何……?」


「おお、鬼灯よ。よかったではないか」



 ユーイルは実に楽しそうに笑いながら、浴室から立ち去る。浴槽に沈む女の死体など興味はないと言わんばかりの堂々とした足取りだった。



「ちょっと、ユーイル」


「喜べ、鬼灯」



 楽しそうな笑みを崩さずに、ユーイルは振り返る。


 それと同時に、鬼灯はどこからか異臭を感じ取った。

 腐った食材が掻き集められて、ぐちゃぐちゃに掻き回されるような音が脱衣所の向こう側から聞こえてくる。



 ぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。


 ぐちゃぐちゃ、べちゃ、べちゃ。



 それは、聞き間違いでなければ料理と呼べるような。



「相手はオレたちを歓待してくれるようだ」



 ユーイルのやけに楽しそうな声が、鬼灯の耳にこびりついた。

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