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Horror Dinner 〜××高校の放課後怪奇譚〜  作者: 山下愁
第10怪:帰ってきた

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第6話【夜の海には何がいる?】

「なるほどな、ベニヤ板越しにオレの声が聞こえたと」



 鬼灯の泊まる客室に集まり、ユーイルはベニヤ板に顔を近づける。

 窓を塞ぐベニヤ板に何をするのかと思えば、彼はベニヤ板めがけて頭から突っ込んだのだ。ベニヤ板と彼の頭が衝突する痛そうな音はせず、頭だけがベニヤ板の向こう側にすり抜けている。


 その状況を面白がった永遠子とわこが、ユーイルの真似をして頭からベニヤ板に突っ込んでいた。幽霊である彼女も漏れなくユーイルと同じように、頭がベニヤ板を通り抜けていた。



「おお、これは凄いな」



 ユーイルは感心したように呟く。



「ベニヤ板に無数の引っ掻き傷がある。確かに誰かがここを引っ掻いたのだろうな」



 頭をベニヤ板から引っこ抜いたユーイルは、



「ただしおかしなものだな。ここは九階だぞ、普通の人間であればまず存在しない。鳥がくちばしで引っ掻いたとは考えにくい傷跡だったし、確実に人間ではない何かの仕業だろうよ」



 それは、夜の海に出現する怪物。


 わざわざユーイルの声を真似てくるところを見ると、意地でもこのベニヤ板を取っ払ってほしいようだ。「ここを開けろ」と主張していたし、相手にとってベニヤ板は邪魔な存在なのだろうか。

 どのみち、こちらには悪霊を食べる悪霊がいる。出てきたところでユーイルの餌食になるだけだ。



「ねえ、ねえ」



 すると、今までベニヤ板に頭を突っ込んだままの状態だった永遠子が呼びかけてくる。



「夜の海に何かいるよ」


「永遠子、何を見たの?」



 鬼灯がそう問い掛ければ、永遠子は「よく分かんないけどね」と前置きをしてから言う。



「くねくねみたいな」


「くねくね」


「聞いたことあるでしょ、白くてくねくねしたもの」



 ネットで見かける怖い話だが、田んぼで白くくねくねしたものを見た瞬間に頭がおかしくなってしまったという内容である。

 まさか、あれと似たようなものが出るからベニヤ板で窓を塞がなければならない状況となったのだろうか?


 永遠子の訴えに対して、ユーイルが「あれは違うだろう」と否定する。



「あれには頭があっただろうに。くねくねは全身が真っ白だろう、それに人間とは思えない動きをする。さっきのは人間らしい関節を持っていたから、おそらく下手くそに踊っているだけではないか?」


「ユーイルもくねくねを知っているの?」


「夜な夜なオマエの携帯電話を使って美味そうな怖い話を探しているのだ。えへん」


「威張ることじゃないわよ。最近、携帯の充電の減りが早いと思ったらそんなことをしていたのね」



 鬼灯はユーイルをジロリと睨みつける。まさか幽霊の同居人がそんなことをしているとは夢にも思わなかった。

 家に怖い話を集めた本を置く代わりに、携帯電話の使用を禁止しよう。いつか充電が草臥くたびれてきて、買い替える羽目になったら嫌だ。


 ユーイルはしれっと明後日の方角を見上げると、



「オレの判断では人間の女らしきものが、夜の砂浜で激しく踊っている光景にしか見えん。確かめてみれば分かるだろうよ」



 ☆



 ザザ、ザザーン。


 ザザ、ザザザーン。



 波の音が耳朶を打つ。



 ザザザー、ザザーン。


 ザザ、ザザーン。



 昼間と打って変わって、夜の海は非常に静かだ。


 そもそもホテル自体も静かである。ここに宿泊している客は、もうすっかり眠っているのだろうか。

 いいや、本当にあのホテルには客人がいるのだろうか。海の方面を向く部屋の窓は全てベニヤ板で塞がれており、部屋の明かりが点灯しているのかさえ分からない。あの部屋のどこかに客がいるのならば、ベニヤ板で眺望を台無しにする理由に首を傾げていることだろう。


 ホテル側の言いつけを破って夜の海を訪れた鬼灯は、



「うわ……」



 思わず声を上げていた。


 ユーイルの言う白いくねくねとしたものが、白い砂浜を激しく踊っていた訳ではない。

 夜の海から伸びる無数の白い腕だ。それらが海面を叩き、水を飛ばして、まるで夜の海を訪れた鬼灯たちを手招いているような気がする。



 ぱしゃん、ぱしゃん。


 ザザーン、ザザ、ザザーン。


 ぱしゃん、ぱしゃん。



 波の音に紛れて、無数の腕がゆらゆらと鬼灯たちに手招きをする。



「何よ、あれ」



 鬼灯が思わず呟けば、ユーイルは「聞こえんのか?」と言ってくる。



「耳を澄ましてみろ。波の音や水を打つ音の他にも聞こえるぞ」


「?」



 言われた通り、鬼灯は耳を澄ましてみる。


 波の音や水を打つ音は相変わらず聞こえてくるものの、その中に声のようなものが混じっていた。

 全体的に低く、言葉も不明瞭だ。それでもよく聞いてみれば、言葉は鮮明さを取り戻す。



 かえろうよ


 かえろうよ


 かえろうよ



 おぞましいその声は、鬼灯たちに「かえろう」と誘っていた。



「ひッ」


「普通の客人なら、ここで誘われて海に帰っていたかもしれんな」



 ユーイルは心底嬉しそうな口調で言い、



「ほら、見てみろ鬼灯よ」


「何が」


「もうすぐ馬鹿が顔を出すぞ」



 その言葉の意味が理解できたのは、次の瞬間だった。



「――――ッ」


「――――?」



 どこからか人の話し声が聞こえてきた。


 弾かれたように、鬼灯はリゾートホテルへ振り返る。

 海に面した客室の窓は全てベニヤ板が塞いでいたが、たった一室だけ、今まさにベニヤ板が外されていた。工具を使ってベニヤ板を破壊したのだ。


 そこから顔を覗かせたのは、鬼灯よりも少し年齢が上の若者たちである。どこまでも広がる海を眺めて楽しそうに笑っている。



「かえってきた」



 潮の匂いを孕んだ息と共に、そんな声がした。



 ざばり。



 海から何かが這い出てくる。


 白い砂浜を踏みつけるのは、無数の人間の腕だ。全ての腕には血の気が通っておらず、大小様々な腕が砂浜を掴んでいる。

 それはさながら、巨大な蜘蛛だ。人間の腕を無数に生やした気味の悪い蜘蛛のような何かの中心には、濡れた女の顔が埋め込まれていた。


 女の顔が埋め込まれた蜘蛛は鬼灯たちに目も暮れず、リゾートホテルで窓を開けてしまった若者たちを見上げて歓喜の声を上げた。



「かえってきた」

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