第6話【みーつけた】
「ふぅむ、なかなか塩気のある味だな。錆がいい刺激となって美味い」
錆びた缶に齧り付きながら、ユーイルがのんびりと味を伝えてくる。
無機物をああやって齧ることが出来るとは驚いたが、あれが幽霊の本体であれば納得できる。
現におかっぱ頭の少女は錆びた缶が齧られていることによって、痛みのあまり体育館の床でもんどり打っていた。陸に打ち上げられた魚と表現してもいいだろう。
ユーイルは錆びた缶を半分ほど消費すると、
「おお、あの生意気なクソガキが床でのたうち回っているな。愉快、愉快」
「早く食べ終わっちゃってよ、それがなくなれば帰れるんだから」
鬼灯がそう言えば、ユーイルは「慌てさせるな」と缶を齧りながら応じる。
「退屈ならかくれんぼでもしていればいいだろう。少しは気が紛れるのではないか?」
「かくれんぼはやりたくない」
「いいからやれ。ほら、オマエが鬼なら文句はないだろうに」
ユーイルにしては珍しくゴリ押しをしてくるものだ。
不思議に思いながらも、鬼灯はゆっくりと数を数えていく。
恐怖の校内かくれんぼで聞いた鬼の数え方を真似して、ゆっくりと丁寧に。
「ひとーつ……」
これに何の意味があるのか不明だ。
「ふたーつ……」
体育館全体に聞こえるように、
「みーっつ……」
あの時の鬼の数え方を真似ながら、
「よーっつ……」
伽藍とした体育館に呼びかける。
「いつーつ……」
残り半分となった。
「むーっつ……」
もうすぐで鬼が行動を開始するよ、と言うように。
「ななーつ……」
緊張感のある間だ。
「やーっつ……」
もうすぐで鬼は動き出す。
「ここのーつ……」
あと一秒。
「とーお……」
夕暮れに染まる体育館に、鬼灯のカウントダウンが響き渡る。
校内かくれんぼの鬼を真似してみたが、あとは仕上げの言葉だけだ。
ぐるりと体育館内を見渡して、ユーイルや永遠子、音弥が見守る中、鬼灯は最後の言葉を告げる。
「もういいかーい」
その呼びかけに応じる声は、
――もういーよ。
あった。
声が聞こえてきたのは、錆びた缶を発見した体育倉庫からだ。
鬼灯は慌てて体育倉庫に駆け寄り、その重たい扉を開ける。薄暗い体育倉庫には授業で使う道具が猥雑と置かれており、人の姿なんて見えない。
ヒヤリとした空気が肌を撫でる倉庫に足を踏み入れ、鬼灯はいつまでも姿を見せない相手に向けて告げる。
「みーつけた」
すると、跳び箱の影からひょっこりと小さな少女が顔を覗かせた。
恥ずかしそうにはにかんで、それでもこの遊びが心底楽しかったと言うように。
少女は照れ臭そうに微笑んで、鬼灯に言った。
「みつかっちゃった」
少女は跳び箱の影から飛び出すと、体育館へと戻っていく。
鬼灯が振り返った先には、すでに少女の姿はなかった。
体育館の床でのたうち回っていたおかっぱ頭の少女も、ユーイルの手の中で消費を待つだけだった錆びた缶も。
ユーイルは指先についた缶の錆を舐め取りながら、
「ふむ、まだ隠れていたか。見つかってよかったなぁ」
そう言って、彼は両手を合わせた。
「ご ち そ う さ ま で し た」
☆
時刻はすでに夜となっていた。
こんな時間まで生徒が残っていては大変だ、ということで音弥が鬼灯の家まで送ってくれる手筈となった。
まさか校内かくれんぼで二時間が経過しているとは思わなかった。あの夕暮れの校舎内と本来の校舎内では時間の流れの早さが違うらしい。
「ねえ、ユーイル」
「何だ、鬼灯よ」
鬼灯は隣でぷかぷかと空中に浮かぶ銀髪赤眼の男子生徒を見上げて、
「どうして体育倉庫にまだ隠れているって分かったの?」
「あの錆びた缶を食べている最中に、そんな記憶が流れ込んだのだ」
ユーイルはストンと鬼灯の隣に降り立つと、
「『出して、出して』と何度も叫びながら壁を叩いていた記憶だ。おそらくあの子供が、おかっぱ頭の少女と成り果てたのだな。遊び足りなかったのか」
「……それって、ずっと前からそうなの?」
鬼灯がそう問いかければ、ユーイルは首を横に振った。
「こんな現象は初めてだが、おそらく幽霊を食らいに食らいまくっているからこうなったのだろうな。いい兆候だ」
「何がいい兆候なのよ?」
「幽霊を食らえば食らうほど、オレは強くなれる」
赤い双眸を炯々と輝かせ、舌舐めずりをしながら銀髪赤眼の男子生徒は言う。
「幽霊を食って食って食いまくれば、オレはもっと強い幽霊を食らうことが出来る。そうすればいずれ、オレは――――」
夜空に浮かぶ青白い月を見上げ、ユーイルはそこで口を閉ざした。
いずれは?
そのあとに待ち受けるのは何だ?
ユーイルは何故幽霊を食う必要があるのか。彼は幽霊で食事を必要としておらず、なのに同族を取り込んで食らって何がしたいのだろう。
「ユーイル」
鬼灯はユーイルを見つめ、
「何で、幽霊を食べるの?」
その問いに対するユーイルの答えは、至って単純だった。
「食べたい幽霊がいるからだ。ソイツはオレよりも強大だからな、もっと力をつけなければ食い切れずに腹を壊してしまう。それだけはいかん」
やけに使命感に駆られたユーイルは、
「絶対に食ってやると決めたのだ」
その声音は、いつもとは比べ物にならないぐらい真剣だった。




