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Horror Dinner 〜××高校の放課後怪奇譚〜  作者: 山下愁
第11怪:沼屋敷

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第5話【注連縄と紙垂の先】

 夏真っ盛りと呼べるほど暑いはずだったのに、不思議と西の森の中は静かだ。

 喧しい蝉時雨もなく、鬼灯が獣道を歩く足音だけが森の中に響き渡る。



 さく、さく、さく。


 パキパキ、パキ。



 雑草を踏みつける音と、それに紛れて枝が踏みつけられたことで折れる音が同時に耳朶を打つ。


 道は舗装されておらず歩きにくいが、意外と真っ直ぐに伸びているので迷うことはない。このまま真っ直ぐに突き進んでいけば、そのうち森の中心にある沼屋敷に辿り着くことが出来るはずだ。

 静かな西の森の中に視線を巡らせるユーイルは、興味津々そうな表情で鬼灯に振り返る。



「鬼灯よ、とても雰囲気のある森だな?」


「そうね」



 鬼灯は適当に応じると、



「ユーイル、何か異変は感じないの? ここは大人たちが危険視するような場所よ」


「そうだなぁ、今のところ何もないなぁ」



 空中をふわふわと漂うユーイルだったが、唐突に地面へ降り立つと腕を広げて鬼灯の歩行を制してくる。

 鬼灯の後ろに続く永遠子とわこも、鬼灯が立ち止まったことで背中に鼻をぶつけていた。「どうしたのよ、食いしん坊」などとユーイルに苦言を呈する。


 ユーイルは唇に人差し指を当てて、



「静かに」



 鬼灯と永遠子は口を噤み、ユーイルの言う通りにする。



「何か聞こえないか?」



 そう指摘され、鬼灯は耳を澄ましてみる。



 ぴちゃ、ぴちゃ。


 ぱちゃ、ぱちゃん。



 どこからか水の音が聞こえてきた。


 鬼灯は首肯で「何か聞こえた」と訴える。

 ユーイルも彼女の答えを受けて、静かに頷いた。



「誰かが水場を歩いているのだろうが、果たして誰なのだろうな」


「…………」



 本屋の店主は、何年か前から沼屋敷に女の姿が確認できるようになったと言っていた。人形がこんな音を立てないと予想して、やるとすれば沼屋敷に確認できるようになった女の幽霊だろうか。

 沼屋敷の実物を見ていないので詳細は不明だが、この先で待ち受けているのは何なのか。


 鬼灯は森の奥を見据えると、



「進もう」


「進むか? 今まで以上にまずいものかもしれんのに」


「どうせ貴方が食べるでしょう?」



 そう、どうせユーイルが沼屋敷の幽霊も食べるのだ。ユーイルと永遠子に取り憑かれた鬼灯が呪い殺されるような真似はないだろう。


 ユーイルは「まあそうだな」と納得したように頷き、森の奥に進んでいった。本人も沼屋敷の全貌を楽しみにしているのか、足取りは弾んでいる様子である。

 彼が生きている時から存在したという沼屋敷を、正式に調べることが出来るのだ。さらに飢えを満たせるということで、一石二鳥なのだろう。今の彼の脳味噌には食欲しかない。


 鬼灯はユーイルの背中を追いかけるように、西の森の奥地を目指して歩き始めた。



 パキパキ、パキパキ。


 ざく、ざく、ざく。


 パキパキ、パキ、パキ。


 ざくざく、ざく。



 鬼灯の足音に紛れて、水の音。



 ぱちゃ、ぴちゃ。


 ぴちゃ、ぴちゃぴちゃ。


 ぱちゃん。



 水の音を歩いているような音だ。相手は遊んでいるのだろうか?



「お、見えたぞ」



 ユーイルが明るく弾んだ声で言う。


 鬼灯はユーイルの示す方向に視線をやった。

 確かに陰鬱とした森は途絶え、パッと視界は開ける。木々が避けているかのような広々とした空間には、大きな沼が存在していた。


 緑色と茶色が混ぜ合わさったような濁った汚い水を湛える沼は、中心にポツンと小さな陸地がある。そこには木造の小屋が建てられ、台風でも直撃すれば確実に吹き飛びそうなボロさである。

 沼の周りには注連縄しめなわがぐるりと巡らされ、紙垂しでが吊り下げられていた。確実に何かを封印してあるのは考えられるが、紙垂が黄ばんだり注連縄から取れかかったりしている。


 あれが沼屋敷なのだろうか。屋敷とは呼べないボロボロな木造の小屋である。



「ほほう、あれが沼屋敷か。初めて見たな」


「でも、あの沼屋敷にはどうやって行くの?」



 沼屋敷の周辺は緑色と茶色の濁った水で満たされ、どう頑張っても沼屋敷に到達することが出来ない。どうすればあの屋敷まで行けるのか。

 ユーイルや永遠子は空中を泳いで行けるが、鬼灯は生身の人間である。しかも色気はないが女子高生だ、この沼を泳いで渡るのは嫌だ。


 鬼灯はユーイルを見上げて、



「ユーイルだけ行ってきて。私はここで待ってるわ」


「見たくないのか? あの沼屋敷の中を」


「見てみたいけれど、橋も陸地もないじゃない。私は空を飛べないんだから」


「おや、相手は歓迎ムードが漂っているのだがなぁ」



 ユーイルの指先が沼屋敷を示す。


 つられて、鬼灯も沼屋敷の方角を見てしまった。

 汚い沼の中心にある屋敷には窓があり、そこから本来いないはずの人物が顔を覗かせていた。



「…………」



 ボサボサの黒髪で、白い服を着た女性である。今にも折れそうな指先で窓枠を撫で、それから鬼灯に見つめられていると分かった途端に腕が持ち上がる。

 枯れ枝のような腕がゆっくりと鬼灯めがけて伸ばされて、まるでこちらに呼び寄せるかのように上下へ揺らされる。


 その時に、声が聞こえた。



 あー。



 鴉が鳴くような、掠れた声が鬼灯のすぐ近くで聞こえてきた。

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