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Horror Dinner 〜××高校の放課後怪奇譚〜  作者: 山下愁
第11怪:沼屋敷

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第1話【度胸試し】

「ねえ……本当に行くの……?」



 陰鬱とした雰囲気の漂う森の中に、子供特有の甲高くて弱々しい声が落ちる。



「行くに決まってんだろ」



 その弱々しい声に応じたのは、力強くて自信に満ち溢れた少年の声だった。


 声の主は小学生程度の少年二人組である。

 片方は眼鏡をかけた気の弱そうな少年で、もう片方は雑草を相手に長い枝で薙ぎ払うガキ大将みたいな少年だ。生傷が絶えないようで、ガキ大将の少年にはそこかしこに絆創膏が貼られていた。



「だ、だって、この西の森には色々とまずいものがいるって」


「うるせえな、迷信だよそんなの」



 気の弱そうな少年の忠告を無視して、ガキ大将の少年はどんどん森の奥に突き進んでいく。


 これは度胸試しなのだ。

 月無町つきなしちょうの西に広がる森の奥に行って、何があるのか見てこいという内容である。隣のクラスのガキ大将から売られた喧嘩で、思わず少年が買ってしまったのだ。


 噂では幽霊が出ると言われているが、残念なことにガキ大将の少年には霊感がない。幽霊も生まれてこの方見えたことがないので、怖いものなんてないのだ。



「だったらお前だけ帰ればいいだろ」



 長い枝を振り回しながら、金魚の糞のようについてくる気の弱そうな少年に言うガキ大将。



「で、でも、心配だし……本当に幽霊が出ると、タケちゃんが危険だから……あの……」


「幽霊なんている訳ねえだろ、迷信だっての迷信。お前は本の読みすぎだよ」



 ガキ大将は幽霊の存在を信じていなかった。それどころか、鼻で笑う始末である。

 この月無町つきなしちょうには人間が起こす事件より幽霊が起こす事件の方が多いと聞くが、そんなことはないとガキ大将の少年は考える。絶対に悪戯好きな大人が無駄に金をかけて事件を起こしているのだ。


 この森の先にあるものを確認して、隣のクラスの連中をぎゃふんと言わせてやる。――ガキ大将の少年の頭にはそんなことしかなかった。



「お」



 適当に真っ直ぐ突き進んでいくと、パッと視界が開けた。どうやら広い場所に出たらしい。


 鬱蒼と緑が生い茂る森が途切れて、大きな沼が目の前に広がっていた。

 緑色と茶色が混ざったような、気味の悪い沼である。不思議と臭いはせず、何故か沼の周辺は神社でよく見かける紙のようなものと紐のようなもので囲われている。


 そして沼の中心にはポツンと陸地があり、そこに吹けば飛ぶほどボロい廃屋が建っていた。



「あれがそうか?」


「ねえ、タケちゃん……もういいでしょ、ここやばいって……」



 気の弱そうな少年が、ガキ大将の服の裾を引っ張りながら「帰ろう」と訴えてくる。


 確かにそうだ。もう森の奥に何があるのか確認したし、これで帰っても隣のクラスの連中は文句など言わないはずだ。

 同行者の訴えに従ってガキ大将も帰ろうとするが、



 あー。



 どこからか、掠れたような声が聞こえてきた。



「ッ!?」


「な、何?」



 その声は、気の弱い少年にも聞こえたようだ。怯えた表情で周囲を見渡し、二度と声は聞きたくないとばかりに耳を塞ぐ。


 ガキ大将の少年は弾かれたように廃屋方面へ振り返った。

 台風が直撃すれば今にも吹き飛ばされてしまいそうなボロボロの小屋は、明らかに人の住んでいる気配はない。そもそも沼に取り囲まれた陸地にポツンと建っている時点で、誰もそこには行けないはずなのだ。


 なのに、


 どうして、



「――――」



 廃屋の窓から、髪の長い女が顔を覗かせているのだろうか?



「た、タケちゃ……」


「見るな、見るんじゃねえ」



 ガキ大将は気の弱い少年の眼鏡を取り上げて、視力を強制的に奪った。


 気の弱い少年は「返して!!」と甲高い声で訴えてくるが、ガキ大将は構わずに眼鏡を返すことはなかった。視線は廃屋に固定したまま、無理に付き合わせてしまった少年に女の姿を見せないようにする。

 廃屋からこちらを見てくる女は、ボサボサの黒髪が顔全体を覆っているのでよく見えない。おそらく俯いているのだろう。ガリガリに痩せ細った指先で窓枠を撫でていた彼女は、ゆっくりと右手を持ち上げた。



 あー。



 もう一度、声。

 その声に合わせて、女の右手が「おいで」と言うように動く。


 ここはまずい、本当にまずい。この気弱な少年の言う通り、この場所に来るべきではなかったのだ。すぐに帰るべきだったのだ!



「た、タケちゃ……」


「帰るぞ!!」



 眼鏡を少年に押し付けて、ガキ大将は少年の手を引いて来た道を引き返す。


 雑草を蹴飛ばし、手にした長い枝も放り捨てて、ただひたすらあの沼の中心に建つ廃屋から逃げることだけを考えた。持てる身体能力を全て使って獣道を走り抜け、気弱な少年が息苦しさを訴えてきても必死に走った。

 窓から顔を覗かせたあの女が追いかけてこないことを、ただ願いながら。



「だあああッ!!」



 鬱蒼とした森から飛び出したガキ大将は、気弱な少年と手を繋いだままその場に倒れ込む。


 心臓がばくばくと早鐘を打っている。全力疾走した影響で汗が全身から噴き出ていた。

 空気を吸い込むと肺が軋み、上手く呼吸が出来ない。ガキ大将の方はまだマシな状態だが、同行者の少年の方は四つん這いになったまま動こうとしない。運動神経は下から数えた方が早いので、きっとその影響で疲れが出ているのだろう。


 かろうじて眼鏡をかけた少年が、



「た、タケちゃん……何があったの?」


「何も言うな」



 ガキ大将の少年は尻についた雑草や砂埃を落としながら立ち上がり、



「何も言うな」



 頭の中で、あの手招きをする女性の姿が焼き付いて離れない。


 きっと、あの場所まで戻れば真相は掴めるのだろうが、少年たちにあの廃屋まで戻る気力はなかった。ただ急いでこの場所から離れたかった。

 もう二度と度胸試しなんかするもんじゃない、とガキ大将の少年は固く誓うのだった。

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