第2話【かくれよう】
放課後のこと。
一般生徒は夕方の校舎内に残りたくないのか、さっさと下校してしまった。
教職員もまた職員室に引きこもったまま出てこないのかとばかりに校舎内を彷徨くことはない。なので、鬼灯が居残るのは簡単だった。
「ふふふ」
午後四時四〇分。
真っ赤に染まる廊下に仁王立ちする銀髪赤眼の男子生徒――ユーイル・エネンは大胆不敵に笑う。
何が楽しいのか不明だが、これから始まる遊びが楽しみで仕方がない様子だ。いや、幽霊を食べるのが楽しみなのだろうか。
「ふふふふ、待ちに待ったぞこの時を!!」
「うるさいわよ、ユーイル」
教室から廊下の様子を窺う鬼灯は、誰か来ないか心配だった。
教職員が見回りに来れば、間違いなく下校を促される。いくら鬼灯が「これは怪奇を解決する為です」と説明しても無駄だろう。
まあ本当は怪奇を解決する為ではなく、怪奇を食らう為なのだが。鬼灯が、ではなくユーイルが、である。
「先生が来たらどうするの」
「分かっておらんな、鬼灯は。あと四分だぞ、教職員が駆け付けたとしても遅いわ」
やたら自信に満ち溢れたユーイルは、すでに見回りをしている生徒指導の教員の存在をすっかり忘れているようだ。
「…………何で俺まで巻き込まれてるんだろうな」
「先生、ご愁傷様です」
ユーイルによって強制的に連れてこられた生物教師、黒海音弥は生徒の椅子に座って項垂れている。彼にも仕事があるのにご苦労なことだ。
そして残りの参加者は、鬼灯の親友である青柳永遠子である。
彼女は校内かくれんぼが楽しみなのか、珍しくユーイルの隣で仁王立ちをしていた。流行っているのだろうか、その仁王立ちは。
すると、本来なるべきではないチャイムが校舎内に鳴り響く。
がらーん、ごろーん。
がらーん、ごろーん。
チャイムの音は、ひどく歪んで聞こえた。
耳障りなチャイムの音が終わると同時に、校舎内からあらゆる音が消える。
窓から見える女子生徒たちの姦しい声も、部活動に精を出す生徒たちの掛け声も、何もかもが聞こえなくなってしまう。
無音の中、鬼灯が次に聞いたのは少女の声だ。
「かくれんぼ、しよ?」
振り返れば、夕焼けが差し込む窓を背にして子供が立っていた。
おかっぱ頭に耳元まで引き裂けた口、ギザギザとした歯が覗く不気味な子供。
血走った目で鬼灯たちを見渡して、それから嬉しそうに言う。
「おねーさんたちがかくれるの。わたしがおによ」
「いいとも」
鬼灯が答えるより先に応じたのは、廊下で仁王立ちをしていたユーイルだった。
「ただし負けた時、オマエがオレの食事になるのだ」
「まけないよ」
おかっぱ頭の子供は、耳元まで裂けた口からギザギザの歯を覗かせて嗤う。
「だってまけたことないもの」
「ほーう、随分な自信だな。せいぜい負けないようにするがいい」
そう言って、ユーイルは教室から飛び出した。
あの野郎、早々に隠れるつもりである。
校内かくれんぼのルールすらも曖昧なのに、鬼灯と音弥の生きている人間組は完全に置いてけぼりを食らった。恨めばいいのか、狡いと叫べばいいのか。
呆然と立ち尽くす鬼灯と音弥は、背後で数を数える声を聞く。
「ひとーつ……」
顔を覆い隠して、カウントダウンをする少女。
鬼灯と音弥は慌てて教室を飛び出し、二人揃って同じ方向に逃げ出す。
この地獄の校内かくれんぼを終わらせるには、あの子供から逃げ回りながら錆びた缶を探さなければならない。こちらは缶蹴り、あちらはかくれんぼという無茶なルールだ。
「ふたーつ……」
鬼の行動開始の時刻がゆっくりと迫る。
「どうする、どこに隠れればいい!?」
「校内かくれんぼですから、隠れる範囲が広すぎます。それに私たちは缶を探さなければならないし!!」
「クソ、聞けば聞くほど嫌なルールだな!!」
無人の廊下を駆け抜けて、階段を駆け上がり、少しでも早くどこでもいいから隠れられる場所を探す。
今はとりあえず、あの少女をやり過ごさなければ。
見つかれば何をされるか分からない。あのギザギザの歯で食い殺されるかもしれない。
無人状態の一年生の教室に滑り込み、鬼灯は教卓の下に隠れる。音弥は掃除用具入れの中だ。
「ユーイルはどこに行ったと思います!?」
「あいつのことだから狡賢い場所にでも隠れてるだろ」
「本当に幽霊って羨ましい。透明にでもなれば絶対にバレないですよ」
「それでも今は死んでられないだろ、頑張って生きろ」
教卓の下と掃除用具入れの中から会話をやり取りしていると、
「ななーつ……」
何故か、カウントダウンの声がすぐ近くに聞こえた。
「――――ッ」
鬼灯は慌てて自分の口を手で塞ぐ。
何故、あのおかっぱ頭の少女の声がすぐ近くで聞こえてくるのだろうか。
出会ったのは鬼灯のクラスである三年の教室だ。一年の教室は一つ上のフロアにあるので、階段を上らなければならない。
鬼が移動している?
「やーっつ……」
そんなの狡い。
カウントダウンをしながら、隠れた少年少女を探すのか。
あまりにも狡すぎる鬼の行動に、教卓の下に隠れる鬼灯は歯噛みする。この無音の教室で舌打ちをすれば、確実にバレてしまう。
「ここのーつ……」
とうとうカウントダウンが終わりを告げる。
「とーお……」
カウントダウンの終了が、教卓の下に身を潜める鬼灯のすぐ近くで聞こえた。




