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Horror Dinner 〜××高校の放課後怪奇譚〜  作者: 山下愁
第10怪:帰ってきた

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第9話【シオサイ様】

「助かったわ、愚兄。これで利益も戻るわね」


「よかったな、愚妹。せいぜい困った客にぶち当たってしまえ」



 車に荷物を積み込んだ音弥は、自分の妹である莉子と互いの頬をつねって軽い喧嘩状態となっていた。喧嘩するほど仲がいいのだろうか。

 鬼灯には兄弟がいないので、もしいたら喧嘩など出来ないだろう。常にこんな遠慮がちな性格なので、妹や弟から虐められても何も言えないかもしれない。


 車の上から音弥と莉子のやり取りを眺めていたユーイルも、何やら楽しそうにニヤニヤと笑っている。



「仲睦まじいものだなぁ、音弥よ。水臭いではないか、妹がいることなど生前すら知らなかったのに」


入祢いるね、お前は本当に置いていかれたいのか?」


「止めろ止めろ、ここに残されたら帰ってこれないだろう」



 車の上に胡座あぐらを掻くユーイルを睨みつけ、音弥は低い声で唸った。


 苦笑する鬼灯は、頬を撫でた潮風に顔を上げる。

 振り返った先には、綺麗な青い海がどこまでも広がっていた。波も穏やかで晴れ渡った空との境界線がとても綺麗で、夜に邪悪な顔を見せる嫌な海がどこまでも。



 ザザーン、ザザザ。


 ザザ、ザザーン。


 ザザーン、ザザーン。



 穏やかな波の音が、鬼灯の耳朶を打つ。



「あの、莉子さん」


「何かしら?」



 音弥と頬の抓り合いから取っ組み合いに変化した莉子に、鬼灯は遠慮がちに問いかけた。



「あの、この辺りの風習か何かで死んだ人が帰ってくる方法とかありますか?」


「あるわよ」


「え」


「あるわよ」



 驚いた鬼灯へ、ダメ押しとばかりに莉子は同じことを繰り返し告げた。



「私もこの辺りに住んでいる訳じゃないから詳しく知らないけど、昔の人が言うには『シオサイ様』っていう神様にお願いするみたいなのよね」


「シオサイ様……」



 どこか寒気のする名前を口にする鬼灯は、



「その神様は、どんな神様なんですか?」


「分からないわ。ただ蜘蛛みたいな格好をしてるみたいなのよね、だからこの辺りの人は蜘蛛をやけに大切にするのよ」



 莉子は「あ、そう言えばね」と言葉を続け、



「その死んだ人を生き返らせる方法っていうのが、シオサイ様に生贄を捧げるのよ」


「生贄を?」


「海に突き落とすの、生贄を。そうすれば赤ちゃんになってもう一度お腹の中に戻ってくるって言うのよね」



 困ったように笑う莉子は、



「根も葉もない噂だけど、特に妊婦さんなんかは馬鹿みたいに信じているわ。流れた子供が自分のお腹の中に帰ってくるって本気で信じているみたいなのよ」


「そうですか……」



 鬼灯はそれ以上何も言えなかった。


 昨夜の妊婦の幽霊は、まさかその噂を信じたのだろうか。信じた結果、シオサイ様に騙されて何度も何度も人間を海に引き摺り込んで生贄に捧げてきたのだろうか。

 あの中に、彼女の望む子供はいたのだろうか。今ではどこぞの悪霊が骨まで食らってしまったので、心意は闇の中だが。



「ほら、もう行くぞ。幽ヶ谷(かすがだに)も車に乗れ」


「はい」


入祢いるねは車の上から降りろ。危ないだろ」


「オレの姿など誰も見えていないではないか」


「俺が危ないだろって言ってんだよ。降りねえと塩を撒くぞ」


「オレのことを除霊しようとしているのか!?」



 車の上での一悶着を無視して、鬼灯はさっさと車の後部座席に乗り込んだ。


 夏だからか、車の中はやけに暑い。先に乗り込んだ永遠子は退屈を紛らわせる為に窓の外を眺めていた。

 鬼灯も窓の外に視線をやると、



「…………?」



 海の側にある崖の上で、誰かが立っている。


 潮風に黒い長髪をなびかせ、白いワンピースの裾がはためく。

 崖の上から雄大な海を眺めているその誰かは、唐突にふらりと崖から落ちてしまった。



「ッ」



 鬼灯は息を呑んだ。


 ただ落ちたのではない、引っ張り込まれたのだ。

 崖の上めがけて伸ばされた、蜘蛛の脚に絡め取られて。



「鬼灯ちゃん?」


永遠子とわこ……今の、見た?」


「何が?」



 永遠子はどうやら別方向を見ていたようで、先程の光景は何も見ていないらしい。

 あの光景を認識できたのが鬼灯だけなのだとしたら、鬼灯だけが訴えても仕方がない。おそらくあの白いワンピースを纏った誰かは、シオサイ様に引っ張り込まれてしまったのだ。


 彼女も誰かが帰ってくるのを待っていたのか、あるいは誰かが彼女を犠牲にして帰りを待つ人間がいるのか。



「音弥の奴め、幽霊を相手にあんな剣幕で怒ることはないだろう。塩まで撒かれてしまった……頭がジャリジャリする……」



 銀髪をガシガシと指で掻き毟って塩を落とすユーイルは、窓の外を見たまま固まる鬼灯の異変に気づいた。



「どうした、鬼灯よ。海に何かいたか?」


「ねえ、ユーイル」


「何だ」


「シオサイ様って、食べられる?」



 邪神さえ食べた悪霊の導き出した答えは、



「無理だな」


「ユーイルでも食べられないものがあるのね」


「人間から忘れられた神様ならまだしも、まだ人間から忘れられていない信仰心を受ける神様はさすがに食えん」



 助手席にどっかりと腰を下ろしたユーイルは、



「それがどれほど悪いことをしようと、他人に害を及ぼそうと、信仰する人間がいる以上は神として祀られる。――厄介なものだなぁ、人間とは」


「……そうね」



 シオサイ様と呼ばれるおぞましい神様が居座る青い海を眺め、鬼灯は呟いた。



「本当に怖いわ」

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