第4話【缶の行方】
「ちょっと、いきなりどうしたってのよ!! 何で途中で食べるのを止めちゃったの!?」
使われていなさそうな社会科準備室に飛び込み、鬼灯は肩で息をしながらユーイルに詰め寄った。
あのおかっぱ頭の少女を食べるまではよかったのだ。
問題はそのあとで、ユーイルは食べる行為を止めてしまったのだ。腕を食べたまではよかったのに、どうしてそんなことをするのだろう。いつもの彼から考えられない行動だった。
空中を優雅に泳ぐユーイルは、
「味気のない料理など、誰も食べたくないだろうに。まさにそれだ」
「あの幽霊は偽物ってことなの……?」
「おそらくな」
ユーイルはフンと鼻を鳴らすと、
「幽霊が偽物とは聞いたことないが、味気のない料理は食えん。予想だが、校内かくれんぼを終わらせる手がかりの『錆びた缶』が肝だろうな」
食事にありつけなかった銀髪赤眼の男子生徒は、少しばかり不機嫌な様子だった。社会科準備室の扉の向こうを睨みつけ、忌々しげに「味のしない奴になど用事はないわ」と吐き捨てる。
これで校内かくれんぼの難易度は上がってしまった。
鬼に見つかれば殺され、錆びた缶を見つけない限りは終わらない校内かくれんぼ。夕焼け色に染まった校舎に閉じ込められ、おかっぱ頭の少女に怯えながら過ごすしかないのか。
――こんなところで終われない。
「虱潰しで探すより、話のネタを知っている人に聞いた方が早いわ」
鬼灯はそう言うと、
「永遠子、教えて。校内かくれんぼを終わらせる方法を」
元々は親友である青柳永遠子が持ち込んだ話だったのだ。それにユーイルが興味を示して、こうして挑戦してみた次第である。
永遠子は「えっと……」と話の内容を思い出すように、視線を空中に彷徨わせた。
月無町ネットワークとか噂話を集めたサイトで見つけたらしい怖い話の、その内容の一部を誦じる。
「『鬼は最初、体育館に現れる』」
「体育館?」
「確か、そんな内容が書いてあったよ」
なるほど、と鬼灯は頷いた。
鬼灯たちは始まりが分からず教室で待機していたが、本来であれば始まりは体育館なのだ。今回の校内かくれんぼは完全なイレギュラーとなる。
おかっぱ頭の少女の異常事態の最中に発生した校内かくれんぼを、自分の役割だと言わんばかりに消費しているのか。本来の始まり方が違うのであれば、本来の終わり方も違うのではないか?
まあ、その辺りは問題ない。
「それなら、早急に体育館へ向かった方がいいだろうな」
ユーイルが社会科準備室の扉を見やり、
「そぅら、来るぞ」
ぺた、ぺた、ぺた。
ぺた、ぺた、ぺた。
「どこにいるのかなー……」
ぺたぺた、ぺた。
ぺたぺた、ぺた。
「どこかなー……」
ぺた、ぺた。
ぺた。
「ここかなー……?」
遊ぶような声で、少女は言う。
扉の向こうにいる。
扉に嵌め込まれた磨りガラスの窓には、おかっぱ頭の少女の影が浮かんでいる。それはもう、はっきりと。額を窓に押し付けて、部屋の中の様子を探っているようだ。
悲鳴を上げそうになった鬼灯の口を、ユーイルが手で塞いでくる。
「……仕方あるまい、食前の準備運動だ」
ユーイルは鬼灯を生物教師の黒海音弥へ押し付けると、
「音弥、せいぜい生徒を守る為に働くがいい」
「巻き込んでおいて横暴だな……!!」
音弥はユーイルを追い払うような手つきをすると、彼はニヤリと笑って社会科準備室の扉をすり抜けていった。幽霊だから出来る技である。
「みぃーつけた」
「見つかったなァ。しかしオレを捕まえられなければ終わらんぞ、さあ捕まえてみろクソガキ!! 逃げ足なら負けんぞ!!」
ふははははははー、という高らかな笑い声を校舎内に響かせながら、ユーイルはおかっぱ頭の少女と追いかけっこをし始めた。
遠ざかっていく少女の足音とユーイルの笑い声を聞き終わってから、音弥が社会科準備室の扉を開ける。
廊下には誰もおらず、おかっぱ頭の少女もユーイルを追いかけていったのだろう。見つかっても捕まらなければ殺されない、というのは新発見だが、さすがに運動神経が秀でていない鬼灯では足手纏いになりそうだ。
「ユーイルは大丈夫かな……」
「あいつの逃げ足の速さだけなら学校で一番だったぞ。当時の先生から逃げ回ってたからな」
音弥は周囲を確認してから、鬼灯と永遠子を連れて社会科準備室を出る。
目指すは体育館だ。
きっとあのおかっぱ頭の少女に関係のある錆びた缶があるのだろう。
☆
缶蹴りをしていたはずだった。
たまたま体育館の倉庫が開いていたから、忍び込んだ。見つからない自信があった。
けれど、体育館の倉庫が閉ざされてしまった。隠れたまま見つけられることはなかった。
不幸なことに明日から夏休み。泣いて叫んでも体育倉庫は開けられない。
だして、だして、ここからだして。
みつけて、みつけて、だれかわたしをみつけて。
声が枯れるまで、力尽きる最後の最後まで、倉庫の頑丈な扉を叩いて泣き叫んで喚いて。
そうして力尽きた時、倉庫に閉じ込められた少女の手には錆びた缶があった。
見覚えのあるような、どこか記憶にあるような、でも忘れてしまった錆びた缶。それを両手で握りしめて、かつての自分のように体育倉庫へ隠した。
なにをしていたんだっけ。
ああ、そうだ。
かくれんぼだ。
じゃあ、今度は私が鬼だ。
少女は左右まで裂けた口でニィと笑い、あえて顔を隠してこう唱える。
それは鬼が遊びを始めるまでのカウントダウン。
「ひとーつ……」
歪んだ校内かくれんぼは、果てなく続く。




