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Horror Dinner 〜××高校の放課後怪奇譚〜  作者: 山下愁
第10怪:帰ってきた

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第1話【海の音が聞こえる夜に】

 ザザ、ザザ。


 ザザ、ザザザー。


 ザザーン、ザザーン。



 波の音が聞こえる、聞こえる、聞こえる。


 静かな夜に、波の音と風の音が混ざり合う。

 窓を開ければ、紺碧の空にぽっかりと白い月が浮かぶ。満月ではなく、満月に程近い十六夜の月だ。


 潮の香りが鼻孔を掠め、夏特有の蒸し暑さが肌を撫でる。



 ザザ、ザザザー。


 ザザーン、ザザーン。



 目の前が海となったその場所は、数あるリゾートホテルの一つだった。

 海にすぐ遊びに行けるとのことで有名なホテルで、老若男女から人気が高かった。特に家族連れはこのホテルを利用する。


 ただ、ホテルはこんなことを言っていた。



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 夜の海は静かで綺麗だから、誰でも見たい。

 だが残念なことに、このリゾートホテルの海が眺望できる部屋は全ての窓にベニヤ板が打ち付けられている始末だ。それ以外は対応もよく、ホテル側の人間も人当たりがいいから不満はない。


 ただ、何故リゾートホテルなのに海を眺望できる部屋だけがベニヤ板を打ち付けて、外を見えなくしているのだろうか?



「絶対に何かあるって」



 このホテルに宿泊した若者の集団は、内緒で工具を持ち込んでいた。


 海側に面しているのだから、どうせなら海も見てみたいという馬鹿な考えから始まった行動だった。リゾートホテルなのに海が見えないのはおかしいと。

 何も事情を知らない若者の集団は、その時の勢いに任せて窓のベニヤ板を外してしまった。



「うわ、やっぱり綺麗だ」


「凄え」


「綺麗な海だよなあ」



 ベニヤ板を外す作業を終えた若者の集団は、いいものを見たとばかりにニヤリと笑う。やはりリゾートホテルを謳うのであれば、こうでなければならない。


 紺碧の海に、白い十六夜の月が映り込む。

 穏やかな波が寄せては返して、涼やかな音を立てる。


 綺麗な海がそこに広がっているのだが、



「あれ?」



 若者の一人が、不思議な声を上げた。


 白い砂浜に、誰かが歩いているのだ。

 先程まではいなかったはずの人影なのに、どうしてだろうか?


 夜の海に出歩いてはならない。見てはいけないのだから、多分出歩くことも許されないはずだ。

 なのに、砂浜を散歩するかのような優雅な足取りで歩いている。ゆったりと、ゆっくりと、その全身から楽しげな雰囲気が漂う。


 夜の海風に黒髪をなびかせて、身につけた白いワンピースの裾を揺らし、カサカサになった唇を動かして何かを言っているようだ。



「なあ、あれ」


「誰かいるよな?」


「いるな」



 若者の集団は、窓から砂浜を歩くその誰かを注視する。


 女性のように見えるが、定かではない。距離があるので女装をした男性かもしれない。

 こんな時間に歌いながら散歩をする趣味があるのか、相手がリゾートホテルから覗く若者の集団に気づく様子はない。夢中になって、何をそんなにしているのだろうか?



「なあ、ここの海って出歩いてもいいんだな」


「かもな」


「散歩にでも行くか?」


「賛成」



 あの砂浜を歩く人影の存在も気になるし、ちょっと夜の海を散歩しよう。


 あわよくば、あの女性と仲良くなれるかもしれない。女装をした男性だったらどうしよう、とか若者の集団には誰も考え付かなかった。頭になかったのだ。

 わいわいと騒ぎながら夜の海に向かうべく、客室の扉を開ける。



「かえってきた」



 どこからか声が聞こえてきた。



「今、誰か喋ったか?」


「誰も」


「何も言ってねえよ」



 気のせいだろうか。


 いいや、確かに聞こえたのだ。

 女性のような甲高い声で、何の脈絡も分からない台詞が。



「かえってきた、かえってきた、かえってきた」



 鮮明に聞こえるその声は、窓の向こうからした。


 ベニヤ板を外したことで、夜空を映し込む静かな海が広がっている。

 潮の香りが孕んだ湿った海風が、部屋の中を駆け抜けていく。若者たちの髪や服を撫でていく風に乗り、あの声が再び。



「かえってきた」



 ひたり。



「かえってきた、かえってきた」



 ひたり、ひたり。



「かえってきた、かえってきた、かえってきた、かえってきた」



 ひた、ひた、ひた。



「かえってきた!」



 その声に合わせて、窓の向こうから何故か足音がする。


 壁にしがみつくような、そんな音。

 窓にはまだ何も見えていないが、若者たちに窓の外を覗きに行ける勇気はない。



 かたん。



 窓枠に、誰かの手が乗せられる。


 おかしな話だ、ここは九階である。

 普通に窓には手を伸ばせないし、外側から窓枠を掴めば落ちる危険性が高い。それなのに、外側から伸びた手が窓枠を掴んでいた。


 白く、綺麗な手である。指先はほっそりとし、爪の形も整っている。女性らしさのある柔らかそうな手。



「どうしてェ」



 ゆっくりと、何かが。



「顔をォ」



 窓枠の下から。



「出してくれないのォ」



 這い上がってくる。


 硬直する若者の集団が認識したのは、窓全体を覆い隠すほど巨大な蜘蛛だった。

 いいや、ただの蜘蛛だったらまだマシだっただろう。先程まで砂浜で歌いながら散歩をしていた女性の顔が蜘蛛の身体に埋め込まれ、左右に突き出したのは何本もの人間の腕。窓枠を器用に掴みながら這い上がってきた怪物は、開け放たれた窓から客室に侵入してくる。


 だめだ、早く逃げなきゃ。



「おい鍵!!」


「開かねえ!!」


「何でだよぉ!!」



 若者たちの悲鳴がぶつかる。


 巨大な蜘蛛の化け物は客室にその巨体を滑り込ませ、左右から突き出した人間の腕で彼らの頬を優しく撫でる。

 すぐそこに迫った怪物の優しい微笑みに、果たして若者たちは何を思っただろうか。死の恐怖か、見逃してくれるかもしれないという安易な勘違いか。


 蜘蛛の化け物は口を目一杯に引き裂けて笑い、



「さあ、いこう」



 翌日、砂浜に若い男性の死体が打ち上げられているのを発見された。

 全て溺死体となった彼らの表情は見るに堪えないほど膨れ上がり、泡を吹いていた。果たして何を見たのか、何に襲われたのか、誰も知る由はない。


 それからリゾートホテルのあの客室は、再び窓にベニヤ板が打ち付けられたと言う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 山下愁さん、こんばんは。 新作、今回も楽しく読ませていただきました! 今回の話は【リゾートバイト】のような印象を感じ、すごく怖かったです!やってはいけないことをやると、悲惨な末路を辿るとい…
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