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Horror Dinner 〜××高校の放課後怪奇譚〜  作者: 山下愁
第8怪:オシラ様

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第7話【神食い】

 それは見覚えのある姿をしていた。


 深緑色の沼を探索していた時、背後から鬼灯とユーイルを見ていた奴だ。

 無数の腕と白い布、そこから零れ落ちる白髪。木の影から腕を伸ばし、鬼灯とユーイルを誘うように手招きをしながら、木の皮を指で引っ掻いて遊んでいた何か。


 ああ、最初から邪神は側にいたのか。



「ど、うし……どうしたら……」


「鬼灯よ、これは喜ぶべきではないか?」



 白い布の下から数え切れないほどの腕を生やす悍ましい姿の邪神を見上げて、ユーイルは薄らと笑った。



「食事が自ら来てくれるとはありがたい。このまま食してしまおうか」


「ほ、本当に食べられるの? あんな怖い邪神なんて……」


「オレに食えぬものなどない、多分」


「多分」



 ユーイルは銀色のナイフを手にして、こちらの様子を窺う白い邪神に歩み寄った。


 古びた白い布から伸びる大量の腕が、一気にユーイルへ押し寄せる。

 冷たい腕が揃って手を伸ばして、ユーイル・エネンという悪霊を引っ張り込もうと手を伸ばす。



 ――寂しいなぁ、寂しいなぁ。



 かすれた声が耳朶に触れる。



 ――寂しいなぁ、寂しいなぁ。



 その声は、寂しさのあまり壊れてしまった邪神のものだった。


 ユーイルの腕を、足を、頭を、身体を掴もうと手を伸ばす白い邪神は「寂しいなぁ」という言葉を繰り返す。掠れた声で、何度も何度も。

 悪霊食らいの悪霊も、さすがに邪神の前では無力なのだろうか。無数の腕を伸ばして、身体に触れてくる邪神を見上げて笑う。


 それは寂しさを許容するようにも見えるが、鬼灯には「目の前に極上の食事がある」という嬉しさから来る笑みのように見えた。



「オシラ様よ、オレは光栄に思うぞ」



 銀色のナイフを逆手に握りしめたユーイルは、



「オマエのような邪悪でとても美味しそうな神様を食べられる日が来るとはな」



 そう言って、邪神の腕の一本にナイフを突き立てた。



 ぶしゅり。



 噴き出た黒いもやを浴びて、ユーイルは「おお」と弾んだ声を上げる。

 痛みのあまり引っ込みかけた腕を掴み、銀髪赤眼の男子生徒は言った。



「まあ待て、これからじっくりと食ってやるからな」



 腕を切り取り、ユーイルは食事の始まりを告げる挨拶をする。



「い た だ き ま す」



 暴れ回る腕を、狂ったように抵抗する指先を、ユーイルは口の中に入れる。


 骨を噛み砕き、肉をすり潰し。

 皮を噛み千切り、それはそれはとても美味しそうに咀嚼して、味わって、嚥下えんかする。



 ごり、ごり、ごり。

 ごりごり、ごり。


 ごきん、ごりゅ、ごりゅ。

 ごき、ごきん、ごりゅ。



 筋繊維すら彼の歯に敵わない、抵抗しても食らいつかれる。



「うむ、うむ。舌触りはまるで高級な牛肉だ。噴き出るもやは醤油仕立ての汁であり、まるですき焼きのようだ」



 ユーイルは嬉しそうに邪神の腕を消費していく。


 邪神だからか、いつもより味がハッキリしているのだろうか。

 彼は邪神の腕を食らって、すき焼きのようだと表現した。邪神がそんな味ならば、他の幽霊は何の味がするのか気になるところである。


 いいや、どうだろうか。


 ユーイルは確実に変わってきている。

 鬼灯が簡単に気づけるほど、彼は確かに変わってきている。



「神様も食らえるなんて、どうしちゃったのかしらね」



 鬼灯の腰にしがみつく永遠子とわこが、まるで他人事のように言う。



「……本当に、どうしちゃったのかしらね」



 鬼灯は、ユーイルの変化に気が付いていた。


 でも多分、そのことに気づかないふりをしていた方がいいのだ。

 きっと気づけば、彼との永遠の別れに繋がるはずだから。



 ☆



 結果的に、ユーイルが邪神を食べ切ることはなかった。



「腹がいっぱいだ」



 げふ、とゲップをしながらユーイルは言う。


 もう動かない邪神を半分ほど消費したところで、ユーイルは「腹がいっぱいだ」と断念したのだ。いつもは腹ペコでどれほど食べても足りないと言っていたのに、彼にしては珍しいことだ。

 やはり邪神を食らうには荷が重かったのだ。半分だけ残すのだからお察しである。


 鬼灯は呆れた目でユーイルを見つめ、



「食べなきゃよかったのに」


「さすがにすき焼きが続くと飽きるな。味変がしたい」


「味変なんてあるの?」


「さあ?」



 邪神を食っておいてあまりにも無責任すぎる発言である、いつかバチが当たりそうだ。



「まあ残りは家に帰って腹が減った時にでも食べる」


「それを持って帰るの? 止めてよ」


「いいではないか、ちゃんと外に放置しておくから」


「外に放置した邪神を食べるのって汚いと思わない?」


「砂とかついてないから大丈夫だ、何の問題もない」



 変な主張を掲げるユーイルは、ホクホク顔で食べかけの邪神を引き摺り始める。本当に持って帰る気なのか、この邪神を。



 ずり、ずり。


 ずり、ずり。



 静かな森の中に、邪神を引き摺る音が落ちる。


 おそらく、それを聞こえるのは鬼灯ぐらいだろう。

 心配した音弥おとやが見るのは、食べかけの状態で鬼灯の自宅前に放置された邪神の無残な姿だろうか。ユーイルが怒られる光景が目に浮かぶ。



「ねえ、ユーイル」


「何だ?」



 邪神を引き摺りながら振り返る銀髪赤眼の男子生徒に、鬼灯は言う。



「次は何を食べるの?」



 その問いかけに対する答えは、



「さてな、美味しそうなものならいくらでも」





 ――それからユーイルが「ご馳走さま」と宣告したのは、三日後ぐらいだった。ちょっと大きかったみたいだ。

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