第6話【オシラ様?】
気がつけば、深い森の中でひとりぼっちだった。
倒壊した社、苔が生えた鳥居。
月明かりすら差し込まない真っ暗な森の中に、たった一人で佇んでいた。
社を守っていたのかもしれない、倒壊した神社を乗っ取ったのかもしれない。
何故ここにいるのか不明だが、この暗い森の中を抜け出すことは出来なかった。何かに阻まれてしまい、またこの倒壊しかけた社の前に戻されてしまった。
――寂しいなぁ。
そう思っても、孤独は解消されない。
――寂しいなぁ。
ならば、誰かをこの森に引き摺り込んでやろう。
興味本位でやってきた人間を片っ端から森に引き摺り込んで、彷徨わせて、徘徊させて、絶対に逃さないようにした。
ああでも、たまに失敗して逃げてしまう人間もいた。その時は仕方がないので諦めた。
――これで寂しくないなぁ。
そう言えば、何故この森にいるんだっけ?
☆
「キ、たぁ、きた、キた、キタきたキキキキ」
首のない真っ白い誰かは、掠れた声で嬉しそうに言う。
ぽっかりと空洞のようになった頭を振って嬉しさを表現している様子だが、非常に不気味だ。
これなら背後から追いかけてくる怪物に、森の中を追いかけ回された方がマシかもしれない。それ以上に、目の前の邪神は危険な臭いがする。
鬼灯はユーイルの肩を掴むと、
「ユーイル、もう行こう。邪神を相手にしちゃダメなんだと思う」
「ああ、確かにそうだな。これはオレも舐めていた」
ユーイルは鬱蒼と葉が生い茂る木々を見上げて、
「でも、もう遅いがな」
鬼灯もつられて視線を上げる。上げてしまった、と表現する方が正しいかもしれない。
何故なら、それを見て「見なければよかった」と早々に後悔の念が頭の中をよぎったのだ。
白い何かが覗き込んでいた。
社のある空間を、鳥居が守るこの場所を。
鬼灯とユーイル、それから永遠子がいるこの壊れかけた神社の敷地内を、真っ白い布を被って首のない誰かが覗き込んでいた。枯れ枝のような細い腕をだらりと垂らし、小さい子供の顔色でも窺うかのように。
「囲まれている様子だ。どう足掻いても、オレたちをこの森から出さんつもりだろう」
ユーイルは肩を掴む鬼灯の腕を振り払うと、
「オマエがオシラ様で間違いないな?」
首のない真っ白な邪神は、上下にゆらゆらとない首を振った。
「どうしてオレたちを狙う?」
「寂しい」
掠れた声で、白い邪神は告げた。
「寂しいなぁ、寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ寂しいなぁ」
掠れた声で、何度も何度も。
「これで寂しくないなぁ」
それから、嬉しそうに言ったのだ。
今まで何人が犠牲になったのか、何人を森の中に引き摺り込んだのか。
真っ白な邪神は寂しさのあまり好奇心で森に足を踏み入れた人間を片っ端から引き摺り込んで、寂しさを紛らわせていたのか。果たして、それで寂しさが紛れるとは思えないが。
ユーイルは「そうか」と言うと、大股で白い邪神に歩み寄る。
「ならば今ここで、オレがオマエを食ってやろう。これで寂しくないぞ」
銀色のナイフを振り翳し、白い邪神にその切先を突き立てた。
噴き出る黒い靄、掠れた悲鳴。
痛みで暴れる邪神を押さえつけて、ユーイルは枯れ枝のような腕に齧り付く。骨を砕き、肉をすり潰し、皮を千切って邪神の腕を食らっていく。
「なかなかしょっぱいな、寂しさの影響か」
邪神の腕をぼりぼりと食らっていたユーイルだが、途端にその食べる行為を止めてしまった。
彼の赤い瞳が、倒壊した社の周囲を見渡す。何かを探すように視線を巡らせたあと、食べかけの邪神を放り捨てて鬼灯と永遠子の元まで戻ってきた。
理由も言わずに鬼灯の腕を掴んだ銀髪赤眼の男子生徒は、そのまま元来た道を戻り始める。崩壊した神社の敷地内を覗き込む巨大な白い邪神を捨て置き、早足で森の入り口を目指していく。
「ちょっと、ユーイル。何よ」
「あれはオシラ様ではない、ただの楔だ」
ユーイルは舌打ちをすると、
「あの白い首がないのは人柱、神社を覗き込んでいた巨大な影は人柱がちゃんと機能するように見張っていた何かだ。本当のオシラ様は、楔として機能する社の誰かを損失した場合にのみ現れる」
「え、ということは」
ユーイルは先程、あの白い誰かを食ってしまった。かなり食べ残しはあったが、それでも損なってしまったのは事実だ。
人柱を損なってしまった場合、本当のオシラ様が現れる。
一体どこから?
がさ。
近くの茂みが揺れた。
白い何かが見えていた。
まるで布のようなものだ。少し黄ばみが目立ち汚れているが、かろうじて白い布であることが理解できる。
がさ、がさ。
草木を掻き分け、それは鬼灯とユーイルの前に姿を見せた。
ぬぅー……。
茂みの隙間から見えていた白い布が持ち上がる。
真っ白い布からボサボサの白い髪が零れ落ち、さらに大量の腕がだらりと垂れていた。数え切れないほどの腕の数だ。
腕の力で地面に立ち、ムカデのようにワサワサと大量の腕を動かして、その白い何かは鬼灯とユーイル、永遠子を見下ろす。
ああ、これが邪神の姿なのか。
楔を失った邪神が、今動き出す。




