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Horror Dinner 〜××高校の放課後怪奇譚〜  作者: 山下愁
第6怪:隅の家

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第5話【家の中】

 ――家の中に女がいる。


 その男は独身だった。

 安月給で毎日働き、少しでも家賃の安い場所に住むとなったらこの部屋を選んだ。


 台風が直撃すれば吹き飛びそうなボロアパート、その一階の一号室。

 いわゆる隅の部屋である。普通は大家が住んでいそうなものだが、大家は別の場所に住んでいるとのことなので一号室がガラ空きだったのだ。不思議なことに、こんなボロアパートのどこが魅力的なのか、他の部屋は空いていない状態だったが。


 まあ無料同然で貸してくれただけありがたい話である。



 きぃー。



 無料同然で部屋を貸してくれた大家が言うには、一つだけ条件があるとか。


 それは、部屋の三面鏡には触らないこと。

 居間に当たる部屋には古びた三面鏡が置かれ、それが物々しい雰囲気を醸し出している。この部屋に引っ越してきた当初から置いてあるそれは、不気味で仕方がない。


 何故なら、触れてもいないのに勝手に開くのだ。



 すとん。



 三面鏡の前に置かれた椅子に、誰かが座る。


 顔のない女だ。

 ボサボサの髪でボロボロの洋服、手足も変な方向に折れ曲がった奇妙な女。眼球も鼻も口も擦り切れて、のっぺらぼうの状態にも関わらず三面鏡の前から動かない。


 気がついた時にはそこにいて、気がつけば消えている。

 三面鏡の女は、そんな不気味な幽霊だ。



「――――、――、――――、――」



 そんな女がブツブツと何かを言っているのを聞いたのは、果たしていつだったか。



「きれい、じゃない。きれい、じゃない」



 三面鏡の前に居座る女は、額を冷たい鏡にぶつけて呪詛を吐く。



「きれい、じゃない。きれい、じゃない。きれい、じゃない。きれいじゃ、ない」



 そのおかしな行動を観察するしかない男は、ひたすら「綺麗じゃない」と繰り返す女に恐怖を覚えた。


 この女は異常だ。

 この女は普通ではない。


 無料同然で、元から置いてある三面鏡を動かすなという条件を提示された時点で事故物件であることは察知していたが、まさかこれほど危険な場所だとは思わなかった。完全に想定外である。



「ねエ」



 三面鏡の女が、こちらを振り向いた。


 鏡に映った彼女の顔面はのっぺらぼうだったのに、ちゃんと顔がある。

 ただし真っ白な顔面に、切り傷のようなものが目の部分と口の部分に引かれているだけだったが。


 乱雑に引き裂かれた口は左右の耳元まで裂けて、女はわらう。



「キれイ?」



 それから部屋を飛び出したのは、言うまでもない。



 ☆



「家の中にいるの……?」



 鬼灯は愕然とした。


 あの顔のない怪物だけではなく、本体は別にいることに驚いた。

 今まで無事でいられたのが奇跡的なのか、あるいは普段から幽霊を見続けている影響で気づかなかっただけか。――もはや鬼灯も色々と危ない。


 銀髪赤眼の男子生徒――ユーイル・エネンは実に楽しそうな口振りで、



「そうとも、家の中だ。オマエは今まで何も気づかずに生活していたのか?」


「だって……色々いるから、分からないわよ。どこにいるのよ?」


「この建物全体に」



 ユーイルは人差し指をアパートの二階に向ける。


 閉ざされたはずの誰かの家、その扉が半分だけ開いていた。

 そこから顔を覗かせているのは、小さな男の子である。顔からは血の気が失せた影響で青白く、虚ろな眼球で一階の鬼灯とユーイルを見つめている。


 それだけではない、他の部屋もそうだ。

 窓や扉が半分だけ開いたと思えば、そこから女性や男性が顔を覗かせていた。やはり先程の子供と同じく虚ろな目で、鬼灯とユーイルを見下ろしている。



 じー……。



 それは、不気味以外に思いつかない光景だった。



「何……何なの……」


「差し詰めここは幽霊アパート、そしてオマエの部屋が一番酷いという訳だな」



 毒々しい色合いの空を見上げたユーイルは、



「おそらくだが、ここはあの世とこの世の境目だろう。オマエはあの顔のない怪物に引き摺り込まれ、この幽霊アパートの本当の姿を見ることとなった。いやはや、実に面白い体験だな」


「呑気なことを言ってないで、何とかしてよ!!」



 鬼灯はユーイルに掴みかかる。


 こちらとしては気が気ではなかった。

 自分の住んでいるアパートがこんな惨憺たる有様になっているとは思わなかった。ただ家賃が少しばかり安いので助かっていたのだが、これが原因か。


 ユーイルは「わはははは」と高らかに笑うと、



「何とか? してやりたいがなぁ、ここは一体どこなんだかなぁ」


「貴方、どうやってここまで来たのよ!?」


「無我夢中だった。当然だろう、オマエはオレに食事を提供する役目を負っているのだから」



 ユーイルが偉そうにそんなことを言うので、鬼灯は思わず彼の頭を引っ叩いていた。後悔も反省もしていない。


 銀髪赤眼の男子生徒は殴られた頭を押さえて「痛いぞ鬼灯!!」と叫ぶが、彼女は華麗に無視を決めた。

 何とかして元の世界に戻らなければ。鬼灯だってまだ死にたくないのだ。


 ぐるりと周囲を見渡して、それから鬼灯はアパートの看板に気がつく。



「あ」



 アパートの看板に表示されていた建物名は、反転していた。



「ユーイル」


「何だ、暴力女」


「ここ、鏡の中かもしれない」



 アパートの看板だけではない。


 古びたアパートの壁に貼り付けられたゴミの分別表やチラシの数々、表札に至るまで全てが反転している。

 太陽が見えないので気がつかなかった。ここはおそらく、鏡の中の世界なのだ。


 ユーイルは「ほう?」と赤い瞳を瞬かせ、



「では鏡について心当たりはあるか?」


「え……鏡なんてどこの家にも……」



 あるはず、という言葉を鬼灯は飲み込んだ。


 自宅には常に三面鏡がある。

 大家から『部屋にある三面鏡は動かさず、触らないでほしい』という条件を提示されて、家賃は驚くほど安くなったのだ。もはや無料とも呼べる代物である。


 もしかすれば、あの三面鏡が関係しているのか?



「三面鏡が家にあるわ。触らないでほしいって大家さんからも言われているの」


「おそらくそれが原因だな」



 ユーイルは「うむ」と頷くと、



「では行こうか、鬼灯よ」



 ――メインディッシュの時間である。

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